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ICカードに往復分のお金をチャージして、やってきた上りの快速電車に乗る。
車内は案外空いていて、わたしたちは扉近くの席に向かい合って座った。
電車が動きだし、窓の外を景色が流れていくと、わたしは思わずそれをじっと見つめた。このまま乗っていれば、二時間後には、本当に着いているのだろうか。なんだかまだ実感が湧かなくて、足元がふわふわする。
それぐらい、その場所はわたしにとって遠かった。十年間、ずっと。
「そういえば」
「へ」
感傷に浸っていたわたしの耳に、卓くんの声が流れ込んできて、はっと我に返る。
「この前、土屋に言われたよ。今日のこと」
続いた言葉に、わたしは窓から視線を外し、卓くんのほうを見た。
「……かんちゃん? なんて?」
「七海のこと、よろしくって」
ちょっとびくびくしながら訊ねたわたしに、卓くんは穏やかな笑顔のまま、
「あいつすぐ無理するから、ちゃんと気をつけてやってって。そう言ってた」
わたしは咄嗟に、なにを言えばいいのかわからなかった。
ただ目の奥が熱くなって、振り払うように、また窓の外へ視線を飛ばす。そうして、「……そっか」と小さく呟いた。
なんだかすごく泣きたくなったけれど、さすがにそれは駄目だと思ったから、頬の内側を噛んで堪えた。
卓くんの前では、泣いちゃ駄目だ。柚島に行きたいというわたしのわがままを聞いてくれて、反対するお母さんたちが許してくれるまで、何度もわたしの家に来て、いっしょに話をしてくれた彼の前では、ぜったいに。
「七海と土屋って」
そんなわたしの葛藤には気づかず、卓くんはやわらかな口調で続ける。
「保育園の頃からの付き合いって言ってたよね」
「うん」
かんちゃんの話をするその声に棘はない。卓くんとかんちゃんはあまり仲が良くないように見えていたけれど、もしかして今はもう仲良くなったのだろうか。そんなことをぼんやり考えながら、わたしは相槌を打つと、
「もう十年になるかな」
「すごいなあ」
卓くんは純粋に感心したような、さらっとした調子で呟いて、
「俺、そういう付き合いの長い友達っていないから。なんかうらやましい。十年もいっしょにいれる友達ってなかなかいないよね」
「……うん。わたしも」
うらやましい、と言った卓くんの口調には少しの粘っこさもなく、どこまでもあっけらかんとしていた。だからわたしも、自然にこぼれた笑みといっしょに、素直な言葉を返していた。
「かんちゃんがいてくれて、ほんとによかったと思う」
なんの迷いもなく、心の底からそう言えたことが、うれしかった。
そしてそう言えるようになったのはきっと、今隣にいてくれる卓くんのおかげだ。
少し前までのわたしなら、きっと無理だった。十年前、かんちゃんに置いていかれたと泣いていた、あのお泊り保育の日の朝に。心の一部をずっと置きっぱなしにしていた、あの頃のわたしだったら、きっと。