小学生に上がるとお父さんの仕事が忙しく、なかなか会う時間がなかった。
 それでもお父さんは、行事があれば時間を作って来てくれるから寂しくても嬉しかった。運動会には毎回来てくれるし、クリスマスにはサンタさんが来た。そんなお父さんの事を俺は大好きだった。
 小学2年生の時、お父さんは再婚した。
 相手は、お父さんよりも年上で、いつも強い香水の匂いがしていた。再婚したことでお父さんは行事にも来てくれなくなった。代わりに新しいお母さんが来ると言っていたけど、新しいお母さんは、1度も来なかった。
 小2のクリスマス。枕元に置いてあったのは携帯電話だった。箱の中には、お父さんのメモが入っていた。
「いつもさみしい思いさせて、ごめん。
 なんかあったらいつでも連絡していいから」
 その下には、電話番号が書いてあった。
 見た時、直ぐにお父さんに電話をかけた。
 出なかったけど、留守電で”ありがとう”と言った。
 それからしばらくの間、お父さんとは留守電で会話をした。学校のこと、家の事、お父さんに心配をかけたくなかったから新しいお母さんの事は言わなかった。
 小学3年生の冬、お父さんが交通事故にあった。
 居眠り運転していたトラックに轢かれたと家に電話があった。電話でお父さんが亡くなった事も知った。
 今度は、涙が出てきた。昨日は、初めて電話で会話をしたばかりだった。最近、学校に好きな子が出来たことをお父さんに伝えたら、”頑張れ”と応援してくれた。
”お母さんに似て優しいし、俺に似て強い子だ。その子も分かってくれてる”とも言われた。そんなお父さんが居なくなった。今度は、何も分からない自分じゃない。もう会えないことが、分かるのが怖かった。
 息苦しさが増したようだった。
 小学4年生の夏、新しいお母さんが再婚した。
 再婚してからは、俺の事を居ないものとして扱われた。話しかけても無視され、ご飯を食べさせて貰えないこともあった。新しく出来たお父さんは、よくお酒とタバコを吸っていて、リビングのほとんどが空き缶とプラスチックのゴミだった。いつしか家の中は生ゴミとタバコの匂いで充満していた。もうここにお父さんとお母さんの影は無くなった。
 新しいお父さんは、よく暴力を振るう人だ。
 俺をストレス発散の道具と思っているらしい。
初めて殴られた時のことだ。
新しいお母さんがいなかったので新しいにお父さんお腹すいたと言った時、”うるさい”と言われ殴られた。
 初めての事だったので驚いた。”痛い”と言っても辞めてくれず、さらに力が強くなった気がした。
 学校では、背が小さい俺はいじめの対象だった。
 先生も関わるのが面倒臭いのか見て見ぬふりをしていた。
 いじめの理由は、親と血の繋がりが無いのは変だということ、親からも暴力を受けているということだった。最初は口での暴力だった。
 でも守ってくれる人が居ない今、同級生は手を出すようになった。それを助けてくれたのが咲《さき》だ。
 咲は、同じクラスの女の子でよく話しかけてくれた。
 帰り道が一緒の方向で、2人で毎日帰っていた。他の誰にも言えない話も咲には話せた。
 中学校に入り、変わらず2人で帰っていた。
 さすがに中学校に入るといじめてくる人も居なくなり、友達も出来るようになった。それも全部咲のおかげだ。
 ただ、上辺だけの友達にしかなれなかった。そう思っている自分に嫌気がさす。
 家でも変わらず、新しいお父さんは暴力を振るい続けていた。理由をつけては殴られ、背が低い俺は抵抗すら出来なかった。俺の身体には、治りかけの傷と新しい傷が増えていた。家に俺の居場所は無かった。
 そんな中でも生きていられたのは、咲が居たからだ。
 咲も家の事で悩んでいたから、
 似ている環境に居たからこその通じるものがあった。
 咲の家は、俺の家とは逆で過保護の親に育てられた。
 限られた行動を強いられ、自由がなかった。
 中学2年生にあがり、今日も一緒に帰っていた。
 今日は、咲の雰囲気が何処か違って見えた。
 咲の足が止まった。
「どうした?」
 俺もつられ、足を止める。
「私、、、。」
 咲の言葉の先を待つ。
 俺の目を真っ直ぐ見つめ言った。
「…好き。」
「え…」
 思いもしなかった言葉に思考が追いつかなかった。
 咲はずっと俺の目を見てた。俺の言葉を待っていた。
 咲の事を小2からずっと好きだった。
 だから答えは決まっていた。
「俺も、咲の事が好き。」
 咲の目は大きく開き、それでいて嬉しそうに。
 細めた目から涙が溢れた。
 俺はそれを綺麗だと思った。
 俺の目からは涙が零れた。
 泣き止んだ時には空は暗く、手を繋ぎながら帰った。
 それから休みの日は、2人で色んな場所に出かけた。
本屋、ゲーセン、映画館、水族館、遊園地。
 今日のデートが終わりそうな時、1つの雑貨屋さんに入った。そこで2人でお揃いの物を買おうと決めた。
「このピアス良くない!
 この色、似合いそう」
 咲が俺に似合う物を見つけ、俺は咲が似合う物を探した。
「咲は、この色似合う」
 結局、お互いピアスの色違いを買った。
 帰り際、2人で公園に寄ってベンチに座った。
 少し寒くなってきた頃だった。
 ココアを2つ買って1つを咲に渡した。
「ありがとう」
 自然と会話はなくなり、目の前にある噴水を眺めた。
 しばらく眺めていたら、咲が静かに話し始めた。
「今日さ、話したいことがあるんだ。
 聞いてくれる?」
 見たことないぐらい真剣な顔で問いかけられた。
 その表情から良くない話な気がした。
 うるさく鳴る心臓を抑え、俺は頷いた。
「…私さ、余命があと少ししか無いんだ。」
 そう言った咲は、少し震えて見えた。
 それ以上に俺が出した声は震えていた。
「どういう…」
「病気なの。昔から。」
「この前、病院に行ったら余命宣告されて…。
 もう半年も無いって…」
 咲は、申し訳なさそうに俯いたまま話し続けた。
「告白も本当はしないつもりだった。
 でも、やっぱり好きだから…。傍に居たかった。
 好きって言ってくれて、付き合ってくれて、私にとっては本当に奇跡みたいだった。」
 俺もそう思うよ。心の中で言った。
「…明日から入院するんだ。
 最後に付き合えた思い出が欲しくて、、、
 ありがとう」
 真っ直ぐに見つめられ、笑って言われた。
「私と別れてください。」
 そう言うと咲は、立ち上がり俺の方を見て頭を下げた。
 咲の顔は、笑っているのか泣いているのか分からなかった。それは俺の目が涙で濡れていて視界がぼやけていたからだ。
 俺は、立ち去ろうとする咲の手を引いた。
「嫌だ。
 俺は、咲のそばに居たい。ずっと。」
 そう言って抱きしめた。
「なんで…もうすぐ私死んじゃうんだよ。」
「それでも、大好きだから。傍に居させて…」
 それから、お互いを抱きしめ2人で泣きあった。
 次の日から咲の闘病生活が始まった。
 俺は毎日学校が終わると、そのまま咲のお見舞いに行き、面会時間が終わるまで居続けた。
 だんだんと痩せ細っていく咲の身体は、あの頃のお母さんと重なってみえた。
 扉を開けるのが怖い日もあった。
 帰りたくない日もあった。
 いつの間にか消えそうな雰囲気を咲は纏っていた。
 少しずつ暖かくなってきた春頃。
「そろそろピアスつけようかな」
 耳たぶを触りながら咲が言う。
「開けてくれる?」
「開けたことないけど…」
「自分じゃ出来ないもん。」
 そう言って俺にピアッサーを渡した。
「大丈夫かな…」
「任せた笑」
 若干震えてる手で咲の耳を挟んだ。
「大丈夫?笑」
「大丈夫じゃないかも」
 10分くらいかけなんとか、開けることに成功した。
「反対もあるよ?笑」
「え…」
 咲は俺の絶望した顔をみて大爆笑していた。
 やっと両側に穴を開けることができた。
「長かったね、おつかれ笑」
「疲れた…笑」
 買ったばかりのピンク色のピアスを早速つけていた。
「どう?」
「いいじゃん可愛い」
「あ、ありがと」
 耳まで真っ赤になった照れた顔は可愛いかった。
 そのちょうど1週間後に咲は亡くなった。
 容態が急変し、持ちこたえることなく亡くなった。
 誰かが死ぬ時はいつだって傍にいれない。
傍にいると言ったのに、居れない自分が大嫌いだ。
 この日もそうだ。
 この日は、放課後に同じクラスの女子に呼び出された。
 今日、ずっと嫌な予感があった。
 咲に何かあるんじゃないか。
 そう思って早く咲に会おうと思った。安心したかった。
 焦る気持ちを抑え、目の前の子の話に耳を傾けた。
「急に呼び出してごめんね。」
「どうしたの?」
 一瞬、周りの音も何もかもが全部消えた。気がした。
 その子の言葉しか耳に入らなかった。
「好きです。付き合ってください。」
 その子の心臓の音が俺に移ったのか、
 俺の動悸が早く、体が熱くなるのを感じた。
 その子の声が震えて聞こえた。
「ごめん。好きな子がいる」
 俺は真っ直ぐその子の目を見た。
「そうなんだ…。」
 沈黙が降りる。
「付き合ってるの?」
「うん」
 その子は震えてる声で聞いた。
「誰?」
「春野 咲。俺の初恋なんだ」
 俺は笑ってみせた。
 初めて誰かに付き合っていることを言うことが出来た。
 ずっと誰かに言いたくて、でも言えなかったこと。
 その子は”そっか”と一言だけ言って去っていった。
 その目には涙が浮かんでいた。
 それから急いで病院に向かった。
 嫌な予感は激しい動悸と共に増していった。
 咲の病室の前まで行くと、医師と看護師が慌てた様子で出たり入ったりを繰り返していた。
 そこを覗くと、ベットから垂れている手が目に入った。その手は力が入ってないのか”だらん”と下がっていた。
 咲に医師が呼びかけていた。
 それに応えることは無かった。
 俺は家に帰ってから机に閉まっていたピアスを取りだした。咲が開けた時は痛そうと思い開けることは無かったが今以上に痛いことは無いだろうと自分で開けた。
 ガチャン
 微かに血が出た。
「痛…」
 涙が出てきそうだった。
 でも俺は知らないフリをしてもう片方も開けた。
 咲が選んでくれたピアスは、青色のピアス。
 それを穴が開いてる耳たぶにつけた。
現在、13時10分。
 今日は午前中に咲のお葬式があった。
 俺もそれに参列させてもらった。
 最期の咲の顔を見ても、泣けずにいた俺は薄情なのかもしれない。
 お葬式が終わった後、この廃ビルに来た。
 ここは小学生の時、咲と一緒に見つけた秘密基地だ。
 誰もここには来ない、大人から逃げるにはちょうどいい場所だった。
 咲が入院してからは1人でたまに来ていたこともあった。
 この場所は見晴らしがよく、落ち着いた雰囲気があった。
 咲との思い出があるこの場所を俺の最期にしようと考えた。
 少しだけ黄昏ていると突然、屋上の重い扉が開いた。
「え…」
 驚きすぎて固まっていると、扉を開けた若い男の人が言った。
「どうした?」
「えっ…?」
「今すぐ死にそうな顔してる笑」
 図星を突かれ何も言えなくなった。
その人は高笑いをした。
 俺は少しムカつきながらその人の手を見た。
「ん?あぁこれ?」
 と言ってタバコを渡してきた。
「え?」
「見てるから欲しいのかなって…違った?」
 当たり前のように笑って言ってきた。
「本当に、どうしたの?」
 と、今度は真剣に聞いてきた。続けてその人は言った。
「初対面の方が話しやすい事、あるんじゃない?ベンチに座りながら話してよ」
 そう言うと先にその人が後ろにあるベンチに座った。
 俺は、その人の雰囲気に呑まれベンチに座った。そしてつい、今までの事を話してしまった。咲にしか言えなかった事をその人にも話してしまった。全てをその人に吐き出してしまった。
 半ば泣きながら、俺の想いを全てぶつけてしまった。
 話終わるとスッキリしたと同時に後悔した。
 話さなければ良かったと思う気持ちが出てきた。
 知らない人に話すような事じゃなかった。
 長く語った話が終わった。
 話しているときは下を向いていた。吐き出すことに夢中だった。
 改めて顔を上げると、ここからの景色は綺麗だった。
 話してる時は気づかなかったがもう当たりは夕日に染まっていた。
「綺麗だね」
 その人が言った。
 俺が話してる時もただ隣で聞いていてくれた。
 懐かしく、優しい雰囲気を持っていた。
「はい」
 そう言うとまた、涙が溢れ出た。
 溢れて止まらなかった。
 その人は俺の背中をずっとさすってくれた。

「ありがとうございます」
 落ち着いたところでお礼を言った。
「いや、頑張ったね」
 そう言って微笑みながら頭を撫でてくれた。
「名前なんて言うの?」
 その人が俺に聞いた。
「俺は、星川 空《ほしかわ そら》」
「いい名前だな」
「あなたは?」
「俺は、相原 雪《あいはら ゆき》」
「いい名前ですね」
「じゃあまたな空。」
 そう言って屋上から立ち去って行った。
 雪さんの背中をドアが閉まるその瞬間まで眺めていた。
「今日は、死ねないな…」
 ドアを開けたタイミングで雪さんが呟いた一言。
 俺は、目を見開いた。
 用事もなく、ここには来ないはずだ。
 バタンッ
 閉まったドアの音が雪さんの助けを求めている音だと思った。
 俺はしばらく屋上からの景色を眺めた。
 日が落ち、辺りは真っ暗だ。
 その中で俺は、俺の中の咲に別れを告げた。
 廃ビルからの帰り道、気を引き締めるために思いっきり息を吸った。
 久しぶりにちゃんと吸うことが出来た気がした。
 春の暖かくて優しい匂いだ。

 少しだけ息がしやすくなった気がした。

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