美味しい食事だった。お昼の会食も美味しそうな料理が出ていたが、十分に味わっていなかった。そう言うと紗奈恵も私もですと言った。

お酒はほどほどにした。紗奈恵がビールを注いでくれる。美味しいお酒を思う存分に飲みたかったが、大切な後があるので控えめにした。これくらいにしておくと緊張がほぐれてちょうどいい。紗奈恵もビールをコップに2杯くらいは飲んでいた。頬に赤みが差している。

ほどよいころに仲居さんが料理を引きあげていく。それから布団を敷いてくれる。二人は窓際のソファーに座ってそれを見ていた。僕は紗奈恵の手を握っている。

仲居さんが「ごゆっくり」と言って出て行った。二人になるとなんとなく緊張する。シャワーを浴びてくると言って僕は部屋の浴室に入った。熱めのシャワーが気持ちいい。僕が出て行くと代わりに紗奈恵が入っていった。

僕はソファーで水のボトルを手に持って喉を潤している。紗奈恵が上がってきて、僕の隣に座った。そして「よろしくお願いします」と頭を下げた。「こちらこそよろしくお願いします」と言い返すと、水のボトルを手渡した。

紗奈恵はそれをすぐに一口飲んだ。そしてニコッと笑った。今までに見せたことのない笑顔だった。抱き締めずにはいられなかった。固くしている身体を抱き上げて布団に運んで横たえた。

「避妊しようか?」耳元で囁くと、首を振ったと思うと僕に抱きついてきた。僕は今までの思いを紗奈恵にぶつけた。

薄明りの中で紗奈恵は僕のなすがままになっている。紗奈恵の身体はあの美香と同じだった。大きな乳房に大きな乳輪、くびれたウエスト、大きなお尻、顔が似ていると身体も似ている。

それから身体全体が敏感で何度も何度も昇りつめた。美香と同じだった。だから僕にはそれを楽しむゆとりがあった。違うことがひとつだけあった。紗奈恵はとても恥ずかしがった。

「みだらな女でしょう。恥ずかしい」

「いや、敏感なだけだから」

紗奈恵はどう思ったか分からない。そして二人は同時に昇りつめて果てた。僕は美香と同時に昇りつめて果てることには慣れていた。紗奈恵とも同じようにそれができた。ただ、紗奈恵には少し後ろめたいような複雑な思いだ。

僕は紗奈恵の亡くなった夫があれほど彼女に執着した理由が分かったような気がした。僕も絶対にもう紗奈恵を手放したくないと思った。亡くなった紗奈恵の夫のように彼女に執着する気がした。ひょっとすると紗奈恵は自分でも言ったように魔性の女なのかもしれない。

心地よい疲労の中で僕は紗奈恵を腕の中に抱き締めている。紗奈恵も手だけが生きているように僕にしがみついている。

「ずっと、一緒にいたい」

「ああ、もう離さない」

紗奈恵の手に力が入る。その力が抜けていったと思ったら僕も眠ってしまった。

◆ ◆ ◆
朝、紗奈恵が布団から出て行くのに気づいて目が覚めた。浴室に入って行った。もうすっかり明るくなっていた。朝風呂もいいかなと僕も後を追って浴室へ入った。

「おはよう。一緒に入っていい?」

外を見ながら身体を洗っている紗奈恵は驚いて振り向いた。

「いいって、もう入っているでしょう」

笑って言った。僕は浴槽からお湯を汲んで身体にかけてそのまま浸かった。部屋には温泉かけ流しの小さなお風呂がついていた。窓の外には冬の山並みが近くに見える。春には桜が咲き、新緑も美しいと言う。

身体を洗い終わった紗奈恵が湯船に入ってきた。近くで見る裸身は締まっていて美しい。

「昨晩はありがとう」

「こちらこそ、何もかも忘れられました」

「避妊しなくてよかったのか?」

「できにくい体質だと思います。それに授かりものですから」

「そうか、僕もそうかもしれない。分かった。そうしよう」

子供ができると絆がもっと強くなる。僕も紗奈恵にもそれがなかった。作られるものならすぐにでも作りたい。僕は別れてしまうことを恐れている。紗奈恵もそうかもしれない。

「明るくなるまで目が覚めなかった。明け方にもう一度、君を可愛がってあげたかった」

「昨晩、十分可愛がっていただきました。それでぐっすり眠れました」

「僕もぐっすり眠った」

「今日は東京まで行かなければなりませんから、そうゆっくり入っていられないと思いますが」

「休暇を取ってもう1日ここにいるんだった」

「私は早く二人の生活を始めたいです」

「それはそうだけど」

「さあ、上がりましょう」

上がって、身体を拭きあってから、二人はすぐに帰り支度を始めた。浴衣から服に着替えた。時計は8時を過ぎていた。それから食堂へ行って朝食を食べた。

9時30分に駅行きの送迎バスが出るので、それに乗ることにしてあった。10時56分発の「はくたか」に乗車すると13時52分に東京着、午後3時ごろにはマンションへ着ける。

駅では昼食用と夕食用のお弁当を買った。これで自宅に二人が着いてからゆっくりできる。駅に紗奈恵の両親が見送りに来てくれていた。娘のことが気になって仕方がなかったのだろう。僕にどうか娘のことをよろしくと何度も頭を下げていた。紗奈恵は「しばらくは帰らないから」と言っていた。

実家へ戻って4年ほど過ごして、このままずっと両親と一緒にいようと思っていたのだと思う。僕とこういうことになってまた実家を離れることになった。「しばらくは帰らないから」は紗奈恵の両親への思いと帰らないという決意が現れていた。

新幹線が動き出した。両親の顔が見えなくなると寂しそうな表情が見て取れた。僕は紗奈恵の手をしっかりと握っている。

「向こうに着いたら、慣れるまでしばらくはゆっくりして」

「そう言っていただけると気が楽です。でも落ち着いたら仕事を探します」

「管理栄養士の資格を持っていたんだよね。すぐに見つかると思うけど」

「帰りが遅くならないようなところを探そうと思います。二人の時間を大切にしたいから」

「僕に気兼ねはいらないから、僕もそんなに早くは帰れないから」

「そうさせてください」

「君にまかせる。そう言ってくれて嬉しい」

「僕も二人の時間を大切にしたいと思っているから」

紗奈恵は嬉しそうに僕の腕をしっかり抱きかかえた。

二人がもたれ掛かって居眠りをしているとすぐに東京駅に到着した。東京へ戻ってきた。これから二人の生活が始まる。