今日は2か月に一度の検診の日だ。5年前に菜々恵とここで会った。あの日も今日のように蒸し暑い日だった。
ここへ来るたびに菜々恵のことを思い出していた。今も心の中に彼女のことが残っている。元気で暮らしているのだろうか? 同級生からも菜々恵が入院したとかのうわさは聞いていない。
お別れのメールをもらった翌日、携帯にもう一度電話してみたが、電源が切られているか電波の届かないところとの音声が聞こえるだけだった。何日かすると、今はもう使われていないというメッセージに変わった。
残してあった同窓会案内の返信の住所を訪ねてみた。母親には会えたが行方が分からなくなって心配していると言っていた。菜々恵は本当に僕からの連絡を絶ちたいのだと思った。それで探すのを止めた。
あれからずっと特定の女性とは付き合っていない。マンションと会社を往復する仕事中心の生活が続いている。僕の検診結果もここのところずっと異常なしだ。
もう35歳になっていた。3年前に内部異動があって、商品開発部のチームリーダーになった。部下もいる。同期の連中はもう半数以上が身を固めている。両親からもこのままでは嫁の来手がなくなるから早く身を固めるように言われている。
そろそろ年貢の納め時かもしれない。ただ、菜々恵とのあの鮮烈な2日間の記憶は今もはっきりと残っている。
そんなことを考えていたら、前にいた商品企画部の部長だった松本さんから内線電話が入った。
「仕事もはかどっているみたいだな。ちょっと相談があるから、昼休みにでも私の席まで来てくれないか?」
「仕事の話ですか?」
「いやプライベートな話だけど、聞くだけでも聞いてくれないか?」
松本部長には部下の時に大変お世話になった。僕を育ててくれて今の商品開発部のリーダーにも推薦してくれた恩人だ。仕事のやり方や回し方も洗練されていて学ぶべきことが多かった。尊敬もしている。今は人事部長を務めている。
プライベートな話だというけれど、何も聞かないで断るわけにもいかない。昼食を済ませたら寄らせていただくと返答した。
食事を済ませてから、松本部長の席に行くと、すぐに席を立って、会議室に招き入れられた。人に聞かれてはまずいことか?
「井上君、君、まだ独身だったね」
「はい」
「付き合っている人はいるのか? いればそれで良いが、いないのだったら、お見合いしてみる気はないか?」
「付き合っている人はいませんが、お見合いですか?」
「もう35歳だろう。そろそろ身を固めてもいいんじゃないか? ただ、無理強いはしない。私の紹介では断りにくいと思うかもしれないが、結婚はご縁だと思っている。相性もあるし、好みもある。断っても全く構わない。気にしないから、余計なことは考えなくても良いから」
「はあ」
「実は家内から適齢の良い人がいないか相談を受けているんだ。家内が入院していた時に随分世話になったという女性で、良い人だから是非結婚相手を見つけてあげたいと言っている」
部長の奥さんは昨年乳がんが見つかって入院して手術をしたと聞いていた。今は自宅療養しているが、年に何回かは病院で検査を受けているそうだ。
「家内が入院中に気落ちしていたところ、励ましてくれた栄養士さんだそうだ。その人も5年前にがんにかかったが、手術して今はすっかり治ったので大丈夫と励ましてくれたそうだ。今でも病院に行ったときにいろいろと相談しているみたいだ」
「その栄養士さんがお見合いの相手ですか?」
「その栄養士さんは再発のリスクがゼロではないし、抗がん剤の副作用で子供ができないかもしれないので、結婚は考えていないと固辞したそうだ。家内がもう手術して5年も経っているし、嘘を言って私を励ましていたのと言ったら、しぶしぶ履歴書を書いてくれたそうだ。写真は携帯でその時撮ったと言っていた」
僕は菜々恵のことを思った。菜々恵であるはずがないが、でもひょっとしたら菜々恵かもしれない。彼女ならきっと今そうやって働いているに違いない。
もしそうだとすると、これは奇妙なご縁としか言いようがない。いずれにせよ僕はそういう女性に会ってみたくなった。
「私にもそういう友人がいました。5年前にがんの手術をしたと聞いていますが、今はどうしているか所在が分からないのですが、是非その方に会ってみたいです」
「じゃあ、家内に履歴書と写真をもらってこよう。明日にでも持ってこられると思う」
「分かりました。お願いします」
ここへ来るたびに菜々恵のことを思い出していた。今も心の中に彼女のことが残っている。元気で暮らしているのだろうか? 同級生からも菜々恵が入院したとかのうわさは聞いていない。
お別れのメールをもらった翌日、携帯にもう一度電話してみたが、電源が切られているか電波の届かないところとの音声が聞こえるだけだった。何日かすると、今はもう使われていないというメッセージに変わった。
残してあった同窓会案内の返信の住所を訪ねてみた。母親には会えたが行方が分からなくなって心配していると言っていた。菜々恵は本当に僕からの連絡を絶ちたいのだと思った。それで探すのを止めた。
あれからずっと特定の女性とは付き合っていない。マンションと会社を往復する仕事中心の生活が続いている。僕の検診結果もここのところずっと異常なしだ。
もう35歳になっていた。3年前に内部異動があって、商品開発部のチームリーダーになった。部下もいる。同期の連中はもう半数以上が身を固めている。両親からもこのままでは嫁の来手がなくなるから早く身を固めるように言われている。
そろそろ年貢の納め時かもしれない。ただ、菜々恵とのあの鮮烈な2日間の記憶は今もはっきりと残っている。
そんなことを考えていたら、前にいた商品企画部の部長だった松本さんから内線電話が入った。
「仕事もはかどっているみたいだな。ちょっと相談があるから、昼休みにでも私の席まで来てくれないか?」
「仕事の話ですか?」
「いやプライベートな話だけど、聞くだけでも聞いてくれないか?」
松本部長には部下の時に大変お世話になった。僕を育ててくれて今の商品開発部のリーダーにも推薦してくれた恩人だ。仕事のやり方や回し方も洗練されていて学ぶべきことが多かった。尊敬もしている。今は人事部長を務めている。
プライベートな話だというけれど、何も聞かないで断るわけにもいかない。昼食を済ませたら寄らせていただくと返答した。
食事を済ませてから、松本部長の席に行くと、すぐに席を立って、会議室に招き入れられた。人に聞かれてはまずいことか?
「井上君、君、まだ独身だったね」
「はい」
「付き合っている人はいるのか? いればそれで良いが、いないのだったら、お見合いしてみる気はないか?」
「付き合っている人はいませんが、お見合いですか?」
「もう35歳だろう。そろそろ身を固めてもいいんじゃないか? ただ、無理強いはしない。私の紹介では断りにくいと思うかもしれないが、結婚はご縁だと思っている。相性もあるし、好みもある。断っても全く構わない。気にしないから、余計なことは考えなくても良いから」
「はあ」
「実は家内から適齢の良い人がいないか相談を受けているんだ。家内が入院していた時に随分世話になったという女性で、良い人だから是非結婚相手を見つけてあげたいと言っている」
部長の奥さんは昨年乳がんが見つかって入院して手術をしたと聞いていた。今は自宅療養しているが、年に何回かは病院で検査を受けているそうだ。
「家内が入院中に気落ちしていたところ、励ましてくれた栄養士さんだそうだ。その人も5年前にがんにかかったが、手術して今はすっかり治ったので大丈夫と励ましてくれたそうだ。今でも病院に行ったときにいろいろと相談しているみたいだ」
「その栄養士さんがお見合いの相手ですか?」
「その栄養士さんは再発のリスクがゼロではないし、抗がん剤の副作用で子供ができないかもしれないので、結婚は考えていないと固辞したそうだ。家内がもう手術して5年も経っているし、嘘を言って私を励ましていたのと言ったら、しぶしぶ履歴書を書いてくれたそうだ。写真は携帯でその時撮ったと言っていた」
僕は菜々恵のことを思った。菜々恵であるはずがないが、でもひょっとしたら菜々恵かもしれない。彼女ならきっと今そうやって働いているに違いない。
もしそうだとすると、これは奇妙なご縁としか言いようがない。いずれにせよ僕はそういう女性に会ってみたくなった。
「私にもそういう友人がいました。5年前にがんの手術をしたと聞いていますが、今はどうしているか所在が分からないのですが、是非その方に会ってみたいです」
「じゃあ、家内に履歴書と写真をもらってこよう。明日にでも持ってこられると思う」
「分かりました。お願いします」