お見合いの当日になった。部長のお宅は小田急線の成城学園にある。駅から徒歩10分と聞いていて、地図も渡されていた。兄貴とは駅の改札口でゆとりを見て午後1時30分に待ち合わせる約束だった。
僕は今住んでいる池上線の洗足池から電車を乗り継いで来たが、乗り換えに思ったより時間がかかってしまって、駅に着いたのは午後1時50分だった。
兄貴ははらはらしながら待っていたという。こういう大切な時に遅刻はまずいと随分と小言を言われた。こういうことだから結婚できないのだとも言われた。このことと結婚は関係ないと思う。まあ、少し詰めが甘いことは自覚している。
あわてて部長に電話を入れた。道を間違えたので、少し遅れるかもしれないと伝えておいた。それから駅前でお菓子の詰め合わせを買った。そして地図に沿って部長の家へ小走りで急いだ。
午後2時丁度には辿り着くことができた。遅刻はしなかった。でも心証が悪くなると兄から途中で散々小言を言われた。
兄は昔から几帳面で何事も卒なくこなしていた優等生だった。それに反して、弟の僕は兄より成績は悪くなかったが無計画で気まぐれなところがあるといつも両親から注意されていた。
でもそんなことはないはずだ。今日は少し乗り換え時間の設定を誤っただけだ。仕事の打ち合わせや会議、会合に遅れたことは一度もない。その証拠に今日も一応間に合った。
深呼吸して気を取り直す。ここからが本番だ。部長のためにも悪い印象を与えることだけは避けなければならない。
リビングに通されると、すでに先方3名はソファーに座って待っていた。さすが部長のお宅だ。広いリビングに大きなダイニングテーブルがあって、そこに6名分の席が用意されている。
席に座るように言われて、先方がベランダ側の3席に仲人の奥様、本人、母親の順に座った。それに合わせて、部長の奥様、僕、兄の順に座った。奥の端の上座に部長が座った。会社の会議よりもずっと重苦しい雰囲気だ。
飯塚奈緒、本人を間近に見た。写真よりずっと綺麗な娘だった。上品で落ち着いた感じがする。でもお嬢さんと言った感じでもない。まあ、もう28歳だから落ち着いていて当然かもしれない。第一印象は予想以上だった。
部長の奥様が僕と兄を紹介してくれた。奥様には初めてお目にかかったが、人のよさそうな物腰の柔らかい人だった。それから先方の仲人の奥さんが彼女と母親を紹介してくれた。
その奥さんは少し気取って上から目線で話すようなタイプの人だった。名前は土田さんと聞いた。僕はこういう人は苦手で嫌いだ。兄が道すがら、お見合いでは母親をよく見た方が良いと言っていた。母親もそういう人なら断った方がよさそうだ。
始めから先方の仲人の土田さんがよくしゃべった。部長の奥さんの裕子さんは大学のクラブの後輩で、先方のお見合い相手の母親の順子さんとは高校の同級生とか言っていた。それに仲人を随分していてもう何組も結婚していて幸せに暮らしていると言っていた。まあ、よくしゃべるし仕切りたがる。
本人や母親ではなくてその奥さんが僕にいろいろと聞いてくる。仕事の内容、年収、将来の見込みなどは部長の奥さんを通じてすでに聞いているはずだが、本人が聞きにくいところを聞いてあげるとか言って、今まで付き合っていた彼女はいたのかとか、これまでのお見合いの回数やら、休日は何をしているのかとか、貯蓄額などを聞いてきた。
結婚を前提にお付き合いした女性はいないと言っておいた。これは事実だ。お見合いは今回が2回目で、1回目は断られたと正直に話した。理由は?と土田さんが聞くので、自分には似つかわしくないと言われたと話した。本当にそう言われたと思っている。
僕は聞かれたことに対しては本当のところを当たり障りのないように答えておいた。こういうやりとりは仕事でもしょっちゅうしているので、そこいらの奥さんには引けを取らない。
彼女の母親は土田さんに遠慮してか、ほとんど質問しなかった。部長は黙って聞いていた。部長の顔を時々見ていたが、土田さんには好感を持っていないとみえた。
僕はこういう場合は遠慮しないで聞きたいことは聞いておくべきと思っている。何せ、僕のお嫁さんを選ぶお見合いだからだ。
「飯塚さんはこのお見合いは初めてですか?」
「私も2回目です。1回目はお断りしました。なんとなく性格が合わないようでしたので」
彼女の答えも卒がない。真面目に答えてくれていると思った。職場には適齢の男性社員はいないのかとも聞いてみた。年配の既婚者が多くていないとのことだった。
土田さんが彼女の職場について説明をしてくれた。そういうことは聞いているのかよく知っている。相当に会う前に聞いているとみえた。本人の口から直接聞きたいところだ。僕は部長の顔をそれとなく見た。目が合った。
「そろそろ二人で場所を変えてお話してみたらどうかな? 年寄りがいたら若い人が自由に話せないから」
「そうさせていただけるとありがたいです」
僕はすかさずそう言った。彼女を見ると頷いていた。兄と彼女の母親はもう少し話してから帰ると言っていた。あとは交際を希望するかはよく考えてそれぞれの奥様に連絡するということになった。
それで二人が先に部長宅を離れた。駅前にファミレスがあったので、そこで何か食べながらお話をすることにした。途中二人は話をしなかった。彼女も話しかけてこなかった。ちょっと気まずかったかなと思った。
席に案内されると彼女の方から話しかけてきた。
「土田さんには、私のために熱心に縁談を進めていただいておりますので、お気を悪くなさらないでください」
「いや、そんなに頼りになる人がいると心強いですね」
「何組もまとめていらっしゃるみたいです。二人を見ると相性が分かると言っておられました」
「それなら僕たちをどうみたのか、聞いてみれば良かった」
「お気になさらないでください。二人のことですから二人で決めればいいことです」
「僕もそう思ったから、部長の言葉に賛成したんだ」
「私もそう思っていました」
「何か聞いておきたいことはありますか? 何でもいいですから率直に遠慮しないで聞いてください。結婚することになるかもしれませんから今の内です」
「どうしてお見合いをする気になったのですか?」
「もう私も31歳です。結婚はしたいと思っています。それで良い人を見つけるのに手段は選ばないといったところでしょうか? いろいろな出会いの仕方があると思いますが、お見合いは事前に相手の経歴も分かるし、仲介者もいるから信用が置けます。それにお互いが希望すればすぐに結婚を前提にしたお付き合いができますから」
「私もそう思っています。結婚を前提にした真剣なお付き合いができますから、それに紹介者がおられるので、安心してお付き合いができます」
「昔からある良いシステムなのかもしれません。最近は減っていると聞いていますが」
「土田さんのようにお世話をしてくれる人が減っているのかもしれません。それに合コンやスマホなど便利なツールもあるのでお付き合いが容易にできるようになったからだと思います」
「合コンには参加しているのですか?」
「私の職場では年配の人が多いので、誘われることがありません。2度ほど大学の友人に誘われていったのですが、どうもなじめません」
「なじめない?」
「ただ、付き合う相手というか遊び相手を探すために来ているみたいで、結婚まで考えているのかどうか、真剣さがないような気がして」
「合コンでは、まず気が合う相手を見つけて、付き合ってみて、それからゆっくり結婚を考えようとしている人が多いと思う」
「あなたはどうなのですか?」
「合コンも何回かは行きました。それで何人かとも付き合ってみましたが、この人という人が見つからなくて」
「それは相性のようなものですか?」
「良くわかりません。本能的に合うということかもしれませんが、そういう人と出会っていないということなのでしょう。何人かと付き合ってみると、それぞれ異なった長所と短所があって、分からなくなってしまうのです。迷ってしまうということかもしれません。それは運命の人に出会っていないということなのかもしれません」
「運命の人に出会うとピンとくるのでしょうか?」
「僕は出会っていないので分かりません。おそらく何か感じるものがあるのでしょう。結婚した人はそう言いますね」
「私はその人だと決心できるかどうかだと思っています」
取り留めのない話が続いたが、彼女の考え方と結婚観などが分かるような気がした。彼女はとても誠実な感じがして好感が持てた。それに見た目とは違って何でも気軽に話せそうだった。今まで合コンであった女子とは違っていた。
それからお互いの家族や趣味の話などをした。1時間ほど話していたと思う。彼女は田園都市線の藤が丘に住んでいる。帰る方向が違っていたので駅で別れた。
彼女は写真よりも初々しくて綺麗だった。少し話しただけだが、性格も悪くないと思った。特段に気になるところもない。断る理由がない。むしろ、お付き合いをお願いするべき相手だと思った。
折角の土曜日なので新宿の家電量販店を見て回った。今使っているパソコンの調子が今ひとつ良くないので、新しいパソコンを見て回った。回復を試みて難しいようなら買替えよう。
帰ると兄に電話を入れた。兄はもう自宅に戻っていた。彼女の印象を聞くと、僕と同じで印象は良かったようで、交際をしてみることを勧められた。
それから、すぐに部長に連絡を入れた。そして、お付き合いしてみたいからお願いしますと伝えた。部長の彼女に対する印象も良かったみたいで、それは良かったと言っていた。
僕は今住んでいる池上線の洗足池から電車を乗り継いで来たが、乗り換えに思ったより時間がかかってしまって、駅に着いたのは午後1時50分だった。
兄貴ははらはらしながら待っていたという。こういう大切な時に遅刻はまずいと随分と小言を言われた。こういうことだから結婚できないのだとも言われた。このことと結婚は関係ないと思う。まあ、少し詰めが甘いことは自覚している。
あわてて部長に電話を入れた。道を間違えたので、少し遅れるかもしれないと伝えておいた。それから駅前でお菓子の詰め合わせを買った。そして地図に沿って部長の家へ小走りで急いだ。
午後2時丁度には辿り着くことができた。遅刻はしなかった。でも心証が悪くなると兄から途中で散々小言を言われた。
兄は昔から几帳面で何事も卒なくこなしていた優等生だった。それに反して、弟の僕は兄より成績は悪くなかったが無計画で気まぐれなところがあるといつも両親から注意されていた。
でもそんなことはないはずだ。今日は少し乗り換え時間の設定を誤っただけだ。仕事の打ち合わせや会議、会合に遅れたことは一度もない。その証拠に今日も一応間に合った。
深呼吸して気を取り直す。ここからが本番だ。部長のためにも悪い印象を与えることだけは避けなければならない。
リビングに通されると、すでに先方3名はソファーに座って待っていた。さすが部長のお宅だ。広いリビングに大きなダイニングテーブルがあって、そこに6名分の席が用意されている。
席に座るように言われて、先方がベランダ側の3席に仲人の奥様、本人、母親の順に座った。それに合わせて、部長の奥様、僕、兄の順に座った。奥の端の上座に部長が座った。会社の会議よりもずっと重苦しい雰囲気だ。
飯塚奈緒、本人を間近に見た。写真よりずっと綺麗な娘だった。上品で落ち着いた感じがする。でもお嬢さんと言った感じでもない。まあ、もう28歳だから落ち着いていて当然かもしれない。第一印象は予想以上だった。
部長の奥様が僕と兄を紹介してくれた。奥様には初めてお目にかかったが、人のよさそうな物腰の柔らかい人だった。それから先方の仲人の奥さんが彼女と母親を紹介してくれた。
その奥さんは少し気取って上から目線で話すようなタイプの人だった。名前は土田さんと聞いた。僕はこういう人は苦手で嫌いだ。兄が道すがら、お見合いでは母親をよく見た方が良いと言っていた。母親もそういう人なら断った方がよさそうだ。
始めから先方の仲人の土田さんがよくしゃべった。部長の奥さんの裕子さんは大学のクラブの後輩で、先方のお見合い相手の母親の順子さんとは高校の同級生とか言っていた。それに仲人を随分していてもう何組も結婚していて幸せに暮らしていると言っていた。まあ、よくしゃべるし仕切りたがる。
本人や母親ではなくてその奥さんが僕にいろいろと聞いてくる。仕事の内容、年収、将来の見込みなどは部長の奥さんを通じてすでに聞いているはずだが、本人が聞きにくいところを聞いてあげるとか言って、今まで付き合っていた彼女はいたのかとか、これまでのお見合いの回数やら、休日は何をしているのかとか、貯蓄額などを聞いてきた。
結婚を前提にお付き合いした女性はいないと言っておいた。これは事実だ。お見合いは今回が2回目で、1回目は断られたと正直に話した。理由は?と土田さんが聞くので、自分には似つかわしくないと言われたと話した。本当にそう言われたと思っている。
僕は聞かれたことに対しては本当のところを当たり障りのないように答えておいた。こういうやりとりは仕事でもしょっちゅうしているので、そこいらの奥さんには引けを取らない。
彼女の母親は土田さんに遠慮してか、ほとんど質問しなかった。部長は黙って聞いていた。部長の顔を時々見ていたが、土田さんには好感を持っていないとみえた。
僕はこういう場合は遠慮しないで聞きたいことは聞いておくべきと思っている。何せ、僕のお嫁さんを選ぶお見合いだからだ。
「飯塚さんはこのお見合いは初めてですか?」
「私も2回目です。1回目はお断りしました。なんとなく性格が合わないようでしたので」
彼女の答えも卒がない。真面目に答えてくれていると思った。職場には適齢の男性社員はいないのかとも聞いてみた。年配の既婚者が多くていないとのことだった。
土田さんが彼女の職場について説明をしてくれた。そういうことは聞いているのかよく知っている。相当に会う前に聞いているとみえた。本人の口から直接聞きたいところだ。僕は部長の顔をそれとなく見た。目が合った。
「そろそろ二人で場所を変えてお話してみたらどうかな? 年寄りがいたら若い人が自由に話せないから」
「そうさせていただけるとありがたいです」
僕はすかさずそう言った。彼女を見ると頷いていた。兄と彼女の母親はもう少し話してから帰ると言っていた。あとは交際を希望するかはよく考えてそれぞれの奥様に連絡するということになった。
それで二人が先に部長宅を離れた。駅前にファミレスがあったので、そこで何か食べながらお話をすることにした。途中二人は話をしなかった。彼女も話しかけてこなかった。ちょっと気まずかったかなと思った。
席に案内されると彼女の方から話しかけてきた。
「土田さんには、私のために熱心に縁談を進めていただいておりますので、お気を悪くなさらないでください」
「いや、そんなに頼りになる人がいると心強いですね」
「何組もまとめていらっしゃるみたいです。二人を見ると相性が分かると言っておられました」
「それなら僕たちをどうみたのか、聞いてみれば良かった」
「お気になさらないでください。二人のことですから二人で決めればいいことです」
「僕もそう思ったから、部長の言葉に賛成したんだ」
「私もそう思っていました」
「何か聞いておきたいことはありますか? 何でもいいですから率直に遠慮しないで聞いてください。結婚することになるかもしれませんから今の内です」
「どうしてお見合いをする気になったのですか?」
「もう私も31歳です。結婚はしたいと思っています。それで良い人を見つけるのに手段は選ばないといったところでしょうか? いろいろな出会いの仕方があると思いますが、お見合いは事前に相手の経歴も分かるし、仲介者もいるから信用が置けます。それにお互いが希望すればすぐに結婚を前提にしたお付き合いができますから」
「私もそう思っています。結婚を前提にした真剣なお付き合いができますから、それに紹介者がおられるので、安心してお付き合いができます」
「昔からある良いシステムなのかもしれません。最近は減っていると聞いていますが」
「土田さんのようにお世話をしてくれる人が減っているのかもしれません。それに合コンやスマホなど便利なツールもあるのでお付き合いが容易にできるようになったからだと思います」
「合コンには参加しているのですか?」
「私の職場では年配の人が多いので、誘われることがありません。2度ほど大学の友人に誘われていったのですが、どうもなじめません」
「なじめない?」
「ただ、付き合う相手というか遊び相手を探すために来ているみたいで、結婚まで考えているのかどうか、真剣さがないような気がして」
「合コンでは、まず気が合う相手を見つけて、付き合ってみて、それからゆっくり結婚を考えようとしている人が多いと思う」
「あなたはどうなのですか?」
「合コンも何回かは行きました。それで何人かとも付き合ってみましたが、この人という人が見つからなくて」
「それは相性のようなものですか?」
「良くわかりません。本能的に合うということかもしれませんが、そういう人と出会っていないということなのでしょう。何人かと付き合ってみると、それぞれ異なった長所と短所があって、分からなくなってしまうのです。迷ってしまうということかもしれません。それは運命の人に出会っていないということなのかもしれません」
「運命の人に出会うとピンとくるのでしょうか?」
「僕は出会っていないので分かりません。おそらく何か感じるものがあるのでしょう。結婚した人はそう言いますね」
「私はその人だと決心できるかどうかだと思っています」
取り留めのない話が続いたが、彼女の考え方と結婚観などが分かるような気がした。彼女はとても誠実な感じがして好感が持てた。それに見た目とは違って何でも気軽に話せそうだった。今まで合コンであった女子とは違っていた。
それからお互いの家族や趣味の話などをした。1時間ほど話していたと思う。彼女は田園都市線の藤が丘に住んでいる。帰る方向が違っていたので駅で別れた。
彼女は写真よりも初々しくて綺麗だった。少し話しただけだが、性格も悪くないと思った。特段に気になるところもない。断る理由がない。むしろ、お付き合いをお願いするべき相手だと思った。
折角の土曜日なので新宿の家電量販店を見て回った。今使っているパソコンの調子が今ひとつ良くないので、新しいパソコンを見て回った。回復を試みて難しいようなら買替えよう。
帰ると兄に電話を入れた。兄はもう自宅に戻っていた。彼女の印象を聞くと、僕と同じで印象は良かったようで、交際をしてみることを勧められた。
それから、すぐに部長に連絡を入れた。そして、お付き合いしてみたいからお願いしますと伝えた。部長の彼女に対する印象も良かったみたいで、それは良かったと言っていた。