笑い空


 下へ降りるとお母さんがキッチンから顔を出し、「あら、笑美。体調はどう?帰ってから吐いたりしてないよね?お母さん買い物行く時笑美寝てたから声かけずに行ったんだけど大丈夫だった?」と言った。私はにこっと笑い、明るい声を心がけて返事をする。
「大丈夫だよ。もう平気。久しぶりにご飯一緒に作る。何したらいい?」
 お母さんは少し驚いた顔をし、でもすぐに笑顔になって、「それならよかった。手伝ってくれるの?ありがとう。それじゃあえっと、お味噌汁作ってくれる?お母さん笑美の作るお味噌汁好きなんだ。具もまだ決めてないから笑美チョイスでよろしく!」驚いた顔をしたのはきっと、最近勉強や部活で忙しく、手伝うのが久しぶりだったからだろう。こんなに嬉しそうな顔をしてくれるなら、もっと手伝っていたらよかったな。これからは定期的に手伝うようにしよう。
「オッケー。じゃあシンプルに玉ねぎとわかめとじゃがいものお味噌汁にするね。私が一番好きな具。」
 と言うと、お母さんは「お母さんも好きー。」と言ってくれた。
 まずは玉ねぎを7ミリくらいの厚さで薄切りにする。私はお味噌汁に玉ねぎを入れる時、くたくたの柔らかくて甘い玉ねぎが好きだから長く煮るのだ。沸騰したお湯に玉ねぎを入れ、火を弱める。次はわかめを戻す作業をする。わかめはおいしいし栄養豊富だし、手軽に準備できるから好きだ。わかめを水戻ししている間に、じゃがいもの皮を剥いて1センチ厚さくらいの半月切りにする。じゃがいもは煮崩れしやすいので、入れるのは最後。わかめがいい感じに戻ったのを確認し、お鍋へ。更に火を弱める。わかめを入れたばかりの時はぐつぐつしていたお鍋がシーンとなったけど、また温まり、ぐつぐつしてきたので一旦火を止める。
 ご飯の時間の6時半より20分前の6時10分くらいにじゃがいもを入れると丁度いいかな、と思い、その時間にアラームをセットする。今は5時55分。やるべきことが特になかったので、前に心七と買い物した時に買った本を眺める。 『私の夜明け』。やっぱり素敵な題名と表紙だ。この表紙の空のイラストを見ると、いつも不思議な気分になる。朝焼け、だよね。たぶん。夜明けって言ってるし、薄暗い中に太陽あるし。読もうかな。でも10分強しか時間ないからなー。気に入った本だと私は、読み始めると最後まで読みたくなってしまうので、時間がたっぷりある時に読みたい。でもそう思っていたらなかなか読めなくなっちゃう。でもでも、塩野さんの作品だし、あらすじとか帯とか読むと私の好みに合ってそうだし、きっとお気に入りの一冊になる。迷うなぁ。
 ピピピピッ、ピピピピッ、ピピ。
 アラームが鳴り、私は急いで止める。あーあ、結局読めなかった。考え込んでるだけで時間って過ぎちゃうんだもんな。やんなっちゃう。そんなことを考えながらも私はキッチンに戻り鍋にじゃがいもを投入して火をつけた。
 沸騰するまで時間がかかるので、私はダイニングテーブルでご飯を食べる準備をする。出しっぱなしになった、プリントをまとめてプリントの山に乗せ、リモコンはリモコン立てに置く。テーブルを片付け終えた私は、キッチンからコップを4人分持って来て、お茶を3人分注ぐ。お父さんは帰るのが遅く、ご飯は別で食べるから3人分。私は淹れといてもいいと思うのだけど、お母さんが、「しょうくんはキンキンに冷えたお茶が好きだから」と、いつもお父さんが帰ってから淹れているので私もそうした。
 キッチンに行き、お鍋をぼーっと見つめる。
 そうこうしているうちに時間は経ち、ご飯の時間が近づいたからか2階の自室にいた美空も降りて来た。美空は私がキッチンにいるのに気づくと、トタトタと近寄ってきた。そして、「おー、今日はお姉ちゃんがお味噌汁作ったんだ!わーい、美空の好きな具ばっかりだ。」と言いながら鍋を覗き込んでいる。美空はいちいち仕草がかわいい。愛おしく思いながら見つめていると、視線に気づいた美空はニッと笑った。きゅんとした私は思わず美空の頭をなでなでする。
「お姉ちゃんどしたの?やっぱり今日なんか変だね。」
「いや、なんでもないし、大丈夫だよ。ただ、美空がかわいすぎただけ。あ、あと今朝はごめんね。昨日あんまり寝れなくてイライラしてて美空につっけんどんな態度とっちゃった。」
 私は丁度いい機会だと思い、気がかりだったことを美空に言う。美空は、はて、と言うような顔をしてから「なんのことー?美空、お姉ちゃんイライラしてたの気づかなかったし大丈夫だよ。なんか変だなぁとは思ってたけど。」と笑った。こんなに天真爛漫な子はいない、と私は思った。そしてまた美空をなでる。
「もー、頭わしゃわしゃするのやめてー。髪ぐちゃぐちゃになっちゃうよぉ。」
 しばらくはされるがままになっていた美空に軽く怒られてしまい、やりすぎたかなと思う。「ごめんごめん。つい美空の髪がふわふわで気持ちよくて。」
「それは分かる。美空の髪触り心地よくてずっと触ってたくなるよね!」
 そう美空はニシシとかっこいい目の笑みを浮かべた。うん、やっぱりかわいい。
 ボコボコボコ。
 あ、お鍋の存在忘れてた。ボコボコいっていたので急いで火を止め、じゃがいもに菜箸を刺して硬さを確認する。いい具合の硬さだ。冷蔵庫から白味噌を取り出し、おたまで適量すくって入れる。お味噌を冷蔵庫にしまい、おたまに溜まったお味噌を菜箸でぐるぐるしながら溶かす。溶けた。少しポコポコするまで火にかける。できた。味見をしようと小皿に一口分お汁を入れ、飲む。うん、やっぱり味が分からない。これじゃあ濃いか薄いか分からないので、美空に味見を頼む。
「うん!おいしい!丁度いい濃さだよー。」
 美空のお墨付きが出たのでよしとする。美空にお礼を言って、お鍋に蓋をする。
 トイレとお風呂を掃除していたお母さんがキッチンに戻ってきて、今日の主菜であるアスパラの肉巻きを温めている。
 ご飯がもうすぐ炊ける。私はしゃもじとお茶碗を用意して、美空に「ご飯をよそって」と頼む。美空は二つ返事でオッケーし、私からしゃもじとお茶碗を受け取る。
 私はお味噌汁をよそう。さっきあっためたばっかりだから、そのまま。
 ご飯の支度が整い、みんなが席に着いたので「いただきます。」をする。私は最初に、お味噌汁を食べた。私好みの食感にできているけど、おいしくは感じられなかった。アスパラの肉巻きも食べてみたがお味噌汁と同じ感想。それでも私は食べ進める。お母さんと美空は「おいしいねー。」と食べている。私は笑って頷いたが、本当は賛同できない。少し悲しくなる。みんなと分かち合えないことが。おいしく感じないことが。
 ご飯を食べ終えごちそうさまをし、私は食器を流しに持っていく。そして手を洗い、お風呂を沸かし始める。2人はまだ話しながらご飯を食べていた。同じ部屋にいるのに、孤独感を覚えた。