拓馬にとってはそうかもしれないけれど、私にとってはそうじゃない。だから、こんなにも苦しくて胸が詰まる。状況を打開しようと足掻いてきたけれど、拓馬が目で追うのは珠洲なのだ。私は珠洲を観察することにした。

「お父さん、いつも、あたしの誕生日にプレゼントを贈ってくれるんだけど、去年のワンピース、ブカブカだったんだ。いつも大きめのものを買うの」

 珠洲の父親は珠洲が産まれた日、感動して大声で泣いていたという。では、私は父親はどうだったのだろう。

『絵美里、おまえ、父さんより大きくなるなよ』

 私が中学生になる頃、そんな事を言っていたような気がするけれど、もう、私の身長は父を追い越している。どうでもいいや。あんな奴。

 私は拓馬に片思いしているけれど珠洲は拓馬から愛されている。私は悪意を潜ませているけれど、珠洲はいつも無防備で、私の心の裏側のことなど知る由も無い。

 私は、おせっかいなお姉さんキャラとして振舞った。そうして、やがて高校に入学したのだが、生憎、私は普通科には進めなくて家政科で過ごしていた。家政科と普通科は校舎が離れている。それでも、拓馬とは毎日のように会える。私は拓馬が所属している剣道部のマネージャーになり、以前のように親しく接する事が出来た。

「ねぇ、あの人、マジでカッコいいよね」

 電車通学の途中で他校の女子生徒が拓馬を指差したまま、何やらコソコソとはしゃいでいた。

「剣道をやってるらしいわ。試合の時、うちの高校に来た。袴姿で歩いてるのを見たことある。おじぃさんが神社の宮司さんなんだって」

「あの人、彼女、いるのかな」

「そりゃ、いるでしょう。高身長でイケメンなんだから」

 高校三年になる頃には、拓馬の身長は百八十近くにまで伸びていた。背中や肩に筋肉がついていて男っぽい。昔は、クラスで最もチビだったのに、色気のある立派な体型に成長しており、私の身長など軽く飛び越えてしまっている。

 高校二年の夏、私は、拓馬に告白してフラれている。

『おまえは仲のいい幼馴染だ』

 そう言われてしまった。

 拓馬は、まるで砂漠の蜃気楼に翻弄される哀れな旅人のように珠洲を求めている。

 体育祭で珠洲が転ぶと、真っ先に拓馬は駆け寄ろうとする。だけど、自分は珠洲に嫌われていると思っているので動けない。結局、転んで脚を挫いた珠洲を背負って医務室に運んだのは、珠洲と同じカルタ部の福原だった。

『やだ、福原君って武藤さんのこと好きなの?』

 何人かの女子が動揺している様子を観察しているうちにモヤモヤしてきた。みんな、どうして福原の正体に気付かないのだろう。

 高校に入ってからの福原はスリムになっていた。ゲイ特有の中性的な退廃的な色気が漏れており、一部の女子からはキャーキャー言われるようになっている。皮肉なものだ。

 当然の事だが、ゲイの福原は面倒臭そうに女子からの想いを拒絶している。それにしても、なぜ、福原は恋敵の珠洲と打ち解けているのだろう。ある時、福原が私に絡んできた。

「あのさ、おまえ、武藤のこと、ほんとは嫌いなんだろう?」

「な、何よ、いきなり」

「だって、たまに、すんげぇイタイ目で武藤のこと見てる。おまえ、まじで可哀想だな」

「うるさいわね。あんたこそ、珠洲のこと嫌ってたくせに。白玉団子事件、わたし、今でも覚えてるんだからね」

 すると、福原は小さく笑った。