私の名前は『小山内あせび』この珍しい名前のせいで、幼稚園や小学校低学年の頃はしょっちゅう弄られていた。
「あせびは汗びっしゃりだ」とか、今思えば子供っぽい名前への揶揄も、幼心に結構傷ついたものだ。

 そうして、中学一年にして、すっかり周りに心を閉ざした子供になった。高学年になり背が伸びてからは弄られる事もなくなったが、中学に上がっても小学校からのメンバーは変わらない。
 そう簡単に心の傷は消えないものである。私はそのまま、不登校気味になった。

 親に一度、名前の由来を聞いたことがある。飲んだくれの父と、そんな父に愛想を尽かして、私の高校卒業まではと我慢して家に居てくれている母。家族関係も良好とは言えなかったが、普段何事にも無関心な私の質問には、珍しそうにしつつ答えてくれた。

 あせびは花の名前、私の誕生花らしい。家の庭にも咲いていた、白く連なる花。花自体は可愛らしく好ましかったのだが、その花言葉は問題だった。
『犠牲』に『献身』およそ子供の名前の意味としては似つかわしくない。
 小山内あせび。幼い犠牲。そう考えると、この運命にも諦めがつく。

 私はあの夏休み、友達と遊ぶ予定もないため父方の祖母の家について来た。父もこの村とは疎遠だったから、行くのは初めてだった。閉鎖的な村を父は嫌っていたけれど、祖母がそろそろ危ないらしいと聞いたから、行かない訳にはいかなかったらしい。

 けれど実家に帰っても変わらず浴びるように飲む父と、義母の家でお客様なのにあくせく働く母。初めて会う孫娘を祖母は歓迎してくれたけれど、私からすればほぼ他人だ。困っていても、親は自分のことで精一杯で助けてはくれない。そんな光景に、私はもう同世代にも、親世代にも期待は持てなかった。

 父が帰って来たと聞きつけた近所の昔馴染みだという人達が集まって来て、本来の目的だった死期の近い祖母をそっちのけでの宴席だ。母は知らない人の持て成しの為に働いている。

 手伝おうかとも思ったけれど、今はとにかく現実から目を背けたくて、何処でも良いから逃げ出したくて。罪悪感と失望を抱えてこっそりあの家を抜け出して、夜の祭りに繰り出したのだ。

 田舎の小さな祭り。地元民の交流の場に、誰もが連れ添って歩くその場で、一人完全に浮いていた私。
 そんな私を見付けてくれて、久しぶりの楽しい時間を過ごしてくれた、ことりちゃん。

 知らぬ間に命を握られていたのは流石に怖かったけれど、こうなったからには仕方ない。我ながら諦めが良すぎる気もしたが、そもそも元の生活に未練もないのだ。

 あせびの、もうひとつの花言葉。
『あなたと二人で旅をしましょう』
 私は、ことりちゃんと二人だけの世界で生きていく。彼女が寂しくないよう、二人で長い時間を旅しよう。

 来年の祭りで、彼女が新しい子を隠すのかはわからない。けれど新しく迎えるその子もどうせ、前の子のように長くは持たないだろう。

 帰れると唆せば、直ぐに誘惑に負けて約束を破るのだ。折角居場所をくれる神様の物になれたのに、なんて愚かなのだろう。

 彼女の傍にずっと居られるのは、私くらいなものだ。
 だって私は彼女の……無邪気で孤独な神様の、唯一の友達なんだから。