現在、13時10分。
 今日は午前中に咲のお葬式があった。
 俺もそれに参列させてもらった。
 最期の咲の顔を見ても、泣けずにいた俺は薄情なのかもしれない。
 お葬式が終わった後、この廃ビルに来た。
 ここは小学生の時、咲と一緒に見つけた秘密基地だ。
 誰もここには来ない、大人から逃げるにはちょうどいい場所だった。
 咲が入院してからは1人でたまに来ていたこともあった。
 この場所は見晴らしがよく、落ち着いた雰囲気があった。
 咲との思い出があるこの場所を俺の最期にしようと考えた。
 少しだけ黄昏ていると突然、屋上の重い扉が開いた。
「え…」
 驚きすぎて固まっていると、扉を開けた若い男の人が言った。
「どうした?」
「えっ…?」
「今すぐ死にそうな顔してる笑」
 図星を突かれ何も言えなくなった。
その人は高笑いをした。
 俺は少しムカつきながらその人の手を見た。
「ん?あぁこれ?」
 と言ってタバコを渡してきた。
「え?」
「見てるから欲しいのかなって…違った?」
 当たり前のように笑って言ってきた。
「本当に、どうしたの?」
 と、今度は真剣に聞いてきた。続けてその人は言った。
「初対面の方が話しやすい事、あるんじゃない?ベンチに座りながら話してよ」
 そう言うと先にその人が後ろにあるベンチに座った。
 俺は、その人の雰囲気に呑まれベンチに座った。そしてつい、今までの事を話してしまった。咲にしか言えなかった事をその人にも話してしまった。全てをその人に吐き出してしまった。
 半ば泣きながら、俺の想いを全てぶつけてしまった。
 話終わるとスッキリしたと同時に後悔した。
 話さなければ良かったと思う気持ちが出てきた。
 知らない人に話すような事じゃなかった。
 長く語った話が終わった。
 話しているときは下を向いていた。吐き出すことに夢中だった。
 改めて顔を上げると、ここからの景色は綺麗だった。
 話してる時は気づかなかったがもう当たりは夕日に染まっていた。
「綺麗だね」
 その人が言った。
 俺が話してる時もただ隣で聞いていてくれた。
 懐かしく、優しい雰囲気を持っていた。
「はい」
 そう言うとまた、涙が溢れ出た。
 溢れて止まらなかった。
 その人は俺の背中をずっとさすってくれた。

「ありがとうございます」
 落ち着いたところでお礼を言った。
「いや、頑張ったね」
 そう言って微笑みながら頭を撫でてくれた。
「名前なんて言うの?」
 その人が俺に聞いた。
「俺は、星川 空《ほしかわ そら》」
「いい名前だな」
「あなたは?」
「俺は、相原 雪《あいはら ゆき》」
「いい名前ですね」
「じゃあまたな空。」
 そう言って屋上から立ち去って行った。
 雪さんの背中をドアが閉まるその瞬間まで眺めていた。
「今日は、死ねないな…」
 ドアを開けたタイミングで雪さんが呟いた一言。
 俺は、目を見開いた。
 用事もなく、ここには来ないはずだ。
 バタンッ
 閉まったドアの音が雪さんの助けを求めている音だと思った。
 俺はしばらく屋上からの景色を眺めた。
 日が落ち、辺りは真っ暗だ。
 その中で俺は、俺の中の咲に別れを告げた。
 廃ビルからの帰り道、気を引き締めるために思いっきり息を吸った。
 久しぶりにちゃんと吸うことが出来た気がした。
 春の暖かくて優しい匂いだ。

 少しだけ息がしやすくなった気がした。