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「ね、ね、かんちゃん聞いた? 来月の校外学習の行き先、柚島なんだって!」
小学五年生の夏だった。
お泊り保育で行けなかったその場所に、ふたたび行ける機会がめぐってきた。
その日担任の先生にそれを聞いてから、わたしの胸ははちきれそうなぐらいに膨らんでいた。早くかんちゃんとこの話をしたくて、待ちきれなかった。
六年前、行けなくて大泣きした場所。そしてかんちゃんが、いっしょに行こうと約束してくれた場所。
六年間、わたしは一度も忘れたことなんてなかった。わたしにとって、その場所は圧倒的に特別だった。そして、かんちゃんにとっても。――そうなのだと、思い込んでいた。
だから。
「びっくりしちゃった。柚島、こんなに早く行けるなんて思わなかったよね。ね、かんちゃん、柚島に行ったらね、わたしと――」
「え、なに」
かんちゃんもいっしょに、喜んでくれると思っていた。
「七海、まさか行く気?」
「え」
「無理だろ、七海は。ずっと外で活動するっぽいし、フィールドワークとかもあるらしいし。そもそも遠いし、おばさんたぶん、行っていいなんて言わないよ。行ったら七海、ぜったい体調崩すし」
ぴくりとも表情を動かすことなく、かんちゃんは平坦な声で返した。なに言ってるんだろうこいつ、みたいな顔で、ごく当たり前のことを告げるように。
それだけ言うと手元のプリントに視線を落としたかんちゃんの顔を、わたしはしばし固まったように見つめた。
言葉の意味は、一拍遅れて胸に染み入ってきた。
同時に、膨らんでいた胸を針で刺されたみたいに、いっきに萎んでいく。喉の奥のほうが熱くなって、つかの間、息ができなくなった。
目の前が真っ暗になるという経験をしたのは、それが二度目だった。
ショックだったのは、かんちゃんに、行けないと告げられたことではなくて。
かんちゃんが信じていないということに、気づいてしまったからだ。
かんちゃんは、わたしが柚島へ行けるなんて、みじんも思っていない。
それはたぶん、今度の校外学習だけの話ではなくて、この先もずっと。かんちゃんは、『七海には無理』だと言うのだろう。
聞いたわけでもないのに、なぜかはっきりと確信できた。それぐらい、さっきのかんちゃんの言い方には迷いがなかった。だからきっと、いつかいっしょに行こう、というあの約束も、かんちゃんの中では、果たされるはずがないものになっている。
……いや、違う。
たぶん最初から、約束ですらなかったんだ。
お泊まり保育に行けなかったわたしを慰めるために、かんちゃんがなんとはなしに口にしただけの、なんの重みもないただその場限りの言葉を、わたしが勝手に特別視していただけで。それをいつまでも大事に抱きしめていたのは、わたしだけだった。
――だって、かんちゃんは、忘れていた。
七海には無理だとためらいなく言い切った彼の頭に、約束のことなんて一瞬も過ぎりはしなかった。あの瞬間、それがどうしようもなく、わかってしまったから。
だから、あの日。
かんちゃんに無理だと言われたのは、柚島行きじゃなくて、わたしといっしょに歩くことのように思えたんだ。