「新しい人が入ったんで、袴と上衣が欲しいんですけど」
「はいはい。ええと、お宅は……居合用だっけ?」
「そうです」
「着る物だけ? 居合刀は?」
「居合刀は今日はいいです」
「そう。身長は何センチ?」

俺とおばさんの視線が同時に桜さんに向く。

「あ、百五十六センチです」

さっと背すじを伸ばして彼女が答えた。

おばさんが「大人のサイズでギリギリかなー」と、おじさんの後ろの棚に向かう。それを見ながら桜さんが小声で「居合用っていうのがあるんですね。すみません、いまさらで」と恐縮した様子。

「そうですね。まあ、剣道用のを持っているひとはそのまま着てもらってて構わないんですけど、うちは居合を中心にした総合的な武術なので一応――」
「ねえ?! 上衣の色は? 黒でいいの? 白?」
「え、ええと、く、黒で! 黒でお願いします!」

気をつけをしながら桜さんが答えた。

「白でもいいんですよ? これから夏だし」

そっと伝えると、彼女は「いいえ、そんな!」と目をまん丸にした。

「白だなんて恐れ多いです。初心者ですから目立たないように黒で」
「そうですか?」
「はい」

大真面目にうなずく彼女。まるで部活の新入生みたいな理屈だ。まあ、それで本人が落ち着くなら構わないけれど。

「おばさん、帯はどこでしたっけ?」
「そっちの柔道着の後ろー」
「ありがとうございます」

桜さんを促して奥へ。剣道、柔道のほかに空手、合気道、テコンドーなど、さまざまな道着と道具が並んでいるのを彼女がものめずらしそうに見回している。

「こんなにいろいろあるんですねぇ。見ているだけで楽しいです。あ! あの防具、百万円超えてますよ! 床の間に飾る用なんでしょうか?」
「え?」

床の間に飾るのは鎧だ。剣道の防具じゃない。たしかに雰囲気は似てるけど。

「実際に使う人がいるんですよ。素材や職人さんの技で値段が変わりますよね」
「そうなんですか……。そんな防具を相手が使ってるって分かったら、傷付けるのが怖くて打ち込めませんね?」
「まあ……、たぶん、使うのは上級者でしょうから、そもそも簡単には打たれないのではないでしょうか」
「ああ、なるほど」

なんとなく、桜さんの頭に極端なイメージを植え付けてしまったような気がする……。

「ん、これ十手ですよね? 十手も売ってるなんて」
「ああ、十手術というのもあるんですよ。うちではやりませんけど」
「ふうん……。あ、もしかしたら警察ですか?」

それは江戸時代だ。

「今の警察は十手じゃなくて警棒ですね」
「ですよね。ふふふ」

くすくす笑う桜さん。もしかしたら冗談を言われたのか?