ラスト・オブ・ スクールウォー

 どこから歯車が狂い始めたのか......?
 掘ったばかりの地下壕で空爆に耐え、塹壕のぬかるみは踝まで達する中侵略者を撃つ。食糧や砲弾は常に不足しており、戦友を弔うことすらままならない。
 我々少年が抵抗するほど戦況は逼迫しているが、政府はこちらを援護できないほどまで疲弊している。我々が投降すれば、皆殺しにされることは確実であろう。

 なぜこうなったのだ?あの日、あの月、あの年までは何不自由ない生活を送れていたはずなのに。
 20xx年、日本のごく近くで戦争が始まった。これに対して日本は米国の補給基地となることが決定。在日米軍基地からの米軍の発進も相次いだ。
 テレビ番組も戦争一色に染まった。

「昨夜未明、米軍5個師団が沖縄から発進。それに対して、敵国政府は沖縄の空爆も示唆するような会見を———」

 そんなこんなで第三次世界大戦が始まり、日本も必然的に巻き込まれることとなった。検討使は失脚しており、誕生した行動派の首相によって「総動員」が施行。日本人かつ22歳以上の者で、免除規定に触れないものは徴兵された。
 これはマスメディアでも連日放送され、新聞も一面にでかでかと免除規定や申請先などを掲載した。

「身長150cm以下、国公立学校の教師、官僚などの公務員を除く22歳以上の全日本国民が臨時に際して徴兵されることが決定しました———」

 しかし、本土に乗り込んで来た敵軍を前に新兵は悉く敗走。政府は殆どの免除規定を撤廃。かつ、年齢も18歳以上に引き下げた。これにより、政府中枢以外が総動員となった。

「選挙権を持つ全日本国民に対しての徴兵を求める、総動員改定案が首相全権と日米安保理により可決されました」

 徴兵を逃れたのは少年ばかりだったが、彼らも年下の子供の世話をすることが規定された。これには一部で反発があったため、必要人数の少年少女のみが孤児院勤務となった。
 そんな中、危機感を感じた少年の一部は各地で学校を要塞化しようとするが、前線から近すぎて完成しない、前線から遠すぎて危機感が足りないなどの影響で多くが頓挫した。

 だがしかし、俺は侵略者に抵抗するために、失敗事例を参考にしつつ、学校を要塞化し始めたのだが......
 俺は2ヶ月前から独りで暮らしていた家を出る。家を出るのはいつぶりだろうか。政府のドローンで食糧は配給されていたため、多分3ヶ月近く家から出ていなかっただろう。

「うっ...」
 家から一歩出た途端、眩しい光に包まれたように感じた。当然そんなわけもなく、太陽の光を久々に浴びただけなのだが。
 そして、更に驚いたことがあった。全然歩けなくなっている。これが自然ともいえるが、引きこもっていると体力は落ちるのだった。こんな状態では自転車なんて乗れたものではなく、電車も列車砲に改装されており運行はないため、仕方なく徒歩30分かけて学校に向かった。

 体力不足に苛まれながら学校に着いた頃には、もう俺は疲れ果てていた。学校には俺の他、家での孤独を拒んだ幾人かの生徒が寝泊まりしているようで、意外にも外見には廃校感は少なかった。これは大掃除からを覚悟していた俺にとって少しばかり嬉しい知らせであった。

 学校に東門から入った俺は、とりあえず自分の通っていた教室を目指した。東門から入ると左右逆L字状に鉄コン建の新校舎があるが、その奥にある旧校舎に俺の通っていた2C教室はある。尚、コの字になっているわけではなく、縦棒の延長線上に旧校舎が存在する。

 2C教室に向かう最中に迷ったりはしたものの、なんとか20分かけて教室に到着した。そこでスマホを取り出して充電を始めたところで気づく。

  「そういや、誰も呼んでなかった」

 俺はつい口に出して言ってしまったが、作戦の最初にして重大な欠陥はそれだった。

 スマホを充電器に挿したということは、スマホの充電が残り少ないということだ。少なくとも、俺の場合そうである。その状況下、スマホ最後の充電を振り絞って学年LINEで学校へと全員を招聘した。
 ちょうど学年LINEとクラスLINEに学校の要塞化と招聘を伝え終わったところで、スマホが白い林檎のマークを映し出した。これは招聘が間に合ったのが本当に奇跡ともいえるだろう、と思い、漕ぎ出し順調を感じた。

 それから10分も経っていない時に、最初の到着者が現れた。彼は教室で堂々と構えていた俺を一瞥してから、校内を周りに行った。彼らしいといえば彼らしい。
 彼——沢城 邦雄——は、基本的にどこかクラスから浮いているが、彼の剣呑な雰囲気に呑まれるためか問題は起きていない、所謂孤独主義モンロー主義と言うタイプの奴だった。俺はあいつが得意ではないが、苦手とも思わない。
 ......と、俺には人を一人一人分析しようとする癖がある。正気を取り戻すと、俺はまた要塞化の作戦を考え始めた。

 (基本的小銃は——射撃部倉庫から接収するか)
 (ただ弾薬の枯渇は苦しいだろうな)
 (中距離用として弓道部の和弓を接収するのもありか?)
 (いっそ日本の抜刀隊みたく薙刀を使うのも...ダメか)
 (そもそも制空権は絶対取れないよな)
 (つまり空爆はある、まあ地下壕暮らしだな)
 (食糧事情はどうする?絶対足りないぞ)

 そんなことを10分ばかり考えており、教室内にもちらほらと人が見えるようになった時、ガラガラと音を立てて教室の後方ドアが開いた。誰か、と警戒しつつ振り向くと、東條 天音さんが立っていた。
 「どうしたの?急に学校を要塞化するとか言いだして」
 開口一番、このクラスきっての常識人の東條さんはこんな戦時中にあっても常識人なのは認識でき、少し安心する俺がいたのは秘密だ。

 「いや、他の学校でもしてるって聞いて」
 と当たり障りない答えを出す。決して孤独に飽きたとは言えない。いや、それも理由の一つでしかないのだけれども。
 「てか、それだとしたら戦略とか考えてんの?」
 「もちろん」
 と勢いで答えてしまったが、これは完全なるハッタリだ。基本的に男子は女子に対して見栄を張りたがるが、俺もその一例だ。
 「じゃあ具体的にどうするの?」
 まあそうなるわな、という質問を投げかけられた俺は、辛うじて不自然に聞こえない(であってくれ)くらい落ち着いて返そうと努める。
 「いや、そ、それはあくまで民主的に話し合って、ててて、そ、そんで軍備とか、だっ、誰が担当か、っとか......」
 「つまり何も決まってない、と。」

 図星である。

 「まあ、私も手伝うよ。家に独りでいてもどうせ敵軍に殺されるだけだしね」
 と、東條さんは意外な言葉を続けた。てっきり断られると思っていたのだが。そして、さらに
 「なんなら、作戦なんかも一緒に立てる?」
 と続ける。こんな好機を逃すわけなく、俺は考えるより先に頸が上下に動いていた。
 「それじゃ、まずは問題点挙げてこ」
 それにしても頸を縦に3回も降り終わらないうちに作戦会議を始めるとは思っていない俺は、少々動揺したものの表には出さず、東條さんの出した問いに応える。
 「まず、敵軍の侵攻だろ。今はまだ岡山攻略の途中らしいが、じきにここまで来る」
 「確かにね。あとは———物資とか?」
 「え?」
 まさか物資面を突っ込まれるとは思わなかった。自分の見込みの甘さがここから姿を表してくることとなる。
 「当たり前じゃん。購買や食堂の備蓄分だけじゃ食糧も足りないし、衛生用品なんかも保健室とかの備蓄分しかないよ」
 「そりゃそうだ」
 昔から軍隊なんかでは兵站、つまり食糧や生活必需品の輸送が重視されてきたのだ。それは今の俺たちも変わりない。そんな簡単なことも考えてこない、自分の甘い考え方が恥ずかしくなってくる。だが、そんな俺のことを放って東條さんは問題を列挙し続ける。

 「それで、これはどうしようもないけど人的資源は絶対足りないよねー」
 「あと、インフラも問題。自動発電所が攻略されたら電力がほぼほぼなくなる」
 「そっから、指揮統制。要するに、ここの人がいくら三条君の話を聞くか、それに従うか、ってこと」
 「それにさ、———」

 かれこれ10分間くらい列挙し続けたあと、東條さんはふぅ、と息を吐いた。一拍置いて、俺が思ったことを言う。
 「とりあえず、このままじゃ立て篭もりは失敗するってことは分かった。でも」

 と前置きしてから、俺はなんとか言葉を紡ぐ。

 「東條さんの力を借りたい」

 これが正しいのかは分からないが、俺が暫く前から想いを寄せていた人への言葉としては、これで充分だったと思う。

 「手伝うって言ってるじゃん」

 そう笑いながら言う東條さんを見て、俺はなんとなくで始めた防衛作戦の覚悟を決めた。


  ———最期までここを護り切る。———

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