苦しい、苦しい。でも、これしか僕には生きていく術がないんだ。だから僕は今日も十五年間使い込んできたこの左手で筆を握る。線を描く。
僕にはこれしかないんだーー。

ある日の放課後も、僕は一人夕陽の光が差し込む美術室で絵を描いていた。先生はまだいない。
失望させないように、期待通りに。
「…何描いてんのー?」
そんな声が聞こえて後ろを振り返る。一人の女子生徒が立っていた。名札の色からしておそらく同級生だ。
「うわっ……びっくりした……。別に」
「えー?別に、って、答えになってないじゃん。なんか君の絵のタッチ、どっかで見たことある気がする。なんでだろうね、はじめましてなのに」
「……」
「君も一年だよね。何組ー?」
「……」
「私はね、二組だよー、美術部入ろうかなーって思って。よろしくね!君、名前は?」
……なんだこいつ。
目の前の対象物だけに向き合い、あからさまにシカトする僕に彼女は態度一つ変えずに笑いかけてきた。
「あ、自己紹介するの忘れてた。白石晴寧(しらいしはるね)って言います!改めてよろしくね、それで君の名前は?」
「……目黒、那月」
必要以上に絡まれるのも鬱陶しいので、僕は手短に名前を名乗った。
「おおー!那月くん、なんか可愛い名前だなぁ。はるとなつ、だねー!ほら、晴寧と那月だから。お、白と黒もじゃん!補色、だっけ?確か」