寒くなってきたと思ったらもう今年も師走に入っている。今年はいつまでも暑かった。ようやく涼しくなったと思ったら、急に寒くなってきた。過ごしやすい期間が短くなったような気がする。一日の寒暖の差も激しい。地球温暖化のせいに違いない。

仕事も私生活も忙しかったので1年が経つのが早かった。二カ月ごとの帰省と逢瀬は続いている。いつもなら飲みに誘ってくる秋谷君からここのところ何の連絡も入らない。上野さんとのことも気になっていたので、思い切ってこちらから連絡を入れた。

「元気にしているのか? しばらく飲み会の誘いがないけど、近々どうだろう? 例の遊びで忙しいのか?」

「俺は元気だが順子が入院している。それで娘の世話で忙しくてね」

「娘さんは何歳だった?」

「五歳だからまだ結構手がかかる。今週末に順子の実家へ連れていってしばらく預かってもらうことになったから、来週なら時間が取れる。積もる話もあるから。月曜日の午後7時からなら時間がとれる」

「無理することはないから、順子さんが元気になってからでいいよ」

「いや、聞いてもらいたいこともあるから」

◆ ◆ ◆
12月6日(月)いつもの居酒屋には7時に着いた。秋谷君からは20分ほど遅れるとのメールが入っていた。ようやく現れたが一目見て憔悴しているのが分かった。

「ずいぶん疲れているようじゃないか、大丈夫か? 無理させたな」

「いや、帰りに病院へ寄ってきたから遅れた。すまん」

「気にするな。ところで奥さんの具合はどうなんだ?」

「乳がんがみつかった。ステージ2で1週間ほど前に手術した。経過は順調だ。今は抗がん剤の点滴を受けている。幸い今のところ転移も見つかっていない。」

「それはよかったな」

「順子のありがたみがよく分かったよ。今まで俺も家事を分担していたと思っていたが、彼女の分担はそんなもんじゃなかった」

「順子の乳がんの診断があった日、俺は例のKさんと会って食事をしていた。[すぐに帰って来てお願い]とのメールが入った。娘に何かあったのかとすぐに電話をしたら、順子は乳がんがみつかったと泣いていた」

「それで」

「俺もそれを聞いて気が動転してKさんに理由を話してすぐに帰った。順子は私に万一のことがあったら未希《みき》はどうなるんだろうとワンワン泣くんだ。あんなに取り乱した順子を見たのは初めてだった」

「そんなことがあったんだ」

「罰が当たったのかもしれないな、順子をほったらかしにして遊んでいたからな」

「いろいろ起こるよ、お互いにこの年になれば」

「これからはいつも彼女のそばにいてやりたいと思っている」

「それがいい。奧さん孝行しておいたほうが良いと僕も思う」

「それから聞いてほしい話がある。お前にも話した上野さんとのことだ。彼女からもう会わないと言ってきた」

「なぜだ、あんなにお互いに会いたがっていたのに」

「ご主人に俺たちの密会が分かって、それで彼が家を出てしまったそうだ。家を出て行ったのは自分のせいだから息子にも顔向けできない。もう俺とは会わないことに決めたと言っていた」

「お前はそれでいいのか?」

「『来るものは拒まず、去る者は追わず』が俺の信条だ。良いも悪いも俺と会っていたことが結果的に彼女の家庭を壊してしまった。申し訳ないと思っている。だから俺ももう二度と会わないことにした」

「そうか、最悪の結果を招いたな。仕方がないな。何でばれたんだ? 気を付けて会っていたんだろう。二人だけのところを見られたんだな。外であっていたのか?」

「レストランで食事をしたことが2回ほどある。おいしいところで一緒に食事をしたいというので仕方なく二人で行った」

「それを見られたな。素行調査をされていたとすれば必ずひっかかる。シティーホテルの部屋でこっそり会うようなことは考えなかったのか? タレントは付き合っているのが分からないように、同じマンションに別々に住んで、施設内では行き来するが、外では絶対に会わないそうだ」

「そうだな、迂闊だった。人目に付くからやめようと言ったのだが、もっと気を付けるべきだった」

「ご主人から訴訟とか損害賠償は求められていないのか?」

「今のところないが、あるかもしれないな。そのときは腹を括る。自分のやったことだからな、責任はとる」

「そうか。そこは秋谷君らしいな」

「それより、今は順子のことが気になってそればかり考えている。こんなに彼女のことが気になることは今までなかった」

「秋谷君と順子さんはお互いに頼り合っていたんじゃないかな。そのことに二人とも気づいていなかっただけだ」

「そうかな、俺は彼女の手の中で泳がされていただけかもしれないな。彼女がいないと何もできないし手につかないのが分かった」

「順子さんにしても、乳がんが分かった時すぐに秋谷君に知らせてきたんだろう。秋谷君を頼りにしているからじゃないのか?」

「確かに事が事だから、取り乱して泣いていた。あんなことは初めてだった。彼女と結婚したのは自立したしっかりした女性だと思ったからだ。彼女も俺をそう見たからだろうと思う。最初から妙に気が合った」

「秋谷君はどちらかというと自立していて僕と違って私生活でもクールな感じがする。そこが秋谷君の良いところだ。僕にはないところがあって、だから長い間友達でいられるのだと思う。二人の出会いもそれからのことも想像がつく。僕とは大違いだろう」

「お互いに良きパートナーを求めていたが、気が合う人がようやく見つかったという感じだった。俺も何人かと付き合って男女の関係にもなったが、彼女もそうだったと思う。だからお互いの過去ことはどうでもよかったし気にならなかった。彼女は僕にぴったりの女性だと思った」

「でも近頃、浮気というか遊んでいたなあ。どうして?」

「ようやく良きパートナーを得られて安心して余裕ができたというか、分からなければいいと思った。俺はもともと女好きで浮気性だからな」

「それで彼女のことがどうしてこんなに気になるのだろうと思ったのか?」

「ああ、ようやく気が付いたというか、二人の関係を見直す良い機会だと思い始めている」

「『災い転じて福となす』二人にとってはよいことだな」

「そうなればよいけど」

秋谷君は僕に愚痴を聞いてもらいたかったのだろう。アリバイ作りにも協力してきたのだから反省の意味もあったのだろう。別れ際、秋谷君は僕に話をしたことで何かが吹っ切れたような顔をしていた。

◆ ◆ ◆
廸には[秋谷君と飲んで帰る]とメールを入れておいたので家に着くと、順子さんに乳がんが見つかって入院したことを話した。

「そういう歳に近づいているのね。私にもいつ起こってもおかしくないわ。あなたにもね」

「健康が一番だね。気をつけるに越したことはないけど」

「気を付けていても病気になるときにはなる。でも気を付けていないともっとなりやすいと父がよく言っていました」

「お父さんも突然だったね」

「ほんとうにあんなに元気だったのに、人間いつ死ぬかなんて誰も分からない」

「分からないから、気楽に生きていられるのかもしれないけどね」

「あの時はいつ死んでも後悔しないように毎日を精一杯生きるようにしないといけないと思ったけど、つい毎日の生活に流されていて、いつまでもずっとこの生活が続くと思ってしまって。順子さんのことを聞いて思いを新たにすることにしました」

「もっと君を大切にしないといけないな。秋谷君も今までの二人の関係を見直す良い機会だと言っていた」

「私もそう思います。私たちもね」