俺はハルシオンを好きなのだ。
俺はこの恋を成就させなければならない。
『学者カフェ』は不寝番《ナイトシフト》に備えて遅い昼食や夜食を用意している。酒類の代わりに匂いのきついノンアル飲料がやる気を盛り上げる。
俺はサーモンとアスパラガスのグリルにレモン汁をたっぷりかけていた。定番食材だ。それにしてもロンドンは魚が高い。彼女のために奮発した。
シャンディガフを注文できないのでナニーステイトでグラスをうるおす。
「あ、あたしはベックスで」
「ドイツ産をオーダーするって、オプスの犬ですアピールか?」
「ひどいわね。まだ根に持ってるの?」
ぷうっと膨らむ頬がまたかわいい。すまんな、怒らせてみた。
俺はノンアルの勢いを借りて彼女に想いを伝えた。
二人の仲を壊しまいと、ノースがセッティングした。そして実験器具のトラブルを口実に欠席した。粋に計らったつもりらしい。笑っちゃうよ。
「何が可笑しいの?」
「あ、いや、君に話したいことがあって……」
「そう、話したいこと? 何かしら?」
「あの……俺は……」
「そうね……」
ハルシオンはまだ不安を隠せていない。
「ハルシオン、参加を認めてくれてありがとう、感謝してる」
これからもっと気持ちが昂まって、彼女に告白をしたい。
そう思った。
「もともとオプス先生が通信魔導工学のいい実験材料だって言ってたんだし」
メルクリウス寮の工期を水星逆行時に含める件は教授の申し入れだという。
脈衝妖気儀《パルスマギメーター》の人心動転耐性に極限を与えて閾値を探るとかなんとかいう開発テーマに霊的鬱憤の解放はうってつけだったらしい。

呪術医《シャーマン》業界にノースが攻めの営業をしかけているせいだ。
おかげさまで潤沢な研究資金を託されているらしくオプスは耳が高い毎日だ。

メッセンジャーである俺を研究陣に抱え込めば渉外がはかどる。そしてハルと俺が仲良くなればノースの野郎、いよいよ本丸を攻略できるっと。こん畜生。
まぁ、俺だって応用魔導工学系で厳しい就活に望むよりは遥かにいい。
「怪我の功名、てとこよね」
ハルシオンがベックスを飲み干す。
「あの……そんな、こちらから巻き込んじゃったことなのにごめん、…でもハルシオン、君も研究に協力して欲しい……もう一度、ノースと一緒に僕の目に適う研究方法を見つけて欲しい」
それを聞いたハルシオンは、
「どういうこと?」
「え、え~と……だから、二人の心が混ざり合うという研究のことで、その話」
俺はオプス研究室に併設予定の共同実験室のことを言っているのだ。ノースがいよいよ産学一体ビジネスに色めき立っていて俺は彼の設立するベンチャー企業の嘱託という身分になる。居住スペースつきのフロアを貰えるからワークライフバランスもいいかな、と。
「えっと、それだけ?」
ハルシオンはきょとんとしている。将来設計の話は心に響かなかったか。
俺はあわてて場がしらける前に取り繕った。
「そう、それだけです。その話が嫌なら、もういいんでしょ?」
ハルシオンは俺の目をじっと見つめ、どこか不安な色を含んだ声で告げた。
それからはハルシオンが話始めた。
彼女は自身の研究についての話を、それは無味乾燥で眠気を誘う内容だった。

虚栄心を二乗すれば負の感情となり内向性のベクトルを持つとか情緒のうねりと逡巡の円弧を回転運動から物資と精神の複素数を含む正弦波に変換とか。

どれも通信魔導回路を設計するうえで必要らしいが、そんなことよりも…。
「ハルシオン……あんまり僕自身に関することは話してくれないね」