遠くに向けた瞳がどことなく淋しげに見えるのは気のせいだろうか。憧れとあきらめが入り混じっているように感じるのは想像過剰だろうか。

「話しかけていただけてとってもラッキーでした。だって、黒川流って『スポセン便り』には載っていませんよね?」
「ええ。団体利用に申し込んでいるだけで、教室を開いているわけじゃないですから。じゃあ……母の早とちりも役に立つことがあるんですね」
「ええ、もちろん! わたしにとって、今までで一番のめぐり合わせです」

大切なものを確かめるように、桜さんは買った荷物に目をやって微笑んだ。その様子は「今までで一番のめぐり合わせ」が真実だと語っているように見える。

うちへの入門は、彼女にとってそれほど意味があるということ……?

「そう思っていただけるのは光栄です」

なんだか自信が湧いてくる。たった一人の言葉だけで。

彼女の思いが失望に変わらないように、俺もより一層励もう。先輩としてだらしない姿は見せられない。

「稽古までもう少し時間がありますけど……、桜さんは一旦家に帰りますか? スポセンの近くなんですよね?」
「いえ、準備はしてきたので、あとは今日買ったものを袋から出せば――あれ?」

桜さんが前方の何かに気付いた。

翡翠(ひすい)?」

桜さんの声に反応してこちらを向いたのは、コンビニから出てきた長身の美女。ジーンズにロングカーディガンというラフな服装でもスタイルの良さがはっきり分かる。

「桜!」

驚きと満面の笑みを浮かべて小走りに近付いて来る。あれは……。

「職場の友だちです。田名部(たなべ)翡翠(ひすい)さん。この駅が最寄りだって聞いてたけど、会えるとは思わなかった」

田名部翡翠。やっぱりそうだ。桜さんと……友達?

翡翠が俺を認め、数歩手前で足を止めた。ゆるくウェーブのかかった髪が肩で揺れる。顔を合わせるのは十年ぶりくらいか?

「クロ……?」

驚いて見つめ合う俺と翡翠を、桜さんが目を見開いて見比べている。と、翡翠が破顔した。

「やっぱりクロだよね? わあ、何年ぶり? え、やだ、どうしてふたりが一緒にいるの?」

最後の距離を詰めながら意味ありげに声をひそめた。

「……もしかして、マッチングアプリ?」
「ちげーよ!」

思わず言い返した俺を笑う翡翠。隣で桜さんがほっとしたように微笑んだ。