どこにいても、何をしていても、いつもどこか息苦しい――こんな自分のことが大嫌いだ。



高校2年生になった私 蓮見 鈴は、自分が大嫌いだ。いつからか、自分を見失ってしまった。いったい、いつからこうなってしまったんだろう…

「行ってきます」
そう言って私は家を出た。学校に着いて教室のドアを開けると、有美が走ってやってきた。
「鈴、おはよう!」
「有美、おはよう。」
私は笑顔で答えた。 私、今上手く笑えたかな…そんなことが脳裏をよぎる。同じクラスの有美とは、今年初めて同じクラスになり、話しているうちに一緒にいるようになった。
「今日の朝、可愛い猫がいたんだよ!」
有美は猫が好きだった。
「そうなんだ、見たかったな」
正直、猫には興味が無い。私は平気で嘘をついた。

色々なことを話しているとチャイムが鳴り、授業が始まった。もうすぐ文化祭。出し物や係を決めないと行けない。面倒だな…と、鈴は心の中で思った。
「各クラスで代表1名を決める。やりたい人はいないか〜」
先生の問いかけに誰も反応しない。
「鈴ちゃんがいいと思います」
突然、クラスメイトのある女の子が言った。
私はクラスの人からは信頼されている方だと思う。みんなに笑顔で優しく接するようにしている。 作った笑顔で…
「賛成です!」
クラス全員が賛成した。
「蓮見、どうだ?やれるか?」
「頑張ります」
笑顔で答えた...つもりだ。
クラスのみんなに嫌われたくない。そんな理由で私はまたやりたくも無いことを引き受けてしまった。こんな自分なんか、大嫌いだ。

お昼休み、いつものように有美とお弁当を広げると、
「鈴が代表なら、文化祭も大成功だね!」
有美が言うと、
「頑張らないとね」
いつものように笑顔で答える。
「そういえば、公園の近くに新しいケーキ屋が出来るって言ってたよー!今度行こうよ」
え、いつ行くんだろう…
「いつがいいかな、今週の土曜日にしよう!」
「え…」
土曜日はおばあちゃんの所に行くから行けれない…どうしよう、なんで断ろう。
そんなことを考えているうちに、有美はどんどん話を進めていく。
「時間は、11時に公園でいいかな?」
「うん…」
どうしよう、早く言わないと。
「あの、ゆ」
「ちょっと、飲み物買ってくるね」
そう言って有美は立ち上がり、自販機の方へ走っていった。
まぁ、おばあちゃんの所はまた今度行けばいいよね。家に帰ったら、お母さんに聞いてみよう。

学校が終わり家に帰る。
扉の前に立ち深呼吸をする。
「ただいまー」
「おかえり」
「あの、お母さん」
「ん?」
「土曜日なんだけど」
母の顔が強ばった。
「あ、あの」
「鈴、またおばあちゃんの所に行かないつもり?おばあちゃん鈴に会いたがってたよ。花は毎週会いに行ってるよ。やっぱり花は優しいわね〜」
花は私と3つ年の離れた妹だ。性格は明るくて、頭もいい。それに言いたいことははっきり言う。私とは大違いだ。そんな私と花を母は昔から比べてきた。
「分かった。行くよ」
「うん」
母の顔が元に戻った。。両親は、4年前に離婚した。私と妹は母に引き取られ、今は3人暮らしだ。
いつからか、私はお母さんにまで偽物の笑顔を貼りつけていた。
土曜日はちゃんと有美の誘いを断っておばあちゃんの所に行くんだ。
おばあちゃんは、事故にあって入院している。信号待ちしているところに、トラックが突っ込んだそうだ。高校生が助けてくれ、一命は取り留めたが、助けて貰えなかったら死んでいたと言う。考えるだけでぞっとする。

階段を駆け上がって部屋に入り、ベッドに顔を埋める。今日は、木曜日。早く有美に言わないと…
もう今日は疲れたな。
はっきりしない自分、素直になれない自分、今日も自分が大嫌いだ…
私は、机の上にあるカッターに目がいった。机に近づき、カッターを手に取る。少し刃を出しそっと手首に置く。スーッ 無意識に手が動いてしまった。しかし、私は痛みを感じなかった。
「・・・」
私は何度も繰り返した。ハッと我に返った頃にはもう遅い。カッターも、手首も血まみれ。
「はぁ」
私は急いで傷を隠し、カッターをしまった。
「私なにしてるんだろう…」
“大嫌いだ”
そんなことを思いながら、私は眠りについた。


朝が来た。朝なんて来なければいいのに…
そんなことを思いながら朝食を食べる。
今日も1日笑顔を貼り付ける。鏡の前で笑ってみせる。そんな私を花が見ていた。
「お姉ちゃん何してんの?怖っ」
私と花は仲は良くない。昔からそうだった。何に対してもはっきりしないし、頭の悪い私を花はとても嫌っていた。母はそんな花を私よりも大切にしていた。私は無言で花の横を通る。
「ハァー」
考えるのをやめて、家を出た。学校に着いてから、いつものように授業を受ける。お昼休みになった。有美と弁当を食べる。
はやく言わないと…
「明日、楽しみだよね〜」
有美が言った。
「あ、」
「ごめん。明日おばあちゃんの所に行かないと行けなくなったんだ!」
「ほんとにごめん」
「そっか〜。じゃあ仕方ないね。明日はゆっくりおばあちゃんと話してきなよ。私は他の人と行くから大丈夫!」
「ありがとう」
やっと言えた。ほっと肩をなでおろした。それでも私は本当の笑顔ではなかった…


家に帰って部屋に駆け込む。母は今日は夜遅くなる。カレーを作り、ゆっくりと食べる。食べ終わり、部屋に戻った。

引き出しに入れていたアルバムを久しぶりに出してみた。私は、どの写真にも楽しそうに写っている。全て、本物の笑顔だった。私はスマホを手に取り、最近友達と撮った写真を見る。スマホに映る私の顔は、楽しそうではなかった。どれも、本物の笑顔ではないことがすぐにわかる。
「大嫌い…」
そんなことを1人つぶやく。
もう、疲れたな。私が生きている意味って
なんなんだろう。もう、どうでもいいや…
私はしまっていたカッターを取り出し手首に傷を作る。私は鏡を見た。なぜか私は笑っていた。
あぁ、そうか… 私は、
「死にたいんだ…」




「ここはどこ?」
私は、暗闇の中1人立っていた。
歩いてみても、明かりもなければ人気もない。
怖くてその場にしゃがみこんでいると、誰かが歩いているのが見えた。どこかで見たことがあるような…そんなことを考えている暇はない。
「待って」
「助けて」
私は咄嗟に声をかけた。しかし、振り向きもしない。私はもう一度声をかけた。
「お願い、助けて」
歩いていた人は立ち止まり、こちらに向かって歩いてくる。
距離が縮まったところで、顔がしだいにはっきり見えてきた。…私は息を飲んだ。
なんと、近づいてくる人は…“自分”だった。
「どうして…」
恐怖と驚きで腰が抜け、歩けなかった。這いつくばって逃げようとする私に、“自分”が笑顔で追いかけてくる。
「やめて、来ないで…」


「はぁ、はぁ」
「なんだ、夢か…」
私は、額に冷や汗をかいていた。ベッドから立ち上がり、1階に降りる。私はすぐに洗面所に向かった。顔を洗い、タオルで拭く。ふと、鏡が目に入った。死んだような目、やつれた顔、目の下のクマ…私は心も体も死んでいた。本当に、
「私の生きている意味って…」


「はぁ、今日はおばあちゃんの所に行かなきゃ」
そんなことを思いながら朝ごはんを食べる。
食べ終わったので2階に上がり、服を着替える。なんとなく、花柄のワンピースにした。このワンピースは、おばあちゃんに買ってもらったものだった。色々と準備し終えたので家を出る。おばあちゃんの入院している病院はバスで20分程のところにある。この街で1番大きい病院だ。

バス停まで5分程歩く。
バス停でバスを待っていると、同じクラスの女の子が目に入った。私は気づかれないように下を向く。通り過ぎていき、私はホッとした。そうこうしているうちにバスが来た。
バスに乗り、1番後ろから1つ手前の席に座った。病院まではあと15分ほどかかるので音楽を聞こうとカバンからスマホとイヤフォンを取り出す。
スマホにイヤフォンを差し込み音楽を流す。
音楽を聴いていると、病院が見えてきた。私は音楽を止め、イヤフォンをカバンにしまった。スマホを片手に握りしめ、バスを降りる。
病院に入り、受付をする。おばあちゃんの病室は701号室だ。エレベーターを使い、あっという間に7階に着く。
「あった」
おばあちゃんの名前 蓮見 かよ子 という名前を病室の扉の前で見つけた。私は扉に手を置き、扉を横に引いた。扉を開けた瞬間、おばあちゃんはこちらを見た。おばあちゃんはにっこりと笑い手招きした。
「よく来てくれたね。ありがとう」
おばあちゃんはそう言うとお菓子を出してくれた。私はおばあちゃんに学校や家でのことをゆっくりと話す。…笑顔で
おばあちゃんは、私の顔をじっと見つめている。私なにかおかしいかな? そう思っておばあちゃんに
「どうかしたの?」
と声をかけた。
「なんでもないよ」
おばあちゃんは笑顔で返してくれた。
「もうすぐお昼だから帰りな」
私は頷き、帰ることにした。
「家でゆっくり休みな」
「ありがとう、また来るね」
そう言って病室をでた。
エレベーターで下り、病院の外へ出た。外は少し曇っていた。


家に着き、お昼ご飯を食べる。冷蔵庫を開けると、昨日の残り物のカレーがあったのでそれを食べる。食べ終わり、部屋にこもる。
「私って失敗作なのかな…」
おばあちゃんの前でも笑顔を作り、友達の前でも親の前でも作った笑顔を貼り付けている。
「もう、生きている心地がしないや…」
私は少し寝ることにした。



目が覚めると、窓の向こうは暗くなっていた。
「もうこんな時間か…」
階段をおりると母が帰っていた。
「おかえり」
「ただいま。花は?」
「知らない」
「そう」
私はソファに座り、テレビをつけた。なにも面白い番組がなかったので、ニュースを見ることにした。
「今年はふたご座流星群が出現します。ふたご座流星群は、ふたご座α星付近を放射点として出現する流星群で…」
「興味ないや」
私はテレビの電源を切り、夕食を作っている母の手伝いをしようと立ち上がる。
クラッ…
私はその場にうずくまる。母は気づいていない。 少し座っていればすぐに治った。
私は、ゆっくりと立ち上がる。そして、何事も無かったかのようにお母さんの手伝いを始める。
私は野菜を切るように頼まれた。
包丁を手に持ち、人参を切ろうとする。しかし、なぜだか包丁から目を離せない…
周囲を見渡し誰も居ないことを確かめる。
包丁を自分にゆっくりと自分に向ける。
そのとき、突然母が戻ってきた。私は急いで包丁を後ろに隠した。

夕食を作り終え、3人で無言で食べた。
「ごちそうさま」
そう言うと、私はお風呂に入り部屋に戻った。

私はカッターを取り出す。そしていつものように自分に傷をつける。いくつもの傷が私の心を表しているようだった。
「そろそろかな…」
私は傷を隠し、寝ることにした。


目が覚め、時計を見ると午前8時30分だった。私は急いで起き上がり制服に着替えた。ドタバタと階段を降りる音にテレビを見ていた花がびっくりした。
「何してんの?制服なんか着て」
「・・・」
私は呑気な花に少しイラッとした。
「今日、日曜日」
「えっ…」
私はスマホを開いて日付を確認する。確かに日曜日だった。
「・・・」
私は再び部屋に戻り、ベッドに倒れ込む。
「制服、脱がなきゃ」
私は起き上がろうとするも力が入らない。
なんだかもう
「どうでもいいや…」
私は制服のままベッドに寝っ転がる。天井を見つめ、ぼーっとする。 いつの間にか私は眠りについていた。
目が覚めた頃、時計は12時30分を指していた。
私はゆっくり起き上がり、制服から部屋着に着替えた。それから階段を降りた。リビングでは、母と花が先に お昼ご飯を食べていた。
私は自分のご飯を用意する。母と花はお昼ご飯を食べ終えたのだろう、立ち上がり母はソファに座ってテレビを見はじめ、花は階段をあがり部屋に入っていった。

私もお昼ご飯を食べ終わったので部屋に戻った。
「暇だなぁ」
時計を見ると、まだ12時40分
私は散歩することにした。
少し歩いていると、長い階段があった。
「初めてみた」
私は興味が湧き、登ってみることにした。
1番上までたどり着いた頃には、私の体力は限界だった。
「はぁ、はぁ」
私は両手を膝に置き下を向いて息を整える。
私は、ゆっくりと顔を上げる。そこには神社があった。2匹の狐が私を迎えている。ただの石像なのに、私は睨まれている感じがして恐怖を感じた。周辺の柵には絵馬が結ばれている。絵馬には、夢や恋愛祈願が沢山書かれていた。
「くだらな…」
私は階段を降りた。
家に着き、私はベッドに飛び込んだ。
「夢なんて…」
私には夢があった。医者になってみんなを助けることだった。しかし、私は真面目なだけで頭はそれほど良くないかった。なので、私は諦めざるを得なかった。
「どうせ勉強したって」
私はもう全てを諦めていた。
スマホを開き、ニュースを見る。
「まただ…」
最近は学生による自殺のニュースが多い。
「みんな楽になれたのかな?いいな…」
そんなことを思い、私は決心した。
「私も… 」



夜ご飯を食べ終えて、お風呂に入り部屋に入る。私は椅子に座ってから考える。
「学校でいいよね」
私なんてどうせ誰も興味無いから、いなくなっても困らないよね。


朝になり、学校に行く準備をする。玄関を勢いよく開け、
「いってきます」
「今までありがとう」ボソッ
私は走って学校に行った。
午前中は授業を受け、5時間目に決行する。
やっと午前中の授業が終わり、作戦決行にうつる。私は走って屋上に行く。有美にお弁当を一緒に 食べようと誘われたが、断った。もういなくなる人とお弁当を食べるなんて嫌だろうと思ったから。私は母が作ってくれたお弁当を食べる。
私は5時間目の授業が始まるのを待つ。寝っ転がってチャイムを待っているとスマホが鳴った。有美からのLINE だった。
「もうすぐ授業始まるよ〜」
私が教室にいないことを心配してくれたのだろう。
「ごめん。気分が悪いから保健室にいる。」
私は嘘をついた。
「え!?大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「そっか、お大事に!」
有美は優しいな。こんな私なんかにも最後まで優しくしてくれて …
チャイムが鳴り、立ち上がる。
周囲を見渡し、人がいないことを確認する。
「やっと 、楽になれる。こんな自分を捨てられる。」
私は屋上の柵をまたぎ靴を脱ぐ。
「はぁ、やっと楽になれる。」
フワッ 私は落ちていった…はずだった。
なぜか地面が遠い。腕になにかの感触がある。
私は勢いよく振り返る。
振り返ったそこには 同じクラスの颯が私の腕を掴んでいる。
「なんで…」
「バカっ、お前何してんだ」
突然怒鳴られ私は呆然とする。が、すぐにハッと我に返る。
「離してくれない?」
颯は黙って私の手を引き、柵をまたいで屋上の真ん中に2人で腰を下ろした。

「お前、何がしたいの?」
突然、颯が口を開いた。
「・・・」
私は答えなかった。
颯とは小学校の時から一緒で、家が近いということもあり、たまに遊ぶ仲だった。最近は全然話してもいなかった。

「どうしてここにいるの?今、授業中よ」
「お前だってそうだろ。俺はただ屋上で寝てたら授業が始まって教室に戻ろうとしたらどっかの誰さんが飛び降りようとしていたから止めただけだ。」
「 ・・・」
私が黙って立ち上がろうとすると颯が腕を掴んで言った。
「待て。話を聞くから1回座れよ。」
「いいよ。もういなくなる人の話なんて聞きたくないでしょ。」
「いや、お前は俺の大事な友達だ。」
「“ただの”友達じゃなくて?」
「“大事な”友達だ。いいから話してみろよ。少しでも気が楽になるかもだろ。」
鼻の奥がツンとした。“大事な”か…
私は少し嬉しくなり涙が溢れそうだった。
私は涙をこらえ、少しだけ話すことにした。
「私は、自分が大嫌いなの。人の前では愛想を振りまいて、猫をかぶって、偽物の笑顔を貼り付けて、もうどれが本当の自分か分からなくなった。そんな私を妹がバカにするようになった。お母さんも私と妹を比べる。もう、嫌なの。こんな自分も、花も、お母さんも大嫌いなの。」
私の目からは涙が出ていた。涙を袖で拭う。
「そっか、辛かったな。でも、もうひとつ隠してることがあるんじゃないか?」
私はドキリとした。
「腕を見せてみろ。」
私は腕を後ろにまわして颯に見えないように隠す。
「何も無いよ」
「嘘つけ、顔に書いてあんぞ」
「そんなわけないよ」
「いいから見せてみろ」
颯が私に近づいてきた。私は立ち上がり、走って逃げる。後ろを颯が追ってくる。
屋上を3周ほどした頃私の体力は限界だった。
「はぁはぁ 、もう無理、疲れたよ」
「じゃあ見せてみろ」
颯が笑顔で近づいてくる。仕方なく私は袖をまくり包帯をとる。
「これはひでぇな。痛くねぇの?」
「なんでだろうね。痛みなんか全く感じない。」
「・・・まぁ、これ以上すんなよ。俺が傷つく。」
「……?」
「約束だかんな」
颯の言っている意味がわからず私は尋ねる。
「どういう意味?」
「お前が生きていたら今度教えてやるよ。」
「絶対だよ」


教室に戻った頃には5時間目が終わっていた。
私は残りの授業を受け、家に帰った。

「ただいま」
返事はない。リビングを覗くと母がソファの上で寝ていた。音を立てないように私は階段を上がり、部屋着に着替える。着替え終わり、夕食作りに取りかかる。昨日、母が買っておいたハンバーグの材料を取り出し手際よく作り始める。
作り終え、私は1人静かに食べる。
食べ終わってお風呂に入り、いつものように部屋にこもる。
「はぁー」
私はため息を着く。家でも学校でも楽しいことなんてひとつもない。やっぱり私は生きるのに
「向いてないんだ...」
私の手にはカッターが握られていた。
「ハハ・・・もう癖になってるや」
私は静かにカッターの刃を出し傷つける。
「ごめんね颯。約束、守れそうにないや」
今日も私は傷を作ってしまった。

朝が来た。
「朝なんて来なければいいのに...」
私は学校の準備をして家を出る。学校につき、私は屋上に向かった。
屋上から空を見上げると、青空がどこまでも広がっていた。雲が少しずつ動いている。
「私も雲に乗ってどこか遠くに行きたいな」
私は独り言をつぶやく。
ふと、後ろを振り返る。そこには颯が立っていた。
「おはよう」
「はよ」
「全然気づかなかった。いつからいたの?」
私は独り言を聞かれていないか、心配になり尋ねる。
「どこか遠くに行きたいな。っていうところから」
「ふーん」
私はその場に腰を下ろす。隣に颯が並んで座る。
「もうすぐ授業始まるけど、行かなくていいのか?」
突然颯が尋ねてきた。
「もう、どうでもよくなっちゃった」
私が授業出なかったところで誰も困らないし、気づかないと思う。」
「あっそ」
「颯から聞いて来といてなんなの」
私は少し怒った顔をして颯に見せる。その顔を見て颯は笑った。それにつられて私も笑う。
「久しぶりに見た。鈴の笑った顔」
「え?」
私今、笑えてた?全然自覚がなかった。
でも、颯といるとなんだか楽しい。
「颯は授業出なくていいの?」
「俺はいいんだよ」
「ふーん」
「このまま、どこか行くか?どうせもう授業に出る気ないんだろ」
え。行ってもいいのかな。私が迷っていると颯が
「ハッキリしろよ。行くの?行かねぇの?」
「行く!」
私は大きな声で答えた。
「声でけぇよ」
颯が笑う。ああ、私今、生きてるって感じする。
校門を出て私は尋ねる。
「どこに行くの?」
「さぁな」
「え、決めてないの?」
「黙ってついてこい。」
私は仕方なく黙ってついて行くことにした。
着いた場所は
「水族館?」
「なんか文句あんのか?」
「いや、水族館なんて思ってなかったから。」
私が水族館に行ったのは、確か小学2年生くらいの時だった。その頃はまだ家族全員仲が良かった。
「久しぶりだな。水族館」
「へぇ〜、そうなのか。」
私たちは中に入り、たくさんの魚を見た。
「見て!颯、このクラゲ可愛い」
「そうですね〜。」
「おい鈴!あっち行くぞ!」
「え?どこ... ウワッ」
颯が私の手を引いてどこかに向かう。
「イルカショーだ」
私たちは1番前の椅子に座った。イルカショーが始まり、イルカが大きく飛ぶ。その勢いで水が飛んできた。私と颯はびしょびしょになった。私たちは声を上げて笑った。
「いゃー、災難だったな。」
「まぁでも、楽しかったな〜」
「そうか、なら良かった。」
スマホを開き時間を確認する。3時30分になっていた。もうすぐ学校も終わる頃ということで、私たちは家に帰ることにした。
「なぁ、いつから笑えなくなったん?」
颯が突然尋ねてきた。
「いつからだろうね」
「わかんねぇの?」
「うん。でも多分高校に入ってからだったと思う。」
「ふぅーん、そっか〜。あ、昨日は約束守ったんだろうな?」
「なんの?」
「ほら、これだよ」
颯が私の腕を掴んで私の方に見せてきた。
「え、あ〜。守ったよ。」
「フンッ、嘘だな。」
やっぱり颯には敵わない。昔からそうだった。私の嘘を颯はすぐに見抜く。颯は自慢げに八重歯を出して笑っている。これは、颯の昔からの癖だ。嘘を見抜くと必ず八重歯を出して笑ってみせる。
「変わってないな」ボソッ
「なんか言ったか?」
「なにも」
私たちが話している間にあっという間に家に着いた。
「じゃあな」
「ばいばい」
私は家に入った。その瞬間怒鳴り声がこちらに向かって降ってきた。
「あんたなにやってたの!学校から連絡あったわよ。学校に来てないって!」
「・・・」
私は何も言えなかった。
「なにやってたのって聞いてんでしょうが!」
母が私の胸ぐらを掴んだ。
「・・・」
それでも私は答えなかった。
“バチンッ”
突然音が鳴り響いた。理解するのに数秒はかかった。あぁ、私ぶたれたんだ。
私は母の手を振り払い扉を開けて外に出る。
「あんたなんか母親じゃない!」
言ってしまった。でも私はなぜかスッキリしていた。
「待ちなさい!」
母がなにか言っていたが私は無視して走り出す。近くの公園まで走り、ブランコに乗る。母は追ってくるはずがない。母は花にしか興味が無いのだから。
「はぁ」
私は意味もなくため息をついた。
「これからどうしよう」
私は行くあてもなく公園のブランコに座っていた。気がつくと1時間ほど経っていた。仕方が無いので私は夜の街を歩いてみることにした。
「すごい」
初めて来た私は驚愕した。見たことのない街が視界いっぱいに広がっている。夜なのに昼間のように明るく、人がたくさんいる。
私は学生だということがバレないように髪をほどいた。たくさんのお店が並んでいる中、私は小さな喫茶店に入ることにした。
私はクリームソーダを頼んだ。スマホを開きLINEを見る。誰からの連絡もない。母からも妹からも誰からも連絡はない。私は“いらない子”なんだね。クリームソーダを飲み終え、喫茶店を出る。仕方が無いので公園過ごすことにした。今は秋なのでそれほど寒くはない。私はベンチに横たわり目を瞑った。
誰かに声をかけられ目が覚めた。私は起き上がり目をこする。ここはどこだっけ?なんてことを考えていると全てを思い出した。私は昨日母と喧嘩をして家に帰らなかったことを。
「おい、大丈夫か?」
見たことある顔が目の前にある。
「…颯?」
「おう。こんなとこで何してんだ?」
「あ・・・えっと」
「言いたくなかったら別にいいけど」
「いや、昨日あの後帰ってからお母さんと喧嘩しちゃって…」
「それでこんなとこで一晩過ごしたん?お前すげぇな」
颯は笑っている。その顔を見ていると少し落ち着いてきた。
「私お母さんに“あんたなんか母親じゃない”って言っちゃったんだ」
「それ、後悔してんの?言ったこと」
「それが、逆にスッキリして後悔なんかないんだよね」
「じゃあいいじゃん。言いたいことは言っておけよ」
「うん...」
「今日は学校行くのか?」
「さすがに今日は行こうと思う。でも、もう授業とかどうでも良くなっちゃって」
「ハハッ 暇んなったら屋上行けばいいじゃん」
「そうだね」
私たちは一緒に学校に行くことにした。
学校について教室に入る。椅子に座り外をながめていると、私を見つけたらしい有美が走ってやってきた。
「昨日なにかあったの?」
やっぱり聞かれた。
「ううん、少し体調が悪かっただけだよ」
私は今、笑顔?
「心配してくれてありがとうね」
私と有美は授業が始まるまで話し続けた。
授業が始まり暇になる。私は外を見ていた。
暇だなー。屋上に行こうかな。なんてことを考えていると、斜め後ろの席からなにか紙が飛んできた。
“屋上集合”
斜め後ろの席は颯だ。私は少し嬉しくなった。
あれ?私なんで嬉しがってんだろう?そんなことを考えていると授業が終わった。
私は走って屋上に向かう。なんだか足が軽い。
屋上に繋がる扉を開ける。眩しい光が私を照らす。扉を開けたその向こうには颯が立っていた。
「おせぇぞ」
「授業中に抜け出すのはルール違反だよ」
「そんなことねぇよ」
2人で向かい合い笑う。この時間が続けばいいのに。 この気持ちってもしかして・・・“恋”?
「呼び出した要件は?」
「特にねぇよ」
「あっそ。そんなことだろうとは思ったけど」
「お前、口悪くなってねぇか?」
「ソンナコトナイヨ」
「おい、カタコトだぞ」
私たちは一緒に大笑いした。
「なぁ、親に言いたいことないのか?」
「...?例えば?」
「こういう所を直して欲しいとか、もっとかまって欲しいとか」
「あぁ〜まぁあるにはあるね」
「じゃあさ、お前の本音をぶつけてやれよ。言いたいこと言ってやれよ。自分の中にため込むな、全部吐き出せ」
「出来たらいいのにね。私にとっては難しいことなんだよね...」
「じゃあミッションな」
「お前が親に言いたいことを言ったら俺もお前に言いたいことを言う。」
「何それ。私に言いたいことがあるなら今言えばいいじゃん。」
「それじゃあ面白くねぇじゃん」
「それもそうだね。じゃあ、頑張ってみようかな」
「おう!」
颯が満足気に笑う。
私たちは今日も学校を抜け出した。
今日はゲームセンターに行くことにした。お母さんにまた怒られると思ったけれど授業に出る気にもならなかったし、颯といる方が楽しいから良しとする。
ゲームセンターに着き、クレーンゲームをする。私はクマのぬいぐるみを見つけ、お金を入れる。何度やっても取れない。そこに颯がやってきた。
「それ欲しいん?」
「うん。可愛い」
「代わって」
「え?うん...」
颯が慣れた手つきでぬいぐるみをとる。
「これやる」
「え...いいの?」
「おう」
「ありがとう!」
颯は私のために取ってくれたのだと理解した。それから私たちはメダルゲームやゲームセンターを出てカラオケに行った。カラオケでは颯の歌を聴いた。以外に上手くて驚いた。
4時になり、それぞれ家に帰る。私は覚悟を決めた。 家の扉を開ける。
「またどこに行ってたの!」
やっぱり怒鳴り声が飛んできた。
「・・・」
私は何も答えない。
「なにか行きたくない理由があるの?」
怒った声で母が尋ねる。
「死のうとした。」
「え?」
母は驚いた顔をして私を見ている。
「屋上から飛び降りようとした。花と比べられるのが嫌だった。ハッキリしない自分が嫌になった。偽物の笑顔を張りつけて、愛想振りまいてそれでも花と比べられた。お母さん、私はいらない子?」
言いたいことは全部言った。母はまだ凍りついているように動かない。目だけがこちらを向いている。すると突然母の口が開いた。
「ごめん」
「・・・?」
なんに対してのごめんなの?花と比べたこと?
私のこと、本当はいらなくてのごめん?
私が考えていると母の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ごめんね。比べているつもりはなかったの。鈴のことを傷つけて自殺にまで追いやった私は母親失格ね...ごめんなさい」
私は言葉を失った。私は母が泣いているのを初めて見た。泣かせてしまった・・・
「私の方こそごめんなさい。ひどいこと言ってごめんなさい。迷惑かけてごめんなさい。お母さんが産んでくれた命を無駄にしようとしてごめんなさい...」
私たちは2人で抱きしめ合い泣いた。そこに花が帰ってきた。
「ただいまぁー。え?何してんの?」
「おかえり」
私と母の声が重なった。
「ちょっと色々あってね」
母が言うとなぜか花はすぐに納得した。頭の良い人はなんでも分かるのか、なんてことを思っていると花が私に問いかけてきた。
「その腕のこともお母さんに話したの?」
「え?」
母が不思議そうに私を見つける。
やっぱり花はすごいな。私と比べるのは当たり前なのかも...
「えっと、」
私は腕の包帯を取り、自分でつけた傷を見せる。
「あ・・・」
母は再び凍ってしまった。
「ごめんね」
そしてまた謝り、泣き始めた。
「お母さん、顔を上げて。大丈夫だから」
花はいつの間にかどこかに行っていた。
2人で話せということか。
「お母さん、ありがとう」
「え?なにが?」
「産んでくれて“ありがとう”」
私たちは再び1からスタートすることにした。
もちろん3人で


私はすぐに颯にLINEをした。屋上で出会った日に交換をした。今回が初めてのLINEとなる。
「言えたよ」私はたった4文字を送るだけなのに少し戸惑ったが、思い切って送信ボタンを押した。少しすると既読がついた。
「やったじゃん」
そう返事が帰ってきた。するとすぐに
「次は俺の番だな」
あぁ、そうだった。
「今から公園に集合!」
...! 私は走って公園に行った。颯はもうすでに公園のベンチに座っていた。
「よう!」
私に気づいた颯は手招きして私を呼ぶ。
「言いたいことって何?」
「まぁ、座れよ」
私は頷きベンチに座った。
「よく言えたな。スッキリしたか?」
「うん。颯が背中を押してくれたおかげでね。ありがとう」
「いいよ。別に俺は何もしてない」
颯が照れくさそうに顔を背ける。
「で?言いたいことは?」
「あぁ、えっと・・・」
颯がなぜか立ち上がる。そんな颯を私は黙って見つめる。颯が深呼吸をする。そしてついに颯が口を開いた。
「俺と付き合ってください!」
私は涙が出た。さっき泣いたから涙もろくなっていた。
「え、嫌だったか?ごめん」
「ううん、違うの。嬉しくて」
「え?じゃあ」
「よろしくお願いします」
「っしゃあ」
颯がガッツポーズをする。それがなんだか小学生に見えて1人で吹き出す。
「何笑ってんだよ」
「なんでも〜」
突然唇に何かが触れた。私はすぐに理解した。
「今日はもう解散な」
颯が顔を真っ赤にして言った。
「じゃあ、バイバイ」
颯は私を家まで送ってくれた。
私は自分の居場所を見つけることが出来た。
ありがとう、颯。

私はいつまでもこの時を忘れない。
青春の思い出も
初恋の味も



少しだけ息がしやすくなった気がした。