「しーほっ! 聞いてよー、昨日弟が邪魔してきたせいで課題おわんなかったぁー」
授業が終わってすぐに背中にぶつかるような勢いで抱きついてきたのは、私にとっての唯一の友達であると言える人物、有馬菜緒だった。
「えぇっ、大変じゃん」
「そーなの! だから、志保に見せてもらおうと思って」
「……もちろんいいよ、ちょっと待ってて」
「わーい! マジ助かる、ありがとう!!」
もちろん、とは言ったものの、本当はものすごく嫌だった。私だって部活や家の手伝いの合間を縫って、必死に課題を終わらせたのに。なんでそれを写させてあげなくちゃいけないのか。
……そうやって、誰よりも苦労している菜緒に対し、負の感情を向ける自分が一番嫌だ。菜緒はきっと、本当に課題をする時間がなかっただけなのに。
つい最近幼稚園に通い始めたという菜緒の弟は、とにかく元気だそうだ。常に家の中を走り回って、ご飯を食べる時もよく机を汚してしまうらしい。しかも、菜緒の両親はどちらも働いている。お母さんは夕方ごろに帰ってくるらしいが、少しでも負担を減らしたいと言っている菜緒は、弟の世話をほとんど一人で行なっているのだとか。
そんな菜緒が、勉強をする時間がないのは当然のことだ。なら、友人として手助けするのが私の役目。にも関わらず、そんな菜緒に不快感を覚えるなんて。
自分の愚かさに吐き気がして、唇を強く噛む。このご時世、何もかも制限される中で、理由がなくてもマスクをつけられるのがありがたいと感じている人は少なくないだろう。私も、この白い布に縋る人間の一人だ。