—1—
地球に降り立ってから1週間。
私とバベルは内閣総理大臣官邸に来ていた。
「リヴ様、完全部外者の我々が総理と直接会って話がしたいと言ったところで相手にされないのがオチかと。その証拠に警備員が要件を伝えに行ってから20分経ってます」
「その時はその時。正攻法がダメなら時間を止めて中に入ればいいよ」
「それはちょっと強引じゃないですか?」
「遅かれ早かれこの国のトップとは話さないといけない。だったら早いに越したことはないでしょ? こういうのは強引くらいがちょうどいいの」
官邸前でバベルとそんな会話をしていると、ようやく警備員が戻ってきた。
「大変お待たせ致しました。中で総理がお待ちです」
警備員に案内され官邸の中へ。
子供の悪戯だと追い返されることも視野に入れていたが、こうもあっさりと受け入れてもらえるとは。
この国のトップは心が広いのかもしれない。それか危機管理能力が低いか。
「失礼します」
ノックをして扉を開けると中年の男が机に腰を掛けて書類に目を通していた。
「初めまして。神代です。一応日本という国を治めさせてもらってます」
神代は書類を机に置き、私とバベルを値踏みするようにねっとりとした視線を向けてきた。
その視線に怯まず、私は一歩前に出た。
「ニンファー星第27代国王リヴとその護衛の」
「バベルです」
私の背後に控えたバベルが頭を下げた。
「立ち話もあれですし、どうぞお掛けになって下さい」
「ありがとうございます」
見るからに高級そうな革張りのソファーに身を預けた。
うん、ふかふかだ。
「随分とお若いんですね」
「今年で18になりました」
「そうですか。それはそれは。いや、実は私にもリヴさんと同い年の娘がいましてね。娘の歳で王様だなんて考えられませんね」
机に用意されていたコーヒーに口をつける神代。
様々な人間の接待をしてきた経験からなのか話しやすい空気を作るのが上手い。
だが、私は相手のペースに乗らない。
今日は交渉をする為に足を運んだのだから。
「私が別の星からやって来たことを疑わないのですね」
「正直に言えば悪戯という線も考えましたよ。ですが、リヴさんの目を見れば嘘を言っていないということは分かります。こう見えても人を見抜く力はあるんですよ」
神代は冗談っぽく言って笑ってみせた。
「さて、お互い探り合いは止めにしますか。今日はどのような御用件で?」
「それを話す前に私達がこの国にやって来るまでの経緯を説明したいのですがよろしいですか?」
私はニンファー星に隕石が衝突したことと星の民を地球に移住させたことを詳細に話した。
神代は時折驚いた表情を見せたが、適度に相槌を打ちながら落ち着いて話を最後まで聞いてくれた。
「話は大体分かりました。それで私に何をして欲しいのですか?」
「ニンファー星の民がこの国に住む許可を正式に頂きたいのですが」
私の目的はこれだ。
今は地球の生き物に変身して密かに適応しようとしているけれど、将来的には元の人間の姿で不自由無く生活させてあげたいという思いがある。
それと別の星からやって来たということが何らかの形でバレた時に差別的扱いを受ける可能性もある。
それらを防ぐ為にも国のトップから正式に許可を貰う必要があると考えたのだ。
「正式にですか。難しいですね。というのもそれを認めてしまったら他国からの反発は避けられないでしょう。何かそれを跳ね返すだけのメリットを提示して頂けるなら話は別ですが」
「自殺者の防止。これでどうでしょう?」
日本に来て1週間。
私もただフラフラしていた訳ではない。
お願いをする時は必ずと言っていいほど交換条件を求められる。
だから私とバベルは調べ上げた。
現在、日本で問題視されているのが自殺問題だ。
年間で2〜3万人が自ら命を絶っている。
私の能力は強いマイナスな感情を抱いている人間の声を聞くことができ、場所を特定することができる。
バベルの瞬間移動の能力と合わせれば自殺を未然に防ぐことも難しくはない。
「自殺防止対策はすでに我が国にも導入されています」
しかし、これといった成果は出ていない。
「神代さん、すみません。先程手にされていた資料が目に入ってしまったのですが、自殺禁止区域を立ち上げられるのですか?」
この部屋に入った時、神代が手にしていた資料の一部が目に入った。
その瞬間からこの流れに持っていくイメージが私の中で固まっていた。
「ええ、自殺者数2位の神奈川県を自殺禁止区域として指定する案が出ています」
「でしたら私がその自殺禁止区域の自殺者を1年間0にしてみせます。これでどうでしょうか?」
神代が初めて真剣な表情を見せるとゆっくりと机の上で手を組んだ。
「2年。2年間自殺者を0に抑えることができたらリヴさんのお願いを飲みましょう」
「分かりました。これからよろしくお願いします」
私と神代はガッチリと握手を交わした。
これが私と神代が裏で行った取引だった。
—2—
「ねえ直斗、もうあれから1ヶ月が経つんだね」
「そうだな。あっという間だったな」
店内に広がるコーヒーの香り。
オレと愛梨沙は喫茶店に来ていた。
1ヶ月もあれば生活は大きく変わるもので愛梨沙は大学を辞めた。
今はこの喫茶店でアルバイトをしながら自分のやりたいことを探している。
一方のオレはというと、あの日リヴから全てを聞いた上で2人の手伝いをすることに決めた。
自殺志願者の気持ちは自殺経験者にしか分からない。
ある意味オレより適任者はいないだろう。
2回も死んだことのある人間なんてどこを探してもいないはずだからな。
人は何の為に生きているのだろう。
『子孫を繁栄させる為に』なんて言葉を聞いたことがあるが、オレはその言葉にピンと来なかった。
オレがいなくなった後の世界のことなんてどうでもいい。
そりゃ自分のことを誰かに忘れられたら寂しいし、悲しいと思うけど。だからと言ってオレ自身がどうこうできる訳でもない。
愛梨沙と向き合って、リヴとバベルと関わるようになって何となくその答えが分かった気がする。
人は何の為に生きているのか。
それは守りたいモノ、譲れないモノを守る為に生きているのではないだろうか。
ここ数ヶ月でオレにも守りたいモノができた。
愛梨沙、リヴ、バベル。
かけがえのない仲間の為に今日も1日生きていく。
ふと窓越しに空を見上げると端から端まで飛行機雲が立っていた。
明日は雨が降りそうだ。
「やっぱりここにいた!」
店内の涼しげなBGMを遮る騒がしい少女の声。
白髪の少女はオレと愛梨沙が座る席まで駆け足で来ると、有無を言わせぬ勢いでオレの腕を引っ張った。
「新しい声が聞こえたから一緒に来て。バベル、飛ぶよ!」
「はい、リヴ様」
バベルがオレとリヴの手を握る。
「直斗、行ってらっしゃい」
すっかりこのやり取りにも慣れたのか愛梨沙が笑顔で手を振る。
さらばオレの平凡の日常。ようこそ慌ただしい毎日。
「行ってきます!」
自殺禁止区域、完結。
地球に降り立ってから1週間。
私とバベルは内閣総理大臣官邸に来ていた。
「リヴ様、完全部外者の我々が総理と直接会って話がしたいと言ったところで相手にされないのがオチかと。その証拠に警備員が要件を伝えに行ってから20分経ってます」
「その時はその時。正攻法がダメなら時間を止めて中に入ればいいよ」
「それはちょっと強引じゃないですか?」
「遅かれ早かれこの国のトップとは話さないといけない。だったら早いに越したことはないでしょ? こういうのは強引くらいがちょうどいいの」
官邸前でバベルとそんな会話をしていると、ようやく警備員が戻ってきた。
「大変お待たせ致しました。中で総理がお待ちです」
警備員に案内され官邸の中へ。
子供の悪戯だと追い返されることも視野に入れていたが、こうもあっさりと受け入れてもらえるとは。
この国のトップは心が広いのかもしれない。それか危機管理能力が低いか。
「失礼します」
ノックをして扉を開けると中年の男が机に腰を掛けて書類に目を通していた。
「初めまして。神代です。一応日本という国を治めさせてもらってます」
神代は書類を机に置き、私とバベルを値踏みするようにねっとりとした視線を向けてきた。
その視線に怯まず、私は一歩前に出た。
「ニンファー星第27代国王リヴとその護衛の」
「バベルです」
私の背後に控えたバベルが頭を下げた。
「立ち話もあれですし、どうぞお掛けになって下さい」
「ありがとうございます」
見るからに高級そうな革張りのソファーに身を預けた。
うん、ふかふかだ。
「随分とお若いんですね」
「今年で18になりました」
「そうですか。それはそれは。いや、実は私にもリヴさんと同い年の娘がいましてね。娘の歳で王様だなんて考えられませんね」
机に用意されていたコーヒーに口をつける神代。
様々な人間の接待をしてきた経験からなのか話しやすい空気を作るのが上手い。
だが、私は相手のペースに乗らない。
今日は交渉をする為に足を運んだのだから。
「私が別の星からやって来たことを疑わないのですね」
「正直に言えば悪戯という線も考えましたよ。ですが、リヴさんの目を見れば嘘を言っていないということは分かります。こう見えても人を見抜く力はあるんですよ」
神代は冗談っぽく言って笑ってみせた。
「さて、お互い探り合いは止めにしますか。今日はどのような御用件で?」
「それを話す前に私達がこの国にやって来るまでの経緯を説明したいのですがよろしいですか?」
私はニンファー星に隕石が衝突したことと星の民を地球に移住させたことを詳細に話した。
神代は時折驚いた表情を見せたが、適度に相槌を打ちながら落ち着いて話を最後まで聞いてくれた。
「話は大体分かりました。それで私に何をして欲しいのですか?」
「ニンファー星の民がこの国に住む許可を正式に頂きたいのですが」
私の目的はこれだ。
今は地球の生き物に変身して密かに適応しようとしているけれど、将来的には元の人間の姿で不自由無く生活させてあげたいという思いがある。
それと別の星からやって来たということが何らかの形でバレた時に差別的扱いを受ける可能性もある。
それらを防ぐ為にも国のトップから正式に許可を貰う必要があると考えたのだ。
「正式にですか。難しいですね。というのもそれを認めてしまったら他国からの反発は避けられないでしょう。何かそれを跳ね返すだけのメリットを提示して頂けるなら話は別ですが」
「自殺者の防止。これでどうでしょう?」
日本に来て1週間。
私もただフラフラしていた訳ではない。
お願いをする時は必ずと言っていいほど交換条件を求められる。
だから私とバベルは調べ上げた。
現在、日本で問題視されているのが自殺問題だ。
年間で2〜3万人が自ら命を絶っている。
私の能力は強いマイナスな感情を抱いている人間の声を聞くことができ、場所を特定することができる。
バベルの瞬間移動の能力と合わせれば自殺を未然に防ぐことも難しくはない。
「自殺防止対策はすでに我が国にも導入されています」
しかし、これといった成果は出ていない。
「神代さん、すみません。先程手にされていた資料が目に入ってしまったのですが、自殺禁止区域を立ち上げられるのですか?」
この部屋に入った時、神代が手にしていた資料の一部が目に入った。
その瞬間からこの流れに持っていくイメージが私の中で固まっていた。
「ええ、自殺者数2位の神奈川県を自殺禁止区域として指定する案が出ています」
「でしたら私がその自殺禁止区域の自殺者を1年間0にしてみせます。これでどうでしょうか?」
神代が初めて真剣な表情を見せるとゆっくりと机の上で手を組んだ。
「2年。2年間自殺者を0に抑えることができたらリヴさんのお願いを飲みましょう」
「分かりました。これからよろしくお願いします」
私と神代はガッチリと握手を交わした。
これが私と神代が裏で行った取引だった。
—2—
「ねえ直斗、もうあれから1ヶ月が経つんだね」
「そうだな。あっという間だったな」
店内に広がるコーヒーの香り。
オレと愛梨沙は喫茶店に来ていた。
1ヶ月もあれば生活は大きく変わるもので愛梨沙は大学を辞めた。
今はこの喫茶店でアルバイトをしながら自分のやりたいことを探している。
一方のオレはというと、あの日リヴから全てを聞いた上で2人の手伝いをすることに決めた。
自殺志願者の気持ちは自殺経験者にしか分からない。
ある意味オレより適任者はいないだろう。
2回も死んだことのある人間なんてどこを探してもいないはずだからな。
人は何の為に生きているのだろう。
『子孫を繁栄させる為に』なんて言葉を聞いたことがあるが、オレはその言葉にピンと来なかった。
オレがいなくなった後の世界のことなんてどうでもいい。
そりゃ自分のことを誰かに忘れられたら寂しいし、悲しいと思うけど。だからと言ってオレ自身がどうこうできる訳でもない。
愛梨沙と向き合って、リヴとバベルと関わるようになって何となくその答えが分かった気がする。
人は何の為に生きているのか。
それは守りたいモノ、譲れないモノを守る為に生きているのではないだろうか。
ここ数ヶ月でオレにも守りたいモノができた。
愛梨沙、リヴ、バベル。
かけがえのない仲間の為に今日も1日生きていく。
ふと窓越しに空を見上げると端から端まで飛行機雲が立っていた。
明日は雨が降りそうだ。
「やっぱりここにいた!」
店内の涼しげなBGMを遮る騒がしい少女の声。
白髪の少女はオレと愛梨沙が座る席まで駆け足で来ると、有無を言わせぬ勢いでオレの腕を引っ張った。
「新しい声が聞こえたから一緒に来て。バベル、飛ぶよ!」
「はい、リヴ様」
バベルがオレとリヴの手を握る。
「直斗、行ってらっしゃい」
すっかりこのやり取りにも慣れたのか愛梨沙が笑顔で手を振る。
さらばオレの平凡の日常。ようこそ慌ただしい毎日。
「行ってきます!」
自殺禁止区域、完結。