その日、珠洲の心の輪郭はピシッと定まっていた。

(今年こそ、拓馬君に謝ろう……)

 今年の夏はいつもと違うものにしたい。珠洲は中二の夏以来、拓馬と話せていない。今度こそ、やり直したい。


 珠洲は京都の市内で生まれ育ったのだ。 小学六年生の二月の終わりに珠洲の母は肺ガンで亡くなり、葬儀の後、京都から叔父が暮らす関東の田舎町に引っ越したのだが、当時、中学三年生だった従姉の加奈子は珠洲と同居する事を嫌っていた。珠洲が叔父夫婦の家に住み始めてすぐのことだった。加奈子が冷え冷えとした顔で言い放ったのである。

『やだやだーーー。なんで、あんな暗い子を引き取ったのよ』

 加奈子が怒るのも無理はない。珠洲も申し訳ないと感じている。珠洲の父は、京大の文学部を卒業したというのに定職につかずに売れない役者をしていた。珠洲の母親が亡くなると弟に娘を預けたのだ。幸い、叔父夫婦は優しかったのだが、寝たきりの祖母の入院費の支払いに四苦八苦していた。加奈子は、そのことに強い不満を抱いていた。

『珠洲の父親は長男なんだよ。おばぁちゃんのおしめを替えたりして、ママ達は苦労しているんだからね。それなのに、あんたの事まで、こっちに押し付けるなんて身勝手だよね』

 そう言われても困る。

 二学期に転校してすぐに関西人なら何か面白いことを言ってくれとクラスの男の子に言われて、どうしたらいいのか分からなくなって泣いてしまった。すると、そこに熱血な雰囲気の若い男の担任教諭が現れた。

『こらーーーー、おまえら、武藤に何をしたんだーーー』

 イジメの現行犯として男の子達は叱られてしまったが、彼等は意地悪をしようとしていたのではない。それは珠洲も分かっている。

 その後の授業中も珠洲はぐずぐすと涙ぐんでいた。ずっと母の死を引きずっていたのだ。母は、薬の副作用で顔が腫れあがっていた。喋るのも辛いようだった。頭の毛が抜け落ちて頬がこけていた。それでも、珠洲が見舞いに訪れると微笑みかけてくれる。最後の最後まで優しい人だった。

 お母さん! ああ、神様、なぜ、お母さんを死なせるんやろう! もっと一緒におりたかった。京都市内のお寺や神社に通って祈ったのに、なんで、あたしの願いは届かんかったんやろう。

 転校してからというもの、誰とも打ち解けようとせずに、時折、感極まったように涙を浮かべるので女の子達の反感を買ったらしい。

『転校生の武藤珠洲ってさ、うざーい。先生に贔屓してもらいたくて泣いてる』

 しかし、そんな空気が広まる中、学年で一番人気のあった石渡英人君が告白してきたのだ。

『武藤、おまえのこと守ってやるよ。付き合ってくれ』

 スポーツ万能の石渡雪夜は人気者だったけれども自慢ばかりしている。そんな薄っぺらい石渡を素敵だとは思えなかった。

『あの、ごめんなさい』

 人目につかない場所でそっと断ると、プライドを傷つけられたのか、石渡までもが珠洲の悪口を言うようになった。

 陰気だとか気取ってるとか……。そんなふうに言われて、ますます殻に閉じこもるようになった。ズル休みをしたかった。でも、そんなことをしたら叔母さん達に心配をかけてしまう。そんなある日、給食の時間、隣に座っていた太った福原という男子が騒ぎ出したのである。

『ずるいぞ。武藤のフルーツポンチの白玉団子が四つも入ってるぜ。オレ、一個しか入ってない! 武藤、おまえは給食当番だったよな。わざと、たくさん入れたんだろう!』