ある深い森の奥に、狩人の男と幼い娘が二人で暮らしていた。

 妻を早くに亡くし、毎日朝から日が暮れるまで狩りをして、獲物を町に売りに行く日には夜になりようやく娘と顔を合わせる生活。
 時折男の妹が様子を見に来てくれていたが、彼女が身籠ってからは中々来られず、男は留守番ばかりの娘に寂しい思いをさせていた。

 男は町に下りる度、何か良い案はないかと考える。愛する娘に少しでも笑顔を増やしてあげたかった。

 不意に、娘と同い年くらいの少女が大切そうにくまのぬいぐるみを抱いているのを見かけた。

 そうだ、ぬいぐるみをあげよう。あれがあれば寂しくないし、あの少女と同じ年頃の娘なら、きっと喜ぶに違いない。
 そう考えた男は意気揚々と森に戻り、娘にはどんなぬいぐるみが似合うかと考えた。

「ただいま、ミリア」
「おかえりなさい、パパ!」

 笑顔で出迎えてくれた娘の頭を撫でて、夕食の支度をした。
 木を切って作ったテーブルに向かい合わせになり、用意した質素なスープを嬉々として飲む娘を眺め、きっと喜ばせようと誓う。

 娘が眠ってから、男は毛皮を加工する作業部屋に向かった。捕った獲物は肉として売ることもあれば、毛皮として売ることもあった。男は売れなかった毛皮の端切れを縫い合わせ、町で買った綿を中に詰める。

 初めて作ったそれはとても歪で、何の動物かと問われると悩む代物ではあったが、本物の毛皮を使っているだけあり質はよく手触りも良かった。

 朝方になり完成したそれを、眠る娘の枕元に置いた。見つけた時にどんな顔をするか見たくなり、午前の狩りは中止して彼女の目覚めを待つことにした。

「……パパ、パパ! これ、どうしたの!?」

 有り合わせの材料で簡単な食事を用意していると、飛び起きたミリアがバタバタと走ってきた。手には昨夜作ったぬいぐるみ。その驚きと嬉しそうな顔に、男は満足した。

「気に入ってくれたかい?」
「ええ……ええ、もちろん!」

 娘は片手にぬいぐるみを握りしめたまま、嬉々として料理中の男に纏わり付く。
 こんなにも喜んでくれるとは思わなかった。
 男は満ち足りた気持ちで、午後から予定通り狩りに出掛けた。

 その日一日、ミリアはぬいぐるみを手放さなかったようだ。
 夜の食事の席にも同席したそれは、抱き潰したようにすっかり形が歪んでしまっていた。


*******


 それからも、男は娘の喜ぶ顔が見たくなり、端切れが出来る度に他の動物も生み出した。
 そうして決まって、プレゼントの翌朝には彼女の反応を見る為に午前の狩りは休む。
 いつしかぬいぐるみが両手で抱えきれなくなった頃、ミリアがぬいぐるみの作り方を知りたいと言ってきた。

「この毛皮は、元々は動物の体なんだよ」
「動物の?」
「嗚呼、だからこんなに手触りも良いんだ。肉は食えるし、毛皮は何にだってなる。動物は凄いな」
「うん、すごい!」

 その頃には、まるで剥製のように生きていた頃の形をそのまま使うようにしていたため、男の作るぬいぐるみのクオリティは格段に上がっていた。

 最新作の、まるで生きているかのような兎を手本に、作り方を説明する。娘の小さな手では毛皮を縫うのはまだ難しかろうと、柔らかい布を使って練習させた。
 
 眠る前の少しの時間だけ、共にぬいぐるみを作る。それは親子の大切な時間だった。

 二週間かけて娘がその柔らかな布で初めての作品を仕上げた日には、二人でそのぬいぐるみを間にして抱き合って眠った。

 ミリアはその後も少しずつ練習していき、上手く出来るようになる度に、嬉しそうに男に見せるようになった。褒めてやると、また喜んだ。

 やがて何個目かが出来る頃には、男はもう教えることは何もないと考えた。ミリアは男よりも器用だったし、何しろ男が狩りに出る間、一人退屈な留守番。時間があり余っているのだ。上達するのにそう時間はかからなかった。

 娘が自分でぬいぐるみが作れるようになったことは嬉しかった、それでも、それからは、男がぬいぐるみをプレゼントすることはなくなっていった。


*******