紗奈恵が実家へ帰ってから半年が経過していた。僕は突然海外赴任を命ぜられた。ここへきて1年が経っていた。勤務地は会社の事務所があるニューヨークだった。

茨木研究所で発見した新物質が医薬品になりそうなので、米国のベンチャー企業と共同研究開発を始めることになった。現地の提携会社と茨木研究所の研究開発の橋渡しをするのが僕の役目だった。独身で身軽な僕に白羽の矢が立った。

それまで、紗奈恵には月に1回は電話をかけて近況を聞いていた。もうこのころになると電話で自然に話ができるようになっていた。紗奈恵が電話を避ける様子もなく、どちらかというと楽しみにしているようで、向こうから最近あった出来事や同級生の近況を話してくれるようになっていた。絆は繋がっていた。

僕がニューヨーク行きの話しをすると栄転だと言って喜んでくれた。そして電話代がかかるからもう電話をしなくていいからと言った。僕はスカイプを使えば料金はかからないから適当な時間に連絡すると言っておいた。やはり、紗奈恵は良いとも悪いとも言わなかった。ただ、スマホのメルアドを確認すると応じてくれた。

◆◆◆
月1で通っていた美香のところへ赴任の前に訪れた。美香との最後になるかもしれない逢瀬に悔いが残らないようにいつもよりも丁寧に可愛がった。美香はそれを感じてか、何度も何度も上り詰めた。

終わってからもこれが最後かと思うと、これまでのことを思い出して、美香を抱きしめて横になっていた。こんなに彼女が愛おしいと思ったのは初めてだった。

「ここへくるのは今日が最後になると思う。海外へ赴任が決まった。来週、出発する。当分の間、帰国はできないと思う」

「急な話ですね。赴任先はどこですか?」

「ニューヨークだ。2年は帰ってこられないだろう」

「いいですね。私はまだ海外旅行に行ったことがありません」

「僕もハワイに一度行ったことがある程度だ。仕事で行くのと観光で行くのとは違うよ」

「私も来月でここを辞めて郷里に帰ることにしました。親が帰って結婚しろというものですから。こんなこといつまでもできませんし、そろそろ足を洗おうかとも思っていましたのでそうすることにしました」

「そうか、幸せになってくれ。君には随分、癒してもらった。美香、君は初恋の人にウリ二つなんだ。それを言うと気を悪くすると思ったから言わなかった」

「前にも初恋の人に似ているとおっしゃっていましたが、そうなんですか。瓜二つ。お優しいんですね。そんなこと気にしていられません。仕事ですから」

「仕事ね」

「でも今日も嬉しかったです。終わった後もこうして抱き締めてくれていますね。初めからそうでしたね。あなただけでした。こうしてくれたのは」

「いつも短い時間だから愛しくなって」

「抱いた後でどうしてくれるかで、その人の気持ちが分かります。私の死んだ元カレは愛し合った後はいつもこうして抱き締めていてくれました」

「そうなんだ」

「私もこれで思い残すことなく、郷里に帰ることができます。ありがとうございました」

美香に最後の別れができて本当に良かった。彼女には幸せになってもらいたい。でも彼女が言った『抱いた後でどうしてくれるかで、その人の気持ちが分かります』は身につまされた。

あれだけ僕を癒してくれたのに僕は彼女を紗奈恵の代わりと思って割り切って抱いていた。でも彼女はそれを喜んでくれていた。ここでの触れ合いはお金だけじゃないことがよく分かった。僕と智恵は愛し合った後にどうしていただろう。もう思い出せない。