~年上シリーズ~幼馴染の恐怖! 今日、先輩が僕にリベンジに来る……

 授業はしっかり受けなければならない。定期テストで学年ベスト3をめざす健ならなおさらのこと。だがそんな健でも、授業に集中できないときがある。
 男子生徒たちが、定期テストのときしか注目されない健のことをジッと見つめていたのを、「陰キャラ」で「ぼっち」の健はまるで知らない。
 女子生徒たちまで、教室で健のことを噂していたのを、「陰キャラ」で「ぼっち」の健はまるで知らない。

「今日の日下くん、恐ろしくなるほど陰キャラモード!」
「何か、ギリギリまで追いつめられてるって感じ」

 なぜ健は、女子の噂になるほど、マイナスのオーラが漂っていたのか?
 昨夜のこと。大阪の母からの連絡が、ただの「ぼっち」で「陰キャラ」の健を、怖い人に変身させたのだ。
 警視庁の刑事だった父が亡くなってからは、母と二人暮らし。だが中二の春から、母は大阪に単身赴任。健はひとり暮らしだった。母の仕事が忙しく、小さい頃から家事は殆ど健がしていたから、特に不便は感じなかった。
 一応、週に二回、家政婦さんが来てくれた。

「お祖父さんとね、今度あなたのことで相談する」
「僕、警察になんか入らない。お母さんだって警察入らなくて検事になったんじゃ……」
「ごめん、お母さんを追求しないでよ。お祖父さんは警視総監、警察庁長官を務め、最後は国会議員にまでなって今でも政界や警察に影響力を持ってる。親戚は警察庁長官をはじめ、みんな警察の幹部。可哀想だとは思うけど、健ひとりが抵抗してもムダみたい」
「そんな! お母さんは助けてくれないの? 大阪検察庁特捜検事なのに……」
「悪いけど特捜検事の管轄外です」

 毎日不自由なく生活出来ているのだから悪い家に生まれたとはいえないはずだけど、この状況というのはやっぱり……

(僕って不幸な星の下に生まれたのだろうか? 中学二年生までは変な上級生に苦しめられ、今は警察ファミリーに苦しめられるなんて……)

 だが、健の苦しみはそれでは終わらなかったのだ。
 一時間目の休憩時間。数少ない友人の丸山くんが、満面の笑顔で健の席に近づいて来たのだ。
 健は親族親戚のことは学校では秘密にしている。それに当然だが、「ぼっち」の家系に興味を持つクラスメイトなんかいない。

「日下! オレは知っているんだ。お前、何か悪いことしたらしいな?」
 いきなり声をかけ、失礼なことを言う丸山くん。

「何のこと? この前、君にノート貸したよ。そんなこと言われる覚えないんだけど」
「日下は町の図書館で勉強してるから、すぐ下校するだろう。お前が帰った頃に、校門の前に女子高校生が現れた。うちと同じ、ブレザーの制服を着てた。西尾市の『青陵(せいりょう)』じゃないかって誰か言ってた。男子をつかまえ、スマホの写真見せては、

『この少年を知ってるか』

と聞いて回ってた」

 一瞬、不吉な連想をした。ない、ない、ない、ない、絶対あり得ない。

「それで……」
「すごく可愛かったな」
「だからね。スマホの写真って?」
「お前の写真だった。中学のときだろう。変わってないな」
「それで君って!」
「『一年特進コースの日下健』だと答えておいた。お前の名前出したら、すごく嬉しそうな顔してたな。

『町の図書館で勉強するから、いつも早く学校を出る』

と教えといた」
「ちょっと待って! 君、そんなことまで話したの?」
「だってその女子が、お前のこと、

『この少年はサ、あたしにひどいことをした。だから必死で探してんだ』

とオレたちに言ったんだぜ」
「そんな……」
 
 祖父は政界、警察界の大物。亡くなった父は警視庁の伝説の刑事。母は大阪検察庁の特捜検事。親戚は警察幹部。そんな家柄の健が、悪いことなんてする筈がない。だが自分の親族親戚のことは秘密なので、それ以上のことは言えない。

「オレだけが言ったんじゃないぞ。お前のこと知ってるヤツはみんなベラベラ話してたぞ」
「なんで! 僕、君たちに何か悪いことした?」

 テストのときはノートだって貸してるし、聞かれればテストのポイントだって教えているのに! 

「その女子生徒がだな。

『スマホの写真見てくれたらハイタッチ。情報くれたら、ツーショット』

 そう言ったんだ」

 健は、自分の周囲の男子生徒全員に強い不信感を抱かずにはいられなかった。

「それで、その女子生徒だけど……」

 健の質問を遮るように、

「見ろ。その子と撮ったツーショットだ」

 ボブの茶髪、大きな両眼が猫のようにつりあがって口は大きい。色白で美人なんだが、冷酷残酷そうな雰囲気が漂っている。短いミニスカートからは、マシュマロみたいに盛り上がった大きな太腿が見えている。美人なのだが脚は異様に太く、はちきれんばかりの紺のハイソックスが妙にセクシーだった。
 何考えてるんだろう。銀色ドクロのイアリングなんて……

(まさか、このイアリング……。僕に向けたもの⁉︎)

 健の黒歴史。月影サキが健を探している。

(リベンジ)

 健の心の中を、その言葉が駆け巡る。まさか、ここまで追いかけてくるなんて夢にも思わなかった。
 健はそのまま、気分が悪くなり、保健室に急行した。

 この日は三時間目から文化祭の準備で一日つぶれる。
 健はそのまま、帰宅することにした。
 明日以降、どうするか?
 現実的で切実な問題がまだ残っているが、ともかく今日の危険は回避できる。健は念のため、北門、通称「裏門」から学校を出た。北口からは駅の西口、通称「裏口」に続いている。田畑に囲まれ、林の中を通る寂しい道。
 
「お母さんに電話して、ストーカー女を何とかしてもらおう」

 林の中。ともかく一度、母に電話を入れることにした。
 
(もう大丈夫)

という安心感が、いつもより健を大胆な性格に変えていた。

「IQ低いストーカー女! 夜中まで校門で、僕のこと待ってたらいいんだ」
 
 勝利者の笑顔で立ち止まり、スマホを取り出したとき!
 次の瞬間! 
 スマホが右手から消えた。
 その代わりに意地悪な笑い声が聞こえてきた。
 健は一瞬で全身が凍りついた。
 制服姿の月影サキが、健のスマホを右手に立っていた。

「ヤッホー! IQ低いストーカー女だよ〜~。早退して裏口から脱出。ちょっと初歩すぎるんじゃない?」

 サキがニヤニヤ笑っている。

「やっぱり君って、本当にダメな子だね」

 健のスマホを操作しながら意地悪く言う。

(逃げなければ……)

 健は自分に言い聞かせていた。何をしなければならないのかよく分かっているのに、足が一歩も前に進まない。

「日下くん。四年前の『特訓』の約束どうなったの?あたし、ずっと待ってたんだけどサ!」

 月影サキが陽気に話しかけてくる。

「今日までずっと君を待ってた。約束した『特訓』に来るのを……」

 サキが健の頬をペタペタ叩いてくる。

「そんな一方的な約束、無効だ」

 なんて強気な言葉、今の健には絶対に言えない。

「君は私の貴重な時間を奪った」

 次は頭をゴシゴシしてきた。

「約束を破った罪は重いからね」

 サキが手錠を取り出した。鈍い銀の光に重々しいふたつの輪。

「君のこと、逮捕するから」

 健の両手首に手錠がはめられた。
 サキの高笑いが、木立ちの葉を激しく揺さぶる。
 これがサキから逃げ出した健への恐ろしいリベンジの始まりとでも云うのだろうか?
 ここはどこだろう。手錠をはめられたうえ、目隠しをされ連れてこられたからよく分からない。
 車に乗せられ一時間くらい。
 車を下りてすぐ、どこかの建物に入った。
 床に座らされた後、手錠をはずされた。制服のブレザーを脱がされ、代わりに何か別の上着を着せられた。それから目隠しをはずされた。周囲を見渡したとき、誰かが立ち去る足音が聞こえた。
 健のいるのは畳八畳の部屋だった。部屋の隅に机とベッドが置かれている。机の上の教科書が目に入った。間違いない。ここはサキの部屋だ。
 それにしても、何という異様な部屋だろう。周囲の壁には、おびえた顔をした健の写真が、何枚も大きなパネルに引き伸ばされて貼られている。中学の頃の写真だ。
 何という恐ろしい光景だろう。どの写真も健の胸の部分にベッタリと赤い絵の具が塗られていた。まるで心臓をえぐられたかのようだ。
 そして健の不安を的中させるかのように、足下には大きなナイフを乗せた皿が置かれていた。
 ナイフの刃が、部屋の照明に反射し、冷たく光る。健は全身に震えを感じた。
 そればかりではない。健は、真っ白なブレザーを着せられていた。
 白! まさか、納棺のときの白装束とでもいうのだろうか?

「どうして? 黙って引っ越したくらいで、こんなことされないといけないの。お祖父さん、早くこのストーカー女を未成年誘拐と殺人未遂で逮捕してください!」

 健の叫びも空しい。
 突然、歌声が流れてきた。
 男女の合唱だ。外国語のようだが、どこの国の言語なのかよく分からない。
 恐る恐る歌声のする方向を見ると、CDプレーヤーが置かれていた。
 それにしても何という陰気な歌声だろう。健の心にずっしり重くのしかかってくる。

 ヒーーーーーーッ

 何度か悲鳴のような叫びが聞こえた。
 まさか、葬式のときの曲だとでもいうのだろうか?

 ギャーーーーーーーーッ

 耳をつんざく叫び。
 それは、これからの健の運命を暗示するかのようだった。
 健の意識はだんだんと薄れていった。
 目を開けたときは、まだ頭がボンヤリとしていた。
 だが次の瞬間! 死への恐怖で眠気がふっとんでいた。
 すぐ目の前に大きなナイフ!

 ワワワッ!

 そしてサキの無表情な顏。

 ワワワッ!

 そのときになり、やっと健は、足下の皿に気がついた。きれいに皮をむかれてスライスされたリンゴが盛られていた。
 すぐ目の前では、サキがリンゴの皮をむいていた。
 聖職者の養女であることを示すように、今のサキは、パープルカラーのベール状の頭巾、トゥニカと呼ばれる足首までのワンビースを身につけている。
 健は『白雪姫』に出てくる毒リンゴを思い出した。全身、冷たい汗が流れ落ちていく。

(ち、違う。僕、白雪姫なんかじゃない。日下健です。毒リンゴなんかやめてください!)

 健の恐怖をよそに、サキはリンゴの皮をむき続ける。
 サキのそばに、一枚のCDディスクが置かれていた。

「プレーヤーが壊れるなんて。それとも古いディスクだったから?」

 サキがポツンとつぶやいた。

(何言ってるんだ、この人)

 狂った人ほど、恐ろしいこと考えるものだ。健の恐怖はついに極限まで到達!

「ねえ、リンゴ食べてよ」

 サキがつぶやくように話しかけてくる。
 健の心に恐ろしい映像が浮かび上がる。
 リンゴを一口、口に入れた瞬間に訪れる運命。胸を掻きむしって健は倒れる。床の上を転げまわる健を、大きな口に笑いを浮かべ、冷たく見下ろすサキ。
 もう我慢できなかった。健は大声で泣いていた。

「健ちゃんってサ」

 サキがナイフを持つ手を休めた。

「あたしのことキライ?」

 そんなこと、正直に答えられるワケない。健はまだ十五歳。青春真っ盛り。生命(いのち)が惜しい!
 両手で顔を覆って泣くしかない。

「そっか……」

 サキはそっと立ち上がって部屋を出た。すぐに戻ってきてスクールバッグとスマホを健に返した。真っ白なブレザーを脱がせ、自分が羽織った。まだスライスしていないリンゴを五個、トートバッグに入れて健に渡す。

「じゃあね」

 サキの声はかすかに震えていた。部屋を出ると、今度はもう戻らなかった。
 健は全速力でサキの家を飛び出していた。 
 サキが後から追いかけてくるような気がして、一度も振り返らなかった。
 リンゴは誰かが間違って食べないように、家に着いてから深く穴を掘って埋めた。

「ちょっと待ってよ。いきなりそんな……」

 恐怖の一夜から二日目の夜。健はスマホの向こうの母に向って叫んでいた。

「これからの健の予定。手続きが終わり次第、ロンドンのスコットランドヤード大学付属高に入学。成績に応じ卒業までの期間が変わるから最短二年で大学卒業。スコットランドヤードの警察幹部の資格を取得できる。帰国したら簡単な研修後、警視庁本庁で最初から警部補として勤務できるから」
「だから僕、警察なんかに……」
「ごめんね。お祖父さんの家に呼ばれて親戚一同から詰め寄られ、お母さん、どうにも出来なかった。お祖父さんの直系の孫が警察官にならないとは何事かと、三十人以上から繰り返し言われたの」
「だけど、僕……」
「この話は、もうこれまでね。サキちゃんに会ったでしょう。健のスマホを開き私の電話番号調べて連絡してきた。健がサキちゃんの決めたパスワードを今でもそのまま使っていたと、すごく喜んでいた」

 母は一方的に話し続ける。

「サキちゃんはね。親戚が院長を務める修道院に入ることになった。将来は修道院と修道院が経営する『聖マリア女学園』の後継者になるそう。正式にシスターになったら、もう健と結婚することは出来ない。だから修道院に入る前、真似事でもいいから結婚式を挙げたかったと言っていた。健のために白のスーツを用意して、教会の結婚式のときに使う讃美歌を流したそうよ。だけどプレーヤーが壊れたかなんかでぶちこわしになったって……」

 じゃあ、あれは……

「健が何でも家事が出来ること、尊敬していた。そんなに自慢するほどのことかな? 健からリンゴの皮のむきかたとスライスを習ったこと、今でもふたりの一番の思い出だと言っていた。健は忘れた?」

 そのときになって、初めて健は、自分が取り返しのつかない思い違いをしていたことに気がついていた。

「お母さんが悪かったと思っている。サキちゃんは健のことが大好きだったから、修道院に入る気はなかった。将来は警察官になって、仕事もプライベートもいつもふたりで一緒でいたいと願っていた。
 私、ハッキリとサキちゃんに、健が

『体が弱いし気も弱い。それにスポーツもダメだから警察官なんかならない』

と言ってること伝えたら、健のことを本当に心配してね、心を鬼にして健を強い子にすると約束してくれた。だけどそれが逆効果になったみたい。健は恐怖のあまり、優しかった頃のサキちゃんとの思い出をすっかり封印してしまったんだよね。
 私が、

『お願い』

なんて言わなければよかった。どうサキちゃんにお詫びしたらいいか……健、どうしたの?健!」
 白く高い塀に囲まれた白亜の建物。塀の一角には大きな扉。この扉の向こうに「守山修道院」がある。東側に「聖マリア女学園」が隣接している。
 この扉の向こうで、宗教に身を捧げた女性たちが暮らしている。
 扉の前に一台のバンが停車し、ベール状の頭巾とトゥニカと呼ばれる足首までのワンビースを身につけたサキが下りる。
 白髪の神父が寄り添っている。ふたりの年配のシスターも一緒だ。

「では入ろうか?」

 神父が声をかける。
 サキが小さくうなずく。ゆっくりゆっくりと扉に向う。
 扉の前でそっと振り返る。
 次の瞬間、サキの顏に満面の笑みが浮かんだ。
 きっと来てくれると信じた少年がそこにいた。
 サキが手招きする。
 健は駆け足でサキの前に立った。

「サキちゃん」

 健はうつむいたままだった。しっかりサキの顔を記憶に刻まなければならないのに、肩を震わせて地面を見つめていた。

「ごめんなさい」

 消え入るような小さな声でつぶやくと、次の瞬間には両手で顔を覆って泣き出していた。
 サキが笑った。一瞬で両目が涙の洪水になった。

「健ちゃんは本当にダメな子だね」

 健は答えない。顔を覆ったまま、ずっと泣き続けていた。

「弱虫で泣き虫で……だけどそれでいいじゃん」

 サキの声が震え、空いっぱいに響き渡った。

「私がいるんだから。ふたりで一緒にいればいいじゃない。恋するって、愛するって、そういうことだから」

 サキは澄んだ空を見つめた。それから神父の方をしっかりと見つめた。

「お義父さん、ごめんなさい。私、十戒を破ります。シスターにはなれません」

 神父は呆然とサキを見返した。

「十戒の八。汝、盗んではならない。私、今から、私が一番大好きで一番大切な人を奪います」

 サキがワンピースに手をかけた。
 ビリビリと布を引き裂く音。
 短くなったワンピースの裾から、ブラウンのガーターストッキングに包まれ、マシュマロのように盛り上がった太腿があらわになった。
 サキはもう迷わなかった。
 パッと健をお姫様抱っこし、愛おしそうに大きな口を健の口に重ねた。

「健ちゃんのお母さん、見てますよね。健ちゃんはロンドンなんかに行きません。もう私のものです。ごめんなさい」

 サキは健に呼びかけた。

「私、健ちゃんを奪っちゃうよ。いい?」
「はいっ」

 健がしっかりとうなずく。
 もう一度、交わした誓いのキッス。サキはワンピースをひるがえし、ダークバークのガーターもあらわに修道院から駆け出して行った。
 健の祖父や親戚たちが、塀の蔭から憮然とした様子で見送る。健の母は涼しい顔。

「由美子、本当に、これでいいのか?」
「終わりよければすべてよし。警視庁に強力なコンビが生まれればそれでいいんでしょう」

 サキは風に舞う短い裾を気にもせず、健を抱きしめたまま、風の中を駆け抜けてて行った。

 最後に---
 サキが恥かしくて言わなかったこと。
 だから健も知らなかったこと。
 サキの部屋に貼られた健の写真の胸の部分。
 ひとりぼっちのサキが描いた大きなハートのマークを隠すため、上から赤のマジックで塗りつぶしていたこと。
 




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