ミリアの部屋中にぬいぐるみが溢れるようになった頃、出産を終えた男の妹であるハンナが、赤子を連れて久しぶりに遊びに来た。

「やあ、ハンナにレイチェル、良く来てくれたね」
「久しぶりね、兄さん、ミリア。私が居なくても、ちゃんとご飯食べてた?」
「一応自炊してたさ、スープやパンばかりだけどな」
「ダメよ。兄さんはまだしも、ミリアは育ち盛りなんだから、もっと栄養あるもの食べさせてあげなきゃ」

 妹の説教は右から左。生まれてまだ数ヶ月の初めて会う姪『レイチェル』は大層愛らしかった。
 男は赤子を抱き、柔らかなその手触りを楽しむ。その温もりに、娘が赤子だった頃を思い出し、自然と頬が緩んだ。

 妹と姪を出迎える為に午前の狩りは休んだものの、男には今日、得意先に毛皮と干し肉を売りに行く予定があった。

「兄さん、行ってきていいわよ、ミリアの面倒は見ておくから」
「そうかい? 悪いなハンナ。ミリアはもう九つになる、普段も留守番しているから、大丈夫だ。何ならレイチェルの面倒も見られるかもしれないぞ」
「あら、それは頼もしいわね」

 男が出て行くと、ミリアは初めて見る赤ん坊という存在を興味深そうに眺めていた。
 時折恐る恐る触れては、その柔らかさを確かめ目を輝かせる。普段抱き締めるぬいぐるみとは違う感触だった。
 そしてよく見ると、小さな赤子の手には柔らかい人形が握られているのに気付いた。

「こんなぬいぐるみもあるのね……」

 ミリアは人の形のぬいぐるみに興味津々だった。ハンナは娘と戯れる姪の姿に安心し、一息吐く。
 産後に赤子を抱いてこんな森の奥まで来たのである。日頃の疲れもあり、少しくらい休んでも問題ないだろうと兄のベッドを借りて休むことにした。

「ミリア、ごめんなさいね、ちょっと二階で休むから……もしレイが泣いたら起こしてちょうだい。抱いて落としたら大変だから、私を起こしに来てね」
「ええ、わかったわ! おやすみなさい、ハンナおばさん」

 赤ん坊は落としたら大変。
 叔母の言葉をきちんと復唱しつつ、昔ミリアが使っていた小さなベッドに寝そべる赤子をそのままにしておく。

 泣く気配もなくすやすや眠る赤子を見下ろし、ミリアはにっこりと笑み、父の作業部屋へと向かった。


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