俺は彼女の発言によって自分のしたことが正しかったということを知るとともに罪悪感を感じていた。ハルシオンが研究内容を秘密にしていた理由、俺は彼女のことを思ってやっていなかったことに気がつかされた。彼女は俺のことを想ってくれていたから、俺が傷つくことを良しとしなかったから研究のことについて口に出すことを我慢した。しかし彼女の研究を他の人にまで隠すことが正しいことだとは到底思えなかったからだ。

俺はいたたまれなくなった。

「かあさん、もういいだろう! 皆カツカツなんだ。鬼詰めしないでくれ!」
そしてハルシオンの活躍ぶりを(かなり盛って)報告した。
「パルスマギメーターの研究が幽霊少年グルッパを救ったんだ!」
しかし、母はひるまない。「第一に水星逆行の克服とこれとは別問題」
俺の母は続けた。「二つ目に、研究を秘匿していることを私は許せない」

名指しされてハルシオンはうつむいたままスカートを濡らしていた。
「学術研究に善悪はないと信じます。諸刃の剣は使う側の道徳次第です」
そういった。それから少し間を置いてから再び語り出す。
「私だって思い上がってた部分があった。でも、結果が全てだと思うわ!」

エリファスが腕組みをほどき、重い口を開いた。

「あなたの研究がどのようなものであるかをあなた自身が理解していなかったことには驚きましたわ。それなら、研究が失敗に終わる可能性は十分にありますものね。あなたが研究の内容を知ることができない状況においてあなたの研究が成功する見込みはほぼ無いと言えるかもしれませんわね」といって俺を指差しながら言った。

すると、だ。ハルシオンがキッと両家の母親を睨みつけたのだ。

まるで俺を守る白馬の姫騎士であるかのように雄弁をふるった!

「この研究、私の基礎がなければ成功しないことですわよ。この研究は私にとって非常に重要なものだと思っておりますの。あなたには分からないと思いますけど、私はその研究を認めています。
ですので、研究の成功、ひいては赤ちゃんの健康のために私がこうして来ているのです」と言って締めくくって一礼すると彼女は元居た場所へと戻っていったのであった。その光景を見ながら俺は心の中で思った「何者なんだ、彼女は……」と……。

と、その時、講壇に置かれた一冊の資料にオプスが気づいた。素早く流し読みして甲高い声で呼び戻した。
「ちょっと…これ…」

睨みつけられて、ハルシオンが「わあっ」と舞台袖へ隠れる。
オプスは目を白黒させながらページを繰りなおし、叫んだ。
「どういうことなの? これ、ハルちゃん…貴女ねえ!」

ここからがハルシオンの恐ろしいところだ。あとは怒涛の展開だった。
彼女が全部持って行った。
ハルシオンの感情をブレンドする研究。聞こえはいいが内容はぜんぜんマイルドじゃなかった。パルスマギメーターの副産物として地縛霊を分離する技術。
それは悪霊退散と言った従前の荒療治でなく、真逆の和解する方法だった。
反魂法の一部を拡張して死者を復活させるのでなく昇天と再生をブーストする発見だった。これを発展させれば怨霊のたぐいはスムーズに輪廻転生する。
その副作用として新しい霊の定着をうながす。出生率をあげる作用がある。
(お腹の赤ちゃんって誰の子だ。まさか、処女懐胎した?)

荒唐無稽な話だと思いたい。だが、水星逆行に打ち勝つ力というのは並大抵のことではない。ただ反魂法は自然の摂理に逆らう儀式だ。
だが、こう考えられないだろうか。
やることなすこと全てが裏目に出る星のもとで森羅万象に楯突けばどうなる。