卒業式が終わった。
すぐには帰らず、静かになった学校をさまよう。
音楽室、体育館、理科室、美術室……。
ひとつひとつの場所に、思い出が染みついている。それぞれの教室で、リアルタイムで過ごしていた時には、やがてそれが思い出になるんだという事は特に考えてはいなかった。
自分が過ごした教室に入った。
私の中で一番濃く、強く染み付いているのは、彼と、そして和真と過ごしたこの教室。
誰もいない教室の、いつもの窓側の席に座り、ここで過ごした日々を思い出す。
「あーあ、もう、和真と一緒に、ここで過ごす事はないのかぁ」
私は天井を見上げた。
点やひょろっとしている線達が、規則的に並んでいる縦と横の線でつくられた枠からはみ出ないように、不規則で個性的なダンスをしている。不安や期待、色んな気持ちを背負って。
なんていう名前の柄なんだろう?
スマホで調べてみると『トラバーチン模様』って名前が出てきた。
再び天井を見上げる。
「なんだか、ひとつひとつの教室みたい」
ひとつの枠に収まって。その中での約束事や、仕切っている人についていっている。表面ではひとつの枠でまとまっているように見えるけれど、納得していない人や違う意見を持っている人も実は結構いたりして、ひとつの枠の意見です! って言えない雰囲気。あのふにゃっとした線とか反発心すごそう。あれ、私の心の中かな?
「いや、これ、教室ではなくて国?」
私はどこに向かうのか分からない考えを頭の中で泳がせ、天井の模様をずっと見つめていた。ぽつりぽつり独り言を呟きながら。
「天井に何かあるの?」
突然の声に驚き振り向くと、和真が教室の入口に立っていた。
「どうしたの? 忘れ物?」
「葵こそ、どうしたの?」
「えっ、余韻に浸っていた」
彼は、私の隣の席に座った。
私は、上を見上げていた理由を話した。
「それじゃあ、夢の中の彼は、何年も同じあの枠の中にいるのかな?」
和真がちょうど上の辺りを指さしながら言った。
「そうだね」
私は上を見上げたまま答えた。
彼は誰よりも綺麗な、あの点かな?
「あっ、あのね、枠の中にいるんじゃなくて、いた。だよ!」
「じゃあ、もうここにいないのかな?」
和真は制服のポケットからシロクマを出して机の上に優しく置いた。
卒業式が終わった瞬間、頭の中に彼が出てきた。私は起きていたのに。そしてその頭の中に流れてきた映像では、彼がおばあちゃんと出会って、私に手をふり、消えた。
「彼ね、おばあちゃんに会えたんだと思う。だからね、もう彼は私達の近くにはいないよきっと」
「一緒に卒業したんだね」
「うん」
私は天井を再び見上げた。
「そうだね。私達、みんな、一緒にあの枠から出ていくんだね。同じクラスだった人達も一緒に枠から出ていって、同じ時空にいるけれど、別々の道に進んでいく」
「うん」
「ねぇ、私たちも、別々の高校じゃん。もう会えなくなる?」
「……」
「私ね、和真の事、好きだったんだ。でも、和真はきっと私の事は好きじゃないから、もう会う事はなさそうだね」
「えっ……。会えないの嫌だ。会いたい。だって、僕も、葵の事が…好きだから」
「ふふっ。なんで、語尾が小声なの? っていうか知ってる! だって、ここで眠っている私の頭を撫でながら、和真が私に好きって呟いてたの、聞こえてたもん。しかも、こんな事してるの、葵にばれたら恥ずかしすぎるって呟いてたよね!」
「うわ! それ、聞いてたの?」
「うん、和真いる時、眠ったふりいっぱいしていたから他にも知ってる。言おうか?」
「いや、もう、やめて! 恥ずかしい」
和真の耳が真っ赤になっていた。
「やっと伝えたのね!」
「うわっ! びっくりした!」
私と和真の声が重なった。
先生が教室の入口で腕を組みながら立っていた。
「先生、いつからいたんですか?」
「ちょっと前から。っていうか、実は私、何回も放課後教室こっそり覗いていたんだけれど、お互いにお互いの寝顔見つめている表情を見てたら、両想いなのにすれ違い?って思ってキュンとなってモヤモヤしてたわ。最近も覗いてみたらふたりが仲良さそうに……」
和真に視線を向けると、彼は固まっていた。
「あっ、この子……」
先生は机の上のシロクマに目を向けた。
「先生、彼は今日、一緒に卒業式に参加しました」
私は先生に伝えた。
それから、和真の夢に彼が出てきた事と、彼がおばあちゃんの元へ行った事も伝えた。
「あと、先生に伝えて欲しい事もあるんだ。大好きな教室で過ごせて幸せでした。ありがとうございました。って伝えてくれる?って、僕の夢の中で彼が言っていました」
先生は目を潤ませながら言った。
「そっか……。三人共……卒業、おめでとう!」
改めて実感した。今日、この学校、この教室を卒業したのだと。
私達は、この教室の枠から出てゆく。
同じ教室で一緒に過ごせる確率なんて、ものすごく低いから、過ごせた時間、出逢えたことは、とても奇跡。
すぐには帰らず、静かになった学校をさまよう。
音楽室、体育館、理科室、美術室……。
ひとつひとつの場所に、思い出が染みついている。それぞれの教室で、リアルタイムで過ごしていた時には、やがてそれが思い出になるんだという事は特に考えてはいなかった。
自分が過ごした教室に入った。
私の中で一番濃く、強く染み付いているのは、彼と、そして和真と過ごしたこの教室。
誰もいない教室の、いつもの窓側の席に座り、ここで過ごした日々を思い出す。
「あーあ、もう、和真と一緒に、ここで過ごす事はないのかぁ」
私は天井を見上げた。
点やひょろっとしている線達が、規則的に並んでいる縦と横の線でつくられた枠からはみ出ないように、不規則で個性的なダンスをしている。不安や期待、色んな気持ちを背負って。
なんていう名前の柄なんだろう?
スマホで調べてみると『トラバーチン模様』って名前が出てきた。
再び天井を見上げる。
「なんだか、ひとつひとつの教室みたい」
ひとつの枠に収まって。その中での約束事や、仕切っている人についていっている。表面ではひとつの枠でまとまっているように見えるけれど、納得していない人や違う意見を持っている人も実は結構いたりして、ひとつの枠の意見です! って言えない雰囲気。あのふにゃっとした線とか反発心すごそう。あれ、私の心の中かな?
「いや、これ、教室ではなくて国?」
私はどこに向かうのか分からない考えを頭の中で泳がせ、天井の模様をずっと見つめていた。ぽつりぽつり独り言を呟きながら。
「天井に何かあるの?」
突然の声に驚き振り向くと、和真が教室の入口に立っていた。
「どうしたの? 忘れ物?」
「葵こそ、どうしたの?」
「えっ、余韻に浸っていた」
彼は、私の隣の席に座った。
私は、上を見上げていた理由を話した。
「それじゃあ、夢の中の彼は、何年も同じあの枠の中にいるのかな?」
和真がちょうど上の辺りを指さしながら言った。
「そうだね」
私は上を見上げたまま答えた。
彼は誰よりも綺麗な、あの点かな?
「あっ、あのね、枠の中にいるんじゃなくて、いた。だよ!」
「じゃあ、もうここにいないのかな?」
和真は制服のポケットからシロクマを出して机の上に優しく置いた。
卒業式が終わった瞬間、頭の中に彼が出てきた。私は起きていたのに。そしてその頭の中に流れてきた映像では、彼がおばあちゃんと出会って、私に手をふり、消えた。
「彼ね、おばあちゃんに会えたんだと思う。だからね、もう彼は私達の近くにはいないよきっと」
「一緒に卒業したんだね」
「うん」
私は天井を再び見上げた。
「そうだね。私達、みんな、一緒にあの枠から出ていくんだね。同じクラスだった人達も一緒に枠から出ていって、同じ時空にいるけれど、別々の道に進んでいく」
「うん」
「ねぇ、私たちも、別々の高校じゃん。もう会えなくなる?」
「……」
「私ね、和真の事、好きだったんだ。でも、和真はきっと私の事は好きじゃないから、もう会う事はなさそうだね」
「えっ……。会えないの嫌だ。会いたい。だって、僕も、葵の事が…好きだから」
「ふふっ。なんで、語尾が小声なの? っていうか知ってる! だって、ここで眠っている私の頭を撫でながら、和真が私に好きって呟いてたの、聞こえてたもん。しかも、こんな事してるの、葵にばれたら恥ずかしすぎるって呟いてたよね!」
「うわ! それ、聞いてたの?」
「うん、和真いる時、眠ったふりいっぱいしていたから他にも知ってる。言おうか?」
「いや、もう、やめて! 恥ずかしい」
和真の耳が真っ赤になっていた。
「やっと伝えたのね!」
「うわっ! びっくりした!」
私と和真の声が重なった。
先生が教室の入口で腕を組みながら立っていた。
「先生、いつからいたんですか?」
「ちょっと前から。っていうか、実は私、何回も放課後教室こっそり覗いていたんだけれど、お互いにお互いの寝顔見つめている表情を見てたら、両想いなのにすれ違い?って思ってキュンとなってモヤモヤしてたわ。最近も覗いてみたらふたりが仲良さそうに……」
和真に視線を向けると、彼は固まっていた。
「あっ、この子……」
先生は机の上のシロクマに目を向けた。
「先生、彼は今日、一緒に卒業式に参加しました」
私は先生に伝えた。
それから、和真の夢に彼が出てきた事と、彼がおばあちゃんの元へ行った事も伝えた。
「あと、先生に伝えて欲しい事もあるんだ。大好きな教室で過ごせて幸せでした。ありがとうございました。って伝えてくれる?って、僕の夢の中で彼が言っていました」
先生は目を潤ませながら言った。
「そっか……。三人共……卒業、おめでとう!」
改めて実感した。今日、この学校、この教室を卒業したのだと。
私達は、この教室の枠から出てゆく。
同じ教室で一緒に過ごせる確率なんて、ものすごく低いから、過ごせた時間、出逢えたことは、とても奇跡。