ベースキャンプから工作隊によって何キロも掘られたトンネルを、速足で進む一行。暗く、足場は悪い中を少しかがみながら進むのでかなり疲れるが、そんなことも言っていられない。

 小一時間進んだだろうか、向こうの方に明かりが見えてきた。ようやく出口らしい。

 英斗は一瞬安堵したが、これから苛烈な命のやり取りが始まることを思い出し、キュッと唇をかんだ。

 出口の所では、ヘッドライトつきヘルメットに泥だらけのつなぎを着た工作隊の若い男たちが待っていた。夜通し穴を掘り続けたその表情には疲れが見えるが、それでも重要な仕事をこなした達成感が浮かんでいる。

「棟梁! 皆さん! 託しましたよ!」

 代表の男はヘルメットを脱いでそう言うと、背筋を伸ばし胸に手を当て、他の男も続いた。前回、魔王城を崩壊させた一行の功績は龍族の中ではとても高く評価され、今回もみんなの期待が英斗らに向けられている。五百年間苦しめられたにっくき魔王城から魔王が逃げ出す動画は、みんなが何度も再生していた程だった。

「任せとけ! 五百年の恨み、キッチリ晴らして見せる!」

 レヴィアはそう言って代表の男の肩をバシッと叩き、サムアップすると、はしごを登って地上を目指す。成功確率なんて高くない挑戦ではあるが、リーダーとしてはそう言う以外ないのだろう。英斗は上に立つ者の辛さをひしひしと感じた。

 英斗も激励を受け、軽く会釈をすると逃げるようにレヴィアに続く。

 もう自分たちの挑戦には多くの人たちの希望がかかってしまっている。人類のためだけではなく、必死に道を切り開いた彼らや黄龍隊のためにも結果を出さねばならない。

 英斗はどんどんと積み重なる重圧に押しつぶされないよう、必死に深呼吸を繰り返し、成功を祈った。


        ◇


 はしごを登りきって穴を抜けると、そこは静謐(せいひつ)な森だった。高い(こずえ)からの木漏れ日がチラチラと英斗を照らし、チチッチチッという小鳥のさえずりが響き、トンネルを無事抜けたことを祝ってくれているかのようである。

 時折、ドーン、ドーンと戦闘音が聞こえてくるが、シールドの向こうでの音はあまり伝わってこないようだった。

 少し歩くと、高い木々のさらに上に、荒々しい岩肌を見せる火山がそびえているのが見えてくる。魔王はここにいるのだ。

 先頭を歩いていたレヴィアはくるっと振り返り、

「よーし、お前ら戦闘準備!」

 と、紗雪と英斗を見てニヤッと笑う。

 え?

 ポカンとする英斗の手を紗雪はキュッと握ると、

「行きましょ!」

 と、言って、そばの大樹の裏へといざなった。

 英斗はようやくどういうことか理解した。これからの戦いに向けて気を引き締めているのに、この【戦闘準備】はそれとは逆の力を揺り起こす。

 英斗は赤くなって何も言わず紗雪について行った。

 木陰に入ると、紗雪は英斗に振り返り、

「いよいよ……だね」

 と、言ってうつむく。人類の未来がこの一戦にかかっているという事実が紗雪の心に重くのしかかっているように見える。

 英斗は気持ちをほぐそうと、おどけた調子で、

「魔王捕まえて女神の居所を吐かせる……簡単なお仕事だよ」

 と、肩をすくめた。

「簡単って……、もう……」

 紗雪は口をとがらせ、ジト目で英斗をにらむ。

「人間はできることしかできない。できることを丁寧に積み重ねていく事にフォーカスした方がいい、って塾の先生は言ってたよ」

 英斗は諭すように言った。

 紗雪はしばらく考え込み、

「そうね……。できることしかできないもんね……」

 と、うなずくと、つきものが落ちたようにニコッと笑い、

「きて……」

 と、両手を伸ばした。

 英斗もほほ笑むとそっと唇を重ねる。

 これから始まる限界を超えた最難関の挑戦。そのプレッシャーを吹き飛ばすように二人はお互いの想いを確かめ合った。


       ◇


 タニアにも【戦闘準備】を施した後、一行はドラゴン化したレヴィアに乗り、一気に火山へと舞い上がる。

 ステルスのシールドを展開して気づかれないようにして、一気に高度を上げていく。切り立った溶岩でできた火山は赤茶けた岩がゴロゴロとしていて草一つ生えていない。

 こんな殺風景な火山のどこに魔王は潜んでいるのだろうか?

 硫黄の臭気漂う中、英斗は辺りを見回し、顔をしかめた

「おっ! どうやらあそこのようじゃな」

 峰の連なる少しくぼんだ所に隠れるように洞窟が開いているのをレヴィアは見つけた。入り口には巨大な魔物が二体立っている。

 魔物は巨大な岩でできた胴体に手足が生え、円筒形の首が乗っている。

 レヴィアは岩陰に着陸すると、三人を下ろした。

「ゴーレムじゃな。とてもワシらでは倒せん」

 そう言いながら肩をすくめるレヴィア。

 ドラゴンブレスの炎でも平気な体躯に、強烈なパンチ力、そして高出力のレーザー攻撃。ゴーレムは極めて厄介な相手だった。









37. 決意

「じゃあどうすれば……?」

 紗雪は青い顔をして、心配そうに言った。

「なあに、倒す必要はないんじゃ。お主はちょいと奴らを引き付けてもらえんか?」

「引き付ける……?」

「奴はパワーはあるがノロマじゃからな。お主が洞窟の入り口から奴らを手前に引きつけてくれたらワシらがその隙に洞窟に入るって寸法じゃ」

「ちょ、ちょっと待って! 紗雪はどうするの?」

 英斗があわてて聞くと、

「奴らはノロマだし、あのサイズじゃ洞窟には入って来られん。ピョンピョンと奴らの間をぬって洞窟に飛び込めばいいだけじゃ」

 と、レヴィアは事も無さげに言う。

「そんな簡単にいかないでしょう。レーザーとか撃ってくるんですよね?」

「そりゃ撃ってくるが、動き回っていたら当たらん」

 レヴィアは悪びれもせず、無責任に言う。

「いやいや、そんなの危険ですよ」

 英斗が抗議すると、

「じゃあどうするんじゃ?」

 と、にらんだ。その真紅の瞳には非難というより、諭す色が浮かんでいる。レヴィアもすべてわかった上で言っているのだ。となると、もっといいやり方を提案しないとならなかったが、レーザー撃ってくる頑強な相手に安全なやり方など思い浮かばない。

「ど、どうって……」

 英斗がしどろもどろになっていると、紗雪は英斗の肩を叩き、

「大丈夫、ノロマを引き付けて洞窟に逃げ込むだけの簡単なお仕事だわ」

 そう言ってニコッと笑った。

「紗雪……」

「それが一番確実だわ」

 紗雪の瞳には決意が浮かんでいる。

 英斗は大きく息をつき、ゆっくりとうなずいた。


         ◇


「ハーイ! ノロマ達、こっちよ!」

 紗雪は単身飛び出してゴーレムを挑発する。

 しかし、ゴーレムは微動だにしない。

「あ、あれ……?」

 拍子抜けした紗雪は大きく息をつき、

「じゃあ、これでどう?」

 と、黄色い魔法陣を描き、岩の槍を次々とゴーレムに射出した。先の鋭い重い槍、それが超高速でゴーレムの顔面に突っ込んでいく。

 ズガガガガ! と激しい衝撃音が走り、土煙がもうもうと上がった。

 しかし、ゴーレムは微動だにしなかった。顔の表面には細かな傷がたくさんついてはいるもののダメージらしいダメージは受けていないようである。

「何よこれ……。あんたたち壊れてるんじゃないの?」

 紗雪は口をとがらせるとジト目でゴーレムたちを見て、大きく息をついた。

 ここまでやって反応がないなら普通に強行突破でいいのではないか、と思った紗雪は、

「じゃあ、通してもらうわよ!」

 そう言ってピョンピョンと軽やかに跳ねながらゴーレムの間を通ろうとした。

 刹那、ゴーレムの目が激しく輝き、激しい咆哮が火山の峰々にこだまする。

 きゃあ!

 紗雪は急いで距離を取ろうとしたが、ゴーレムが口から発したレーザーを胸のところに浴びてしまった。

 もんどりうって倒れる紗雪。

 あぁぁ!

 英斗は思わず飛び出してしまいそうになるのをレヴィアに制止される。

「さ、紗雪ぃ!」

 英斗は震える手を力なく紗雪の方に伸ばした。

「大丈夫じゃ。あ奴のジャケットなら致命傷にはならん」

 レヴィアは英斗の腕をガシッとつかみながら諭す。

 果たして、紗雪はピョンと跳びあがり、痛む胸を押さえながらゴーレムをにらんだ。

 ゴーレムは地響きをたてながら前進し、また口をパカッと開く。

 紗雪はジグザグにピョンピョンと跳びながら後退していき、ゴーレムたちの撃ってくるレーザーを上手く避けていく。

「こ、こっちよ! このノロマ!」

 紗雪は痛そうに胸をさすりながら虚勢を張り、さらに後退し、大きな岩の裏に隠れる。

 ゴーレムは土煙を派手に上げながら巨体を揺らし、一歩ずつ紗雪を目指しながらレーザーを次々と放った。紗雪の隠れている岩は次々と爆発を起こしながら少しずつ削れていく。

「紗雪ぃ……」

 英斗は手を組んで、泣きそうになりながら紗雪の無事を祈った。

「何やっとる! 行くぞ!」

 レヴィアは紗雪のことはお構いなしに洞窟へと行こうとする。

「待って! 紗雪が……」

 追い詰められている紗雪を見捨てて先を急ぐ。それは確かに正解かもしれない。しかし、どんなに正解でも英斗には荷の重い決断だった。

「お主は馬鹿か! 何のため紗雪が頑張ってると思っとるのか? 紗雪の献身を無駄にするのか?」

 くぅぅ……。

 ゴーレムたちの総攻撃を受けて隠れている岩はどんどんと小さくなっている。紗雪は逃げられるのだろうか?

 しかし、ここで助太刀に入れば洞窟侵入すら怪しくなるのは避けられない。

 英斗はギリッと奥歯を鳴らし、自然に湧いてきた涙をぬぐうとタニアを抱きかかえ、レヴィアにうなずいた。








38. 一か八か

 なるべく足音を立てないように静かに駆け、洞窟の入り口を目指す。ゴーレムたちは紗雪にご執心でこちらのことは気づいていないようだ。

 必死になって駆け込んだ洞窟、そこには巨大な扉が行く手を阻んでいる。まるで水門みたいな巨大な鋼鉄製の自動ドア。当たり前だが、そう簡単には入れてくれないらしい。

「タニア! GO!」

 レヴィアは予期していたかのようにタニアに指示を出し、タニアは英斗からピョンと跳びおりる。

 なるほどタニアは適任だ。先々のことを考えて行動するレヴィアに英斗は舌を巻き、自らのふがいなさに首を振った。

 タニアは胸のポッケから肉球手袋を取り出すと、キャハッ! と奇声を上げ、扉に向けて縦横無尽に光の刃を射出する。直後、鋼鉄の扉は大小さまざまな三角形のかけらとなってガラガラと崩れ落ちた。

「急げ!」

 レヴィアはすぐに内部へと駆けだしていく。

「さ、紗雪を待たないと……」

 英斗は紗雪が気になって前へ進めない。

「馬鹿もん! 紗雪を信じろ!」

 レヴィアは真紅の瞳をギロリと光らせて怒鳴った。

 『信じろ』その言葉に英斗は口をキュッと結んだ。そう、レヴィアは正しい。自分たちは仲良しグループではなく、人類の命運がかかった魔王討伐隊なのだ。

 個々の安否より目的遂行が優先される。それは分かっている、分かっているがゆえにキュッと胸が苦しくなる。

 英斗はギリッと奥歯を鳴らし、無言でタニアを抱きかかえると、レヴィアを追いかけた。


        ◇


 その頃、紗雪はゴーレムたちに追い詰められていた。

 ズン! ズン! と岩が爆破され削られていく中で、岩にはあちこちにひびが入り、いつ崩壊してもおかしくない状況になっている。

 英斗たちはもう洞窟には入れただろうか? 英斗のことだから『紗雪を放って洞窟へは行けない』などとごねてはいないだろうか?

 紗雪の本音としては英斗に待っていて欲しい。先に行かれて追いつけなかったら、もう二度と会えないかもしれないのだ。

 だが、これは魔王討伐。自分を見殺しにしてでも魔王を制圧するのが正解なのである。

 紗雪は静かに首を振り、寂しそうにキュッと口を結んだ。

 何とかこの岩から抜け出して洞窟へと行きたいが、ゴーレムの脇をすり抜けて洞窟へと走ればレーザーをもらってしまうのは避けられない。ジャケットでどこまで耐えられるだろうか? 下半身に当たってしまったらと考えると、とても現実解ではなかった。

 その時、岩の上部が吹き飛び、ガラガラと大きな石が落ちてくる。

 ひぃ!

 もう残された時間は長くない。紗雪は頭を抱え、必死に考えた。何としてでも英斗に会いたい。

「英ちゃん……、どうしたら……?」

 紗雪は何度も大きく息をつき、活路を探す。

 追い詰められた紗雪は最終的に一つのアイディアにたどりつく。それは大切なジャケットを放棄する一か八かの戦略だった。

 紗雪はシルバーのジャケットを脱ぐとその辺の石を詰めてジッパーを閉め、袖先を結んだ。これで囮の出来上がりである。

 大きく息をつき、タイミングを計った紗雪は、砲丸投げのようにジャケットをブンブンと振り回して、思いっきり崖の方へと放り投げた。

 この作戦が失敗したら紗雪にはもう打つ手がない。紗雪は祈りながらジャケットの行方を見守る。

 大きく弧を描きながら銀色のジャケットは空を飛び、陽の光をキラキラと反射しながら落ち、ガン、ガンと何度かバウンドして崖の下の方へと転がり落ちていった。

 果たして、ゴーレムは攻撃をやめ、ジャケットを紗雪と誤認して崖の方へと歩き出す。成功だ。ゴーレムがお馬鹿で助かった。紗雪はギュッと両手のこぶしを握る。

 これで英斗に会いに行ける。紗雪は両手で顔を覆い、ポロリと涙をこぼした。

 ズン! ズン! と、ゴーレムが崖の方へと歩いていく。

 紗雪は涙をぬぐうとそっと岩陰からゴーレムの様子をうかがい、ゴーレムの死角をうまく()うように、ピョンピョンと軽やかに溶岩だらけの大地を駆け、洞窟へ飛び込んだのだった。










39. 泣きぼくろ

 洞窟を進む英斗たち――――。

 洞窟と言っても、ドアから内側はまるで宇宙船のように金属でできた通路となっていた。歩くたびにカンカンと音が響き、英斗は渋い顔をしながらなるべく静かに進んでいく。

 ヴィーン! ヴィーン!

 警報音が通路に響き渡る。

 どうやら戦闘は避けられそうにない。

 英斗はタニアを降ろすとニードルガンを取り出し、辺りをうかがう。

 直後、少し先の通路脇のドアがプシューと音を立てて開いた。

「来るぞ!」

 レヴィアは銃を構え、英斗はあわててニードルガンの安全装置を外し、へっぴり腰で備える。

 刹那、魔物が次々と飛び出してくる。

 それは魔王城でも見た一つ目のゴリラだった。厚い胸板、ムキムキの筋肉を誇示しながらワラワラと通路をふさぎ、グルルルとのどを鳴らす。全てを粉砕しそうなその屈強な腕は英斗などワンパンチで潰されてしまうに違いない。

 くっ!

 明らかに銃なんか効かない敵にレヴィアと英斗は後ずさりして冷や汗を流した。

 しかし、タニアは嬉しそうにキャハッ! と奇声を上げるとトコトコとゴリラに向けて歩き出す。

「お、おい、タニア……」

 可愛い幼女と屈強なゴリラたち。どう考えても幼女に勝ち目はなさそうなのであるが、なんとゴリラたちはタニアを見ると一瞬驚いたようなしぐさを見せ、後ずさりし始めた。

 きゃははは!

 タニアは肉球手袋を黄金色に輝かせ、楽しそうに笑うとピョコピョコとゴリラたちに向けて走り出す。

 直後、ゴリラたちは一目散に逃げだしたのである。そして、元居た部屋に逃げ込むとドアを閉めてしまった。

 ぶぅ?

 タニアは不思議そうに首を傾げ、物足りなそうな声を出す。

 あのゴリラたちは魔王城でタニアに惨殺されたものの生き返りではないだろうか? タニアにいいように殺されてしまった記憶が恐怖を呼び起こしたのかもしれない。

「カハハ! タニア、お主凄いな」

 レヴィアは嬉しそうに笑い、不満げなタニアを抱き上げた。

「マジかよ」

 こんな小さくてかわいいタニアが戦わずに勝利をもぎ取った滑稽さに、英斗は笑いがこみあげてきて少し笑うと、タニアの頭をグリグリとなでてやる。

 あいぃ

 タニアはチャーミングな泣きぼくろを見せながらにっこりと笑った。


      ◇


 カンカンカン!

 後ろから迫る足音に慌てて振り返ると、そこには黒いボディスーツの人影が。

 でも、その見慣れた駆けるフォームに英斗は手を高く掲げ、大きく振る。紗雪だった。

「英ちゃーん!」

 紗雪は飛ぶように突っ込んでくると英斗の胸に飛び込む。

 ぐほっ!

 パワーアップしている紗雪のハグは強烈だったが、英斗はそんなことが気にならなくなるくらい紗雪の柔らかな香りに安堵していた。

「英ちゃん、英ちゃん! うわぁぁん」

 紗雪は今まで我慢してきた心細さを英斗に爆発させる。

 英斗は優しく頭をなで、涙にぬれるほほにほほを寄せた。

「待ってやれなくてごめんな」

 耳元でささやく英斗。

「大丈夫、分かってるの。ちょっと寂しかっただけ」

 紗雪は英斗の体温を感じながら、これから始まる大勝負に向けて何とか気持ちを整えていった。

「紗雪、ご苦労じゃった。おかげで魔王までもう少しじゃ」

 レヴィアはなにやら小型の観測機械の表示を見ながら言った。

「えっ? そんなことわかるんですか?」

「この宇宙線観測装置によるとこの先に大きな空洞があることが分かっとる。きっとその辺りに奴はいるじゃろう」

 レヴィアの指示した画面には確かにぽっかりと空洞が映っている。火山の中にくりぬかれた巨大な空洞、一体何の目的で作られたのだろうか? 英斗は首をひねりながらうなずいた。








40. 最後の一人

 しばらく進み、大きな鋼鉄製の扉に来た一行。例によってタニアが強靭な扉をバラバラに壊すと内部の様子が露わになる。

 そこは夜中の体育館のように真っ暗な空洞だった。

 レヴィアは銃を構え、様子を見るが、動きはない。

 飛び散った扉の破片が、静まり返った内部にグワングワンと鳴り響くばかりだった。音の反響具合からすると相当に広そうである。

「誰も……、おらんのかのう……?」

 レヴィアが恐る恐る一歩踏み入った時だった。ズン! という爆発音とともにレヴィアが吹き飛ばされる。

 ぐはっ!

 もんどりうって通路に転がるレヴィア。

「レヴィアさん!」

 英斗が駆け寄ると、苦しそうにうめき、

「き、気をつけろ……。上から撃たれた」

 と、胸を押さえた。

 レヴィアのグレーのジャケットには焦げた跡があり、焦げ臭い煙がうっすらと上がっている。

「だ、大丈夫ですか!?」

 青くなりながら英斗が聞くと、

「このくらい大丈夫じゃ。じゃが、ちょっとばかり休ませてくれ……」

 そう言いながらレヴィアはゴロリと横たわり、苦しそうに荒い息吐く。

 くっ!

 英斗はスマホを取り出し、カメラモードにしてそっと扉の脇から差し出してみる。すると、上の方で何やらほのかな明かりが動いているのが画面に映った。

 これがレヴィアを狙撃した敵……、魔王かもしれない。

 紗雪は画面をのぞきこみ、眉をひそめると、シャーペンを取り出し、

「その辺を狙えばいいのね、見てらっしゃい!」

 と、魔法陣を描き始めた。奥歯をかみしめ、今までにない怒気を感じさせる。

 サラサラと描きあげられていく魔法陣は鮮やかに赤く輝き、強烈なエネルギーが蓄積されているのがひしひしと伝わってくる。

 紗雪は方向を確認しながら魔法陣の脇にルーン文字をいくつか書き足し、最後にぶつぶつと何かを唱えながら両手で魔法陣を回転させた。ゆっくりと回りだした魔法陣はビカビカと明滅しながら徐々に回転数を上げていく。

 刹那、魔法陣は鮮烈な紅い閃光を放ち、轟音を立てながら無数のファイヤーボールを射出する。撃ち出されたファイヤーボールは弧を描きながら斜め上の方へと眩しい光跡を残しつつ上昇していき、ズンズンズン! と激しい爆発音を響かせていった。

 動いていた明かりが何だかは分からないが、これだけの攻撃を浴びせたのだ、何か反応があるだろう。

 爆発音が広間で大きく反響し、こだましている。一行は静かになるのをじっと待った。

 直後、広間に照明が灯り、いやらしい笑い声が響き渡る。

「ハッハッハッハ! またお前らか。特異点君、出てきたまえ」

 魔王だ。英斗は紗雪と顔を見合わせる。

「何か言いたいことがあるんだろ? 日本が滅んだことに文句でもいいに来たのか? クフフフ」

 英斗はギリッと奥歯を鳴らすと、紗雪の制止も振り切って一歩広間に進み、上を見上げた。そこにはスタジアムの貴賓室のように、ガラス張りの部屋が設置されており、中で中年男がふんぞり返って高そうな椅子に腰かけている。

 英斗はギロリと魔王をにらむと、

「お前、女神の居所を知ってるな?」

 と、核心から切り出した。

「はっはっは! なるほど、女神か。確かに女神なら日本を元に戻せるからな。まぁ……それしかないか……。クフフフ……。女神なら金星だぞ」

 魔王はいやらしく笑いながら何とも理解しにくいことを言う。

 英斗はいきなり別の惑星の話になって困惑を隠せない。女神のような超常的存在が宇宙の彼方にいるというのはありえない話ではないが、どうやって会いに行ったらいいか見当もつかない。

「ど、どうすれば会える?」

「簡単な話さ。今ちょうど俺がやってることがまさに女神を呼ぶことだからな」

 英斗は魔王の言葉の意味をはかりかね、首をひねった。

「要は人類を全滅させるんだよ」

 魔王は肩をすくめながらとんでもない事を言い放ち、英斗は怒りで真っ赤になる。

「お前、ふざけてんのか!」

 英斗の怒りが広い広間にこだまする。

 魔王は肩をすくめ、やれやれといった表情であざける。

「人類は女神が創り、育ててきたもの。それが滅んだとなれば地球をやり直さないとならん。で、その準備のために地球に降り立つんだ。そして、その時に最後の一人に声をかけるのさ」

「最後の……、一人……?」

「そう、あいつは結構滅びの美学が好きでね。最後の一人の話が特に好物なのさ」

 英斗はその捉えどころのない話に困惑する。人類が滅亡する最後の一人と話すのが好きというのはどういった性癖なのだろうか? あまりにも趣味が悪すぎるのではないか?

 英斗は首をひねり、大きく息をつく。

 こんな荒唐無稽な話を信じて良いのだろうか? そもそも女神とは何者なのだろうか? 魔王との関係は?

 英斗は混乱し、仏頂面で魔王を見上げた。