「構え」

凛と響く掛け声に、並んだ門人たちが抜刀して正眼に構えた。今日の進行役は哲ちゃんだ。

壁の鏡に向かって前列に五人、後ろに三人。初心者だからと遠慮して後ろに並ぼうとした桜さんは、できないからこそ目立つ場所にと言われて前列の一番右、宗家が座る目の前にいる。後列にいる俺の視界の端で、正しい構えを模索する気配。

――頑張れ。

最初の抜刀納刀で宗家から桜さんへの指導がちょこちょこと入り、その度に中断する流れに桜さんは恐縮していた。

けれど、それらの指導は、実は全員に対しておこなわれているものだ。年数が長くても、上手くできていなかったり忘れていたり、勘違いしていたりすることがあるから、誰かが言われているのを聞きながら、それぞれに自分で確認している。だから、桜さんは自分のせいで稽古が中断したなんて気にする必要はない。

「前進面二十本。始め!」
「一、二」

上段から面を狙っての素振り。打ちながら一歩出て、正眼に戻しながら一歩下がる。

数える声が一番大きいのは高校生の清都くんだ。そこに低く力強い哲ちゃんの声、女声ながら腹に響く雪香の声がみんなを引っ張る。

「五、六」

視界の隅に不安定な動き。桜さんだ。なんとなくバタバタ、ふらふらしている。足運びがまだ上手くないからだ。前進と後退を周囲に合わせるのがやっとで、姿勢や構えに気を配る余裕はなさそう。

宗家が桜さんに声をかけた。上段の位置を直し、踏み込みと振りのタイミングを教えているようだ。俺たちの二十本が終わると同時に桜さんが「ありがとうございます」と、宗家に頭を下げた。

インターバルで動きを確認する桜さん。素振りが終わったら、今日は誰が彼女に付くのだろう?

「構え」

哲ちゃんの声に体が反応する。足元、姿勢、握り、視線。

「左右の袈裟(けさ)斬り二十本。始め」

上段に振りかぶり、右足で踏み込みながら右上から左下へ袈裟に斬る。

「一」

刀身がびゅっとうなる。

その刀を振りかぶりながら後ろ足を前足に揃え、今度は右足を後ろに引きながら左上から右下へ斬る。

「二」

再びのびゅっという音が俺の中の余計なものを消し去ってゆく。

――ん?

「……三」

今度はいい音がしなかった。気が散って刃筋(はすじ)が揺らいだからだ。

――あれじゃあ、足を斬っちゃうな。

居合刀だからもちろん斬れないけれど。引く足と斬る方向が逆だ。

「四」

宗家は莉眞さんを直している。母さんは清都くんを見ている。桜さんの隣の翔子さんは、まだ教えるほど自信がないようだった。

――となると、俺かな。