3人でのミニ同窓会をした次の日、僕は帰ってお風呂に入ってからリビングのソファーに座ってウイスキーの水割りを飲みながらテレビを見ていた。食事は駅前の回転寿司で済ませていた。ここのところ、気に入って週に3回は利用している。
ドアのチャイムが鳴った。来客ならドアホンにマンションのエントランスの映像が映るはずだが、チャイムが鳴るだけだった。部屋の玄関前に誰かいるのかと思ってドアの覗き窓から外を見ると女性が立っていた。
「どなたですか?」
「田村です」
「田村?」
「田村紗奈恵です」
「池内さんか」
田村と言われても誰だか分からなかった。すぐにドアを開けた。そこには紗奈恵が立っていた。急いで出てきたようで身なりも部屋着というか、自宅にいるような服装だった。
「市瀬君、どうかしばらくかくまってください。お願いします」
「分かった。中に入って」
僕はドアの外に顔を出して様子を伺ったが、ほかには誰もいなかった。すぐにドアを閉めて紗奈恵をリビングに案内してソファーに座ってもらった。手に青あざがあるのに気が付いた。彼女は黙って座っている。
僕はコーヒーメーカーでコーヒーを入れた。その間も紗奈恵は黙ってうつむいて座っていた。コーヒーを前の座卓に置いた。
「コーヒーでも飲んで落ち着いて。困ったことがあるのなら相談に乗るけど」
「ありがとう。かくまってくれて助かったわ」
「このまま、今晩はここに置いてもらえますか? このソファーでいいですから」
「かまわないけど、どうしたの?」
「明日、実家へ帰ります。それから必ず返しますから、交通費を貸してください。それから電話も」
「いいよ。何にも持ってこられなかったんだね。よっぽどのことだね。それくらいのこと、もちろんいいよ。遠慮しなくていいから」
「ありがとう」
無理にこの状況を聞くことはやめておいた。大体想像がつく。紗奈恵が話し出した。
「夫に浮気を疑われました」
「ええ」
「昨日、3人で駅前の串焼き屋さんで飲んだでしょう。それをあの人が知っていました」
「どうしてそんなことを知っているんだ」
「私のスマホに位置情報のアプリを入れてあるそうです。それでどこにいるか分かると言っていました」
「ああ、聞いたことがある」
「ご主人がそれを君のスマホに仕込んでいた?」
「出張中も私を監視していたみたいです。位置情報から居場所が分かるので、今日帰りに寄ったそうです。あそこは一人で行くようなところではない。男と行ったのだと言い張っていました」
「疑り深い人だね」
「それでスマホを取り上げられて通話歴も調べられました」
「僕との通話歴もあったはずだけど」
「相手を聞かれましたが、中学校の時の同窓生だと答えました。あなたの名前を憶えていたのか、それが気に入らなかったみたいで」
「それで、暴力をふるったのか」
「ええ、このごろはしょっちゅうあることです。顔は目立つので、手足を蹴ったり殴ったりします」
「異常だな、それは」
「もう、別れようと思っています」
「ううーん、困ったね」
「自分の部屋に戻って必要なものを持ってこられればいいのですが、やめておきます。着の身着のままで出てきたので、私が戻ってくると思って部屋で待っていると思います」
「このまま実家へ帰る気なの?」
「前にも家出して病院の同僚の部屋に居たことがありましたが、どういう訳か私の居場所が分かって、連れ戻されました」
「位置情報アプリだね、きっと」
「ようやくその理由が分かりました。だからスマホも何もかも置いてきました」
「ここにいてもいずれは探してここまで来ると思います。そういう人です。だから明日すぐに実家へ帰ります」
「実家にも来るかもしれないよ」
「両親と居場所は相談します」
「分かった。帰省するのに協力しよう。明日、特急に乗るところまで見届けてあげる。どこで見られているか分からないから注意しよう。それにもし見つかっても連れ戻されないようにかばってあげよう」
「お願いします」
「いつ、ここを出る?」
「早朝がいいと思います。彼は私が帰ってくると思って今日は遅くまで起きていると思いますが、早朝にはきっと寝ているはずです」
「それじゃあ、始発に間に合うようにここを出よう。僕は少し離れて付いていくから」
「ありがとう」
「それじゃあ、明日は早いから、もう寝よう。僕のベッドを使ってくれ。僕はソファーで寝るから」
「いえ、私がソファーで寝ます。そうさせてください」
「分かった。毛布を持ってきてあげよう」
早朝に出かけることにしたので、紗奈恵はすぐにソファーに横になった。僕は部屋に入ってベッドで横になったが、なかなか寝付けなかった。
◆◆◆
物音で目が覚めた。4時半だった。まだ外は真っ暗だ。出て行くと紗奈恵が洗面所で顔を洗っていた。
すぐに二人は身繕いをしてマンションを出た。紗奈恵が寒そうなのでジャンパーを貸してあげた。それに手持ちの小さな財布にお金を5万円入れて渡しておいた。
速足で紗奈恵は駅へ急いだ。僕は目立たないように20mほど遅れて後に付いて行った。誰かが後を追ってくる気配はなかった。
すぐに電車が来たので、京都駅まで二人で乗った。高槻駅には長くいたくなかったようで、京都駅で降りて実家までの特急券と乗車券を買っていた。紗奈恵が始発の特急に乗って京都を離れるのを見届けるとほっとした。
紗奈恵も幸せな結婚生活を送っていなかったようだ。もし僕と結婚していたらどうだっただろう。
ドアのチャイムが鳴った。来客ならドアホンにマンションのエントランスの映像が映るはずだが、チャイムが鳴るだけだった。部屋の玄関前に誰かいるのかと思ってドアの覗き窓から外を見ると女性が立っていた。
「どなたですか?」
「田村です」
「田村?」
「田村紗奈恵です」
「池内さんか」
田村と言われても誰だか分からなかった。すぐにドアを開けた。そこには紗奈恵が立っていた。急いで出てきたようで身なりも部屋着というか、自宅にいるような服装だった。
「市瀬君、どうかしばらくかくまってください。お願いします」
「分かった。中に入って」
僕はドアの外に顔を出して様子を伺ったが、ほかには誰もいなかった。すぐにドアを閉めて紗奈恵をリビングに案内してソファーに座ってもらった。手に青あざがあるのに気が付いた。彼女は黙って座っている。
僕はコーヒーメーカーでコーヒーを入れた。その間も紗奈恵は黙ってうつむいて座っていた。コーヒーを前の座卓に置いた。
「コーヒーでも飲んで落ち着いて。困ったことがあるのなら相談に乗るけど」
「ありがとう。かくまってくれて助かったわ」
「このまま、今晩はここに置いてもらえますか? このソファーでいいですから」
「かまわないけど、どうしたの?」
「明日、実家へ帰ります。それから必ず返しますから、交通費を貸してください。それから電話も」
「いいよ。何にも持ってこられなかったんだね。よっぽどのことだね。それくらいのこと、もちろんいいよ。遠慮しなくていいから」
「ありがとう」
無理にこの状況を聞くことはやめておいた。大体想像がつく。紗奈恵が話し出した。
「夫に浮気を疑われました」
「ええ」
「昨日、3人で駅前の串焼き屋さんで飲んだでしょう。それをあの人が知っていました」
「どうしてそんなことを知っているんだ」
「私のスマホに位置情報のアプリを入れてあるそうです。それでどこにいるか分かると言っていました」
「ああ、聞いたことがある」
「ご主人がそれを君のスマホに仕込んでいた?」
「出張中も私を監視していたみたいです。位置情報から居場所が分かるので、今日帰りに寄ったそうです。あそこは一人で行くようなところではない。男と行ったのだと言い張っていました」
「疑り深い人だね」
「それでスマホを取り上げられて通話歴も調べられました」
「僕との通話歴もあったはずだけど」
「相手を聞かれましたが、中学校の時の同窓生だと答えました。あなたの名前を憶えていたのか、それが気に入らなかったみたいで」
「それで、暴力をふるったのか」
「ええ、このごろはしょっちゅうあることです。顔は目立つので、手足を蹴ったり殴ったりします」
「異常だな、それは」
「もう、別れようと思っています」
「ううーん、困ったね」
「自分の部屋に戻って必要なものを持ってこられればいいのですが、やめておきます。着の身着のままで出てきたので、私が戻ってくると思って部屋で待っていると思います」
「このまま実家へ帰る気なの?」
「前にも家出して病院の同僚の部屋に居たことがありましたが、どういう訳か私の居場所が分かって、連れ戻されました」
「位置情報アプリだね、きっと」
「ようやくその理由が分かりました。だからスマホも何もかも置いてきました」
「ここにいてもいずれは探してここまで来ると思います。そういう人です。だから明日すぐに実家へ帰ります」
「実家にも来るかもしれないよ」
「両親と居場所は相談します」
「分かった。帰省するのに協力しよう。明日、特急に乗るところまで見届けてあげる。どこで見られているか分からないから注意しよう。それにもし見つかっても連れ戻されないようにかばってあげよう」
「お願いします」
「いつ、ここを出る?」
「早朝がいいと思います。彼は私が帰ってくると思って今日は遅くまで起きていると思いますが、早朝にはきっと寝ているはずです」
「それじゃあ、始発に間に合うようにここを出よう。僕は少し離れて付いていくから」
「ありがとう」
「それじゃあ、明日は早いから、もう寝よう。僕のベッドを使ってくれ。僕はソファーで寝るから」
「いえ、私がソファーで寝ます。そうさせてください」
「分かった。毛布を持ってきてあげよう」
早朝に出かけることにしたので、紗奈恵はすぐにソファーに横になった。僕は部屋に入ってベッドで横になったが、なかなか寝付けなかった。
◆◆◆
物音で目が覚めた。4時半だった。まだ外は真っ暗だ。出て行くと紗奈恵が洗面所で顔を洗っていた。
すぐに二人は身繕いをしてマンションを出た。紗奈恵が寒そうなのでジャンパーを貸してあげた。それに手持ちの小さな財布にお金を5万円入れて渡しておいた。
速足で紗奈恵は駅へ急いだ。僕は目立たないように20mほど遅れて後に付いて行った。誰かが後を追ってくる気配はなかった。
すぐに電車が来たので、京都駅まで二人で乗った。高槻駅には長くいたくなかったようで、京都駅で降りて実家までの特急券と乗車券を買っていた。紗奈恵が始発の特急に乗って京都を離れるのを見届けるとほっとした。
紗奈恵も幸せな結婚生活を送っていなかったようだ。もし僕と結婚していたらどうだっただろう。