菜々恵と結婚してからもう1年近くになる。菜々恵は再発の兆候もなくここまできている。僕は菜々恵を毎晩可愛がるときはこれが最後になるかもしれないといつも思っている。だから悔いが残らないように愛情を注いでいる。
菜々恵も同じ考えのようだ。いつも力の限り抱きついて来る。その力が弱くならないように祈るばかりだ。
菜々恵は3か月前から近くの病院に勤め始めた。菜々恵が言うには十分に専業主婦を楽しませてもらったから、それに体調がよいので働いてみたいとのことだった。身体に負担のかからないようならと賛成した。
ただ、ここ2週間ほど、朝、元気がないと言うか体調がすぐれないようだ。少し食欲がないと言っていた。心配になって病院で見てもらうことを勧めた。1か月前の半年に1回の定期検診も異常がなかったので、もう少し様子を見てからと言っていた。
今日は少し遅くなったが、8時過ぎには帰ることができた。ドアを開けると、菜々恵が跳んできて、すぐにでも話がしたそうだった。悪い話ではなさそうだ。
「どうしたの? 何か良いことでもあった?」
「赤ちゃんを授かりました。妊娠3か月だそうです」
「ええ、体調が優れないと言っていたけど、それが原因?」
「ここ2回ほど生理がなかったので、でもこういうことは以前にも時々あったので、様子を見ていました。もしやと思って、今日勤めている病院で見てもらいました。それで妊娠が分かりました」
「よかったじゃないか。菜々恵は諦めていたみたいだから」
「生んでもいいですか?」
「もちろん、反対の理由なんかないけど」
「体力が持つか心配なので、先生にがんの履歴を相談しました。先生から身体への負担が大きいからご主人と相談するように言われました」
「素直に言えばせっかくできた二人の赤ちゃんだから生んでほしい。でも菜々恵に万一のことがある可能性も否定できないのなら、無理に生むことはない。菜々恵、君が一番大事だ。だから、君次第だ」
「帰ってからずっと考えていました。もし私に万一のことがあったら、この子はどうなるんだろうって」
「もし、菜々恵に万一のことがあって僕一人になっても、君の忘れ形見を立派に育てて見せるから、そんなこと気にかけないで生んでくれればいい」
「私も生みたい。頑張ります」
僕は折角勤め始めたけれど負担になるといけないので、病院を退職することを勧めた。菜々恵はそれに従った。
結婚してから菜々恵は生理もほぼ規則通りにあった。僕たちはずっと避妊していなかったが、妊娠はしなかった。
僕たちは子供をあきらめかけていた。二人の無事な生活が続くとつい欲が出てくる。二人で散歩中に菜々恵は幼児をつれた夫婦を羨ましそうに見ていた。僕は何も話しかけられなかった。
今、ソファーに座っている菜々恵は満ち足りた表情を見せている。僕と愛し合った後の顔とは違った別の顔だ。初めて見る菜々恵の幸せに満ちた顔だった。本当によかった。これからが大切だ。
◆ ◆ ◆
出産が近づいた妊娠後期だったと思う。僕が帰宅すると、定期健診に行ってきたが赤ちゃんが逆子であることが分かったという。それで自然分娩は危険なので帝王切開を勧められたという。
逆子であることは前から分かっていたけど、治ることもあるので、様子を見ていたという。僕は菜々恵と赤ちゃんにリスクのあることは避けた方がよいと帝王切開に賛成した。
菜々恵は予定日に帝王切開で可愛い女の子を生んだ。体重3200gの小さな命だった。帝王切開だったので菜々恵は憔悴することもなく出産を終えることができた。菜々恵の誇らしげな嬉しそうな笑顔が忘れられない。女の子なので沙織と命名した。
◆ ◆ ◆
菜々恵親子は退院すると実家へ戻って母親の世話になることにした。経験豊富な母親がそばにいると安心なのだろう。僕も育児休暇を申請して、実家に泊まり込んだ。
ただ、母親も働いており、長くは厄介になるわけにはいかないので、1か月後にはマンションに戻って来た。
僕は寝室のセミダブルのベッドを廃棄して、布団を二組買った。この方が二人で赤ちゃんの世話がしやすいと菜々恵に相談してそうした。
夜中に、沙織がピーと泣くと僕が起きておむつを替えてミルクを作って飲ませる。菜々恵は昼間、沙織の世話で疲れているので、夜間は僕が引き受けてゆっくり寝かせている。大体4時間ごとに起きるけど慣れてきた。菜々恵の負担を最小限にしてやりたいのでそうしている。
僕のために菜々恵が命懸けで生んでくれた沙織は可愛い。何ら負担は感じていない。むしろ、楽しくて嬉しくてしようがない。この日々を大切にしたいと思う。
◆ ◆ ◆
暖かい日差しの中、僕は近くの公園の芝生に座っている。2歳になる沙織が菜々恵に手を引かれて歩いている。もうしっかり歩けるようになった。春の日を浴びた二人がとても眩しく見える。このまま3人の平穏な日々が続くことを祈るばかりだ。
これで二度の別離を乗り越えてお見合い結婚した二人のお話はおしまいです。めでたし、めでたし。
菜々恵も同じ考えのようだ。いつも力の限り抱きついて来る。その力が弱くならないように祈るばかりだ。
菜々恵は3か月前から近くの病院に勤め始めた。菜々恵が言うには十分に専業主婦を楽しませてもらったから、それに体調がよいので働いてみたいとのことだった。身体に負担のかからないようならと賛成した。
ただ、ここ2週間ほど、朝、元気がないと言うか体調がすぐれないようだ。少し食欲がないと言っていた。心配になって病院で見てもらうことを勧めた。1か月前の半年に1回の定期検診も異常がなかったので、もう少し様子を見てからと言っていた。
今日は少し遅くなったが、8時過ぎには帰ることができた。ドアを開けると、菜々恵が跳んできて、すぐにでも話がしたそうだった。悪い話ではなさそうだ。
「どうしたの? 何か良いことでもあった?」
「赤ちゃんを授かりました。妊娠3か月だそうです」
「ええ、体調が優れないと言っていたけど、それが原因?」
「ここ2回ほど生理がなかったので、でもこういうことは以前にも時々あったので、様子を見ていました。もしやと思って、今日勤めている病院で見てもらいました。それで妊娠が分かりました」
「よかったじゃないか。菜々恵は諦めていたみたいだから」
「生んでもいいですか?」
「もちろん、反対の理由なんかないけど」
「体力が持つか心配なので、先生にがんの履歴を相談しました。先生から身体への負担が大きいからご主人と相談するように言われました」
「素直に言えばせっかくできた二人の赤ちゃんだから生んでほしい。でも菜々恵に万一のことがある可能性も否定できないのなら、無理に生むことはない。菜々恵、君が一番大事だ。だから、君次第だ」
「帰ってからずっと考えていました。もし私に万一のことがあったら、この子はどうなるんだろうって」
「もし、菜々恵に万一のことがあって僕一人になっても、君の忘れ形見を立派に育てて見せるから、そんなこと気にかけないで生んでくれればいい」
「私も生みたい。頑張ります」
僕は折角勤め始めたけれど負担になるといけないので、病院を退職することを勧めた。菜々恵はそれに従った。
結婚してから菜々恵は生理もほぼ規則通りにあった。僕たちはずっと避妊していなかったが、妊娠はしなかった。
僕たちは子供をあきらめかけていた。二人の無事な生活が続くとつい欲が出てくる。二人で散歩中に菜々恵は幼児をつれた夫婦を羨ましそうに見ていた。僕は何も話しかけられなかった。
今、ソファーに座っている菜々恵は満ち足りた表情を見せている。僕と愛し合った後の顔とは違った別の顔だ。初めて見る菜々恵の幸せに満ちた顔だった。本当によかった。これからが大切だ。
◆ ◆ ◆
出産が近づいた妊娠後期だったと思う。僕が帰宅すると、定期健診に行ってきたが赤ちゃんが逆子であることが分かったという。それで自然分娩は危険なので帝王切開を勧められたという。
逆子であることは前から分かっていたけど、治ることもあるので、様子を見ていたという。僕は菜々恵と赤ちゃんにリスクのあることは避けた方がよいと帝王切開に賛成した。
菜々恵は予定日に帝王切開で可愛い女の子を生んだ。体重3200gの小さな命だった。帝王切開だったので菜々恵は憔悴することもなく出産を終えることができた。菜々恵の誇らしげな嬉しそうな笑顔が忘れられない。女の子なので沙織と命名した。
◆ ◆ ◆
菜々恵親子は退院すると実家へ戻って母親の世話になることにした。経験豊富な母親がそばにいると安心なのだろう。僕も育児休暇を申請して、実家に泊まり込んだ。
ただ、母親も働いており、長くは厄介になるわけにはいかないので、1か月後にはマンションに戻って来た。
僕は寝室のセミダブルのベッドを廃棄して、布団を二組買った。この方が二人で赤ちゃんの世話がしやすいと菜々恵に相談してそうした。
夜中に、沙織がピーと泣くと僕が起きておむつを替えてミルクを作って飲ませる。菜々恵は昼間、沙織の世話で疲れているので、夜間は僕が引き受けてゆっくり寝かせている。大体4時間ごとに起きるけど慣れてきた。菜々恵の負担を最小限にしてやりたいのでそうしている。
僕のために菜々恵が命懸けで生んでくれた沙織は可愛い。何ら負担は感じていない。むしろ、楽しくて嬉しくてしようがない。この日々を大切にしたいと思う。
◆ ◆ ◆
暖かい日差しの中、僕は近くの公園の芝生に座っている。2歳になる沙織が菜々恵に手を引かれて歩いている。もうしっかり歩けるようになった。春の日を浴びた二人がとても眩しく見える。このまま3人の平穏な日々が続くことを祈るばかりだ。
これで二度の別離を乗り越えてお見合い結婚した二人のお話はおしまいです。めでたし、めでたし。