「こんにちは」

次の日曜日の午後、竹見台駅で待ち合わせた桜さんは水色のシャツワンピースを着ていた。

スポセンの近くに住んでいる彼女は稽古には黒のトレパンとTシャツでやって来て、その上に黒い袴を着けている。色のついた服を着ているのを見るのは初めてだ。

いつも黒づくめの彼女が明るい色のものを着ているというのはとても新鮮で、軽い気恥ずかしさがこみ上げてくる。と同時にポニーテールに軽快なワンピースという気取らない組み合わせにほっとしている部分もある。

「それほど小さい店ではないんですけど、ビルの二階に入っていて見付けにくいんです」

歩き出しながら説明する俺に、桜さんが半歩後ろから「そうなんですね」と相槌を打つ。

駅の階段を降り、人波を縫ってバスターミナルを抜け、昔ながらの駅前商店街に出る。そこで隣に桜さんがいないことに気付いた。あわてて振り向くと、松葉杖の女性に道を譲っていたようだった。

「すみません、遅くて!」

小走りに追いついて、彼女が謝る。

「いえ、そんなことありません。こちらこそすみません」

小柄な桜さんの歩くペースを考えていなかった上に、周囲への気配りもできていなかった。反省しないと。

「武道具屋さんって初めてです。かなり楽しみです」

少し速度を落として歩き出すと、今度はちゃんと隣に並んだ桜さんが言った。稽古とは違う軽やかな口調に思わず彼女の顔を見ると、ほんとうに嬉しそうににこにこしている。必要なものを買いに行くだけのことでも桜さんにはちょっとした冒険なのかも。だとすると、俺はガイドとして彼女を楽しませなくては。

「めっちゃテキパキしたおばさんがいるんですよ。僕が中学のころから、いつでも元気いっぱいで」
「え……、もしかして、ぐずぐずしてると怒られちゃったりしますか?」
「あはは、そんなことはないです。親切ですから大丈夫ですよ」

コンビニの角を曲がり路地へ。数軒先の接骨院の横にビルの入り口がある。

「ここです」

奥のエレベーターと階段の間に掲げてある「2F 武道具全般 心成堂」という看板――というよりも表札――は相変わらず地味だ。コンクリートに囲まれた薄暗いスペースはデート向きではないな。

――ま、デートじゃないし。

看板を見つめる桜さんは無言。でも、目をぱっちり開けて、口角が上がっている。その生き生きとした横顔に瞬間、見惚れた。

「階段でいいですか?」
「はい」

うなずく満足気な笑顔。なんとなく照れくさいのは何故?

狭い階段を先に立って上る。二階の折り返しのすぐ横に店名の入ったガラス扉があり、中に並んでいる竹刀や剣道の防具が見える。扉を開けるとレトロな喫茶店のような「カランカラン」という音が来店を知らせた。

「……いらっしゃい」

迎えてくれたのは半白髪のおじさんだ。右手のカウンターの中にある畳敷きの場所で剣道の防具の修理をしている。後ろから遠慮がちについてくる桜さんが「防具って修理して使うものなんですね……」とこっそり言った。

奥からおばさんが出てきて「あら、久しぶり。ええと……」と言いながらサンダルに足を入れる。

「黒川流剣術の風音です」
「ああ、そうそう、黒川さんね! 風音くんね! まあまあ、すっかり社会人ね!」

俺が社会人になってから何年も経つのだけれど、いつもこんな調子なのだ。