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 駅に着いたのは約束の時間の十分も前だったけれど、卓くんはすでに待っていた。
 わたしが彼を見つけて手を振ると、卓くんも笑顔で片手を挙げる。そうしてすっと壁から離れ、こちらへ歩いてきた。
「七海、おはよ」
「おはよう、卓くん!」
 卓くんはグレーのチノパンに無地の白いTシャツを着て、ネイビーのシャツを羽織っていた。落ち着いたその服装は卓くんによく似合っていて、見慣れた制服姿よりずっと大人っぽい。
 付き合いはじめて三ヵ月が経って、今更私服姿がめずらしいなんてこともないけれど、それでもまだ、休日に会うたびドキドキする。今日はとくに鼓動が速く感じるのは、気分が高揚しているせいだろうか。

 なんといっても、今日ははじめての遠出デートだから。
 砂浜を歩いたりすると思って、わたしはショートパンツにスニーカーで来てしまったけれど、卓くんの横に並ぶと子どもっぽい感じがする。大丈夫かな、やっぱりスカートとブーツにすればよかったかな、なんて今更ちょっと後悔していたら、
「体調はなんともない?」
 わたしの顔を見るなり、卓くんが心配そうに訊いてきた。だからわたしは力いっぱいの笑顔で、「うん!」と大きく頷いてみせる。
「なんともないよ、めちゃくちゃ元気!」
 昨日の夜眠りにつく直前まで不安だったけれど、朝目覚めたとき、身体はこれ以上なく軽かった。なんのだるさも違和感もない。念のため計った体温も平熱で、それを見たとき、わたしは思わずその場にしゃがみこんでしまうぐらい、安堵した。
 ――これなら、行ける。十年前行けなかった、あの場所に。

「よかった」とわたしの返事に卓くんも頬をゆるませる。
 だけどすぐに真剣な口調で、「でも」と続けた。
「ちょっとでもなんかあったら、すぐに言ってね」
「うん、わかってる」
 ぜったいに無理はしない。卓くんともお母さんとも、何度も約束したこと。