土曜日の午後3時半過ぎに二子玉川に着いた。駅前でケーキと赤と白のワインを買った。教えられた住所のマンションへ行くとタワーマンションだった。

親が頭金を出してくれたと言っていた。小森君の親は裕福みたいだ。だから彼はどこかおっとりして性格も良いのかもしれない。

4時5分前にエントランスの玄関ボードから1720号室へ連絡を入れる。名前を告げると女性の声がしてエントランスのドア―のロックが外れた。エレベーターに乗って17階の部屋の前まで来た。廊下は内側にあるので外の景色は見えない。ドアのチャイムを押すとドアが開いて小森君が迎えてくれた。すぐに手土産を渡して招待のお礼を言った。

案内されてリビングへ向かう。2LDKの作りでオール電化だとか、二人で住むには十分過ぎる広さがある。こんな素敵なマンションで可愛いお嫁さんと新婚生活を送っている小森君がうらやましい。

リビングのキッチンから女性が出てきた。どこかで見た顔だった。すぐに思い出した。あの飯塚奈緒だった。彼女が小森君の奥さんだったのか? 小森君も僕の驚いている様子が分かったとみえる。

「植田君、紹介しよう。こちらが僕の奥さんの親友の飯塚奈緒さんだ」

「ああ、植田です。お久しぶりです」

「えっ、あなたがご主人の同期のお友達? 会社が同じなのは気が付いていましたが、まさかと驚きました」

「顔見知りなのか、二人は?」

「まあ、以前に会ったことがあります」

「こんなところでお会いするとは思いもしませんでした」

「じゃあ、改めて紹介する必要もないね」

「ああ」

「紹介する。こちらが妻の由美です」

「由美です。主人がいつもお世話になっております。今日はわざわざおいでくださってありがとうございます。ごゆっくりなさってください。お友達の飯塚さんとお知り合いと聞いて驚きました。世の中狭いですね」

「ええ、僕も本当に驚きました」

奈緒はキッチンへ入って由美さんの料理を手伝っている。僕と小森君はソファーに座ってその様子を眺めている。小森君は二人の関係を聞きたいようだったが、二人の間の不自然な空気を感じたようで、あえて聞いてこなかった。それが小森君の良いところだ。

小森君は間が持たないとみたのか、ベランダに誘ってくれて、そこから見える景色を案内してくれた。17階だと結構遠くまで見える。いい景色だ。

由美さんも大切にしてくれる夫と二人だけでここに住んでいたら新婚旅行にこだわる理由などないだろう。料理している表情は幸せにあふれていた。奈緒は何か考えているのか浮かない表情をしていた。

5時少し前には料理がテーブルに並んだ。持ってきた赤と白のワインも準備されていた。まず、白ワインをそれぞれのグラスに注いで乾杯した。

僕たち二人の気まずい空気を察して、由美さんが僕に話かけて来た。小森君が選んだだけあって、気配りのできる女性だ。夫のお客が気まずくならないように一生懸命に気を使ってくれている。

「奈緒さんと私は派遣先で知り合いました。お互いに派遣社員だったので気が合いました。性格が似ているのかもしれません。随分相談に乗ってもらいました。夫から交際を申し込まれた時も相談しました。夫のような親会社のエリートが私のような女を気に入ってくれるとは思えませんでしたので、遊びだと思ったからです」

「それで飯塚さんはなんと?」

「自分の気持ちに正直に従えばいいと言ってくれました。後悔しないようにと。私は自分に正直になれなくて、一歩が踏みだせなかったから、後悔していると。私は夫が好きでしたので、あとで後悔しないようにと、その助言に従いました」

「由美は前の会社で信頼している人に裏切られたり、セクハラに合ったりしていて、男性不信になっていた。だから僕が何度交際をお願いしても受け入れてもらえなかった。奈緒さんの助言がなければ今の僕たちはなかった」

「そんなことはありません。由美さんの意思が強かったからです。私はとてもおよびません」

「飯塚さんはどうして前の会社を辞められたのですか? 確か金融機関に勤められていましたね」

「実は結婚が決まったので先方の希望で退職しました」

「今は独身というと、離婚した?」

「いえ、婚約していたのですが、破談になりました」

「そうでしたか、ご縁がなかったのですね」

「そうかもしれません」

「それで、派遣社員になってまた働き始めたということですか?」

「そこで由美さんと知り合って親しくなりました。私も由美さんには随分励ましてもらいました」

奈緒のことが気になってならなかった。始めは小森君の奥さんかと思ったし、次は離婚したのかと思ったが、いずれもそうではなかった。内心ほっとしたのは、まだ奈緒に相当未練があるからだと思った。

料理は6品ほどあった。3品は由美さんが、3品は奈緒が作ったと聞いた。いずれの料理も味付けがよくて美味しかった。

4人ですべて食べ尽くした。僕が持って行ったワイン2本は空になっていた。奈緒も飲んでいた。あのころよりも柔らかくなったというか少し角がとれた印象だ。

8時前に僕と奈緒はお暇することにした。少しだけアルコールが回って気持ち良くなっている。部屋の前で挨拶をして二人は帰った。