「……私が貴方の身代わりになったのかしら。そうなればいいと、確かにさっき、願ったから……」


閉じられていく瞼。
それに縋るように、僕はとっさに彼女の肩を掴む。
行くな、と思う。
なにか言わなければ、とも。


貴方の身代わりになれた、とはどう言う意味だろう。
夢の中で病気だった僕の身代わりになりたいと、それで死んでしまえたら、なんて彼女は願っているのだろうか。


そんな機械に作りあげられた嘘の感情で、傲慢な偽善で、彼女は自分の死にたくないという感情そのものに蓋をして、死を受け入れるというのか。
そんな感情を作り出すことが果たして正しい医療行為と言えるのか。


一瞬にうちに頭の中で鮮烈な怒りが駆けめぐって。
けれど、すぐに冷静になる。


正しいか正しく無いかなんて今はどうだっていい。
彼女がいまこの瞬間、求めている言葉はいったいなんだ。


「ありがとう。真田さん」


分からなかった。
この言葉が最適なのかはわからない。


けれど。
もし夢の中で彼女が医者で。
患者である僕の死を肩代わりしたいなんて、バカなことを思っているのなら。


その医者としての患者を想う清く崇高な感情を認めることこそが、僕にできる全てなのかもしれない、と思った。


死を示す心電図の機械音がけたたましく鳴り響く。


彼女の夢の内容は永遠に彼女にしか分からない。
その夢で僕が何者だったのか、どんな言葉を交わしたのか。


けれど、なんとなく予感はする。
今度は私が殺してやる、なんて物騒なことを言ったくせに、きっと彼女は僕を殺してなんかいないし、むしろ救おうと奔走していたのではないか、と。


自惚れかもしれないが、彼女の僕への深層心理での感情は、存外悪いものでは無かったのかも知れない、なんて思いかけて、……首を横に振る。


甘えるな。
いくら夢を暴こうとしたところで、その答えが僕に分かるはずもない。


彼女と入れ替わった僕にできることは、彼女の死を回避できる可能性があったのではないかと、その治療法を模索すること。


彼女の死を忘れないこと、それだけだった。


End.