桜さんは自分が違っていることに気付いたらしい。動きを止めて、隣の翔子さんを見た。そこで近付く俺に気付いて、バツの悪そうな顔で頭を下げる。

「すみません」
「いいえ。これ、最初は混乱しやすいんですよ」

言いながら空いている隣に並ぶ。

「振り下ろす方の足を引くんです。ゆっくりやるので、鏡を見て一緒に」
「はい」

すぐに表情を引き締め、鏡に向かって姿勢を正す桜さん。

「一本目は前に出ます。正眼から上段。刀を右に傾けて、右足を出しながら左に向かって振り下ろす」

桜さんが俺の動きに合わせ、「右足」とつぶやきながら刀をゆっくり下ろす。

「そうです。刀を振り下ろした側の足が後ろにある状態、これが袈裟斬りの基本になります」
「はい」

まあ、指摘すべき点はほかにたくさんあるけれど、今は動きだけ。

「二本目は逆の足です。まずは下がっている左足を右足のところまで引き寄せながら上段」
「左足……」
「次は刀を左に傾けて、右足を下げながら右下に向かって斬る」
「右足を下げながら……こう」
「そうです」

ここまではできた。

「今度はさっきの逆です。後ろにある右足を左足に揃えながら上段。左足を引きながら左下へ斬る」
「こう」
「そうです」

よしよし。動きが少しスムーズになった。

「それを繰り返します。こう」

普段よりゆっくり続けてみせる。向こう側では二十本が終わってインターバルに入っている。

桜さんの視線が鏡と俺の足、手元、刀、と行き来する。と、一つうなずいて構え、鏡に向かってタイミングを合わせて振り始めた。

右、左、右、左。

リズムが良くなってきたところで、ふと眉を寄せた彼女が姿勢をまっすぐに直した。自分が前屈みになっていることに気付いて修正したのだ。

嬉しくなるのはこういうところだ。

素振りを止めてうなずくと、刀を下ろした彼女が満足気ににっこりした。

「ありがとうございます」

できるようになって嬉しい、と、表情が伝えてくる。言葉には出さないけれど、彼女の中に沸き立つ喜びが――。

「構え」

哲ちゃんの声。桜さんが表情を引き締め、鏡に向き直る。俺も列に戻らないと。

あとで運足も見てあげよう。上段も、素振りも。少しずつでもできるようになると誰でも嬉しいし、さらなるやる気にもつながる。あんなふうに笑うなら……。

――いや、笑顔は関係ないよな。

とは言え、人見知りらしい桜さんも、少しは俺に慣れてきたのかも知れない。