そして僕は彼女に連れられ、近くのコスメ店に寄った。
入店した瞬間、ふわっと浮くような、それともビリビリと体が震えたような。
この感覚がなんとも言えなくて、僕を虜にする。
キラキラと輝く店内に、色鮮やかな商品たちが並んで、僕を肯定して迎え入れてくれる。
「さぁ、買うぞっ」
隣に目をやると、僕と身長差がある彼女が見上げるようにしてこちらを見ている。
思わず息を呑んだ。
濁りのない、黒く、宝石のような瞳に吸い込まれそうになる。
こんな瞳に、僕はなれるだろうか。
目の前の彼女は、首をこてんと傾げ、僕の目をじっと見つめていた。
だから僕は、気になっていたことを聞こうとした。
「ねぇ、どうして____」
“僕を気にかけるの”
その言葉を遮ったのは彼女の声だった。
「あ!あっちにいいの置いてあるよ!」
いつの間にか彼女の瞳には店に並ぶ商品にしか映ってていないようだった。
僕はなんともいえない感情になった。
もう一度聞こうか、うじうじ考えていると隣にいた彼女は1歩踏み出し、僕にも着いてくるようにと目で合図を出した。
考え事をしていた僕は反応が遅れた。
急いで彼女についてこうと、同じように1歩踏み出そうとする。
けれど彼女は、僕のことが待てなかったのか、僕の手を引いて早歩きで前に進んだ。
「早く見よ!」
「っ?!」
突然のことに驚き、僕は躓きそうになる。
そんな僕を見て彼女は意地悪をした子供のように笑ってみせた。
「一ノ瀬は、僕を引っ張るのが好きなのか?」
「たまたまだよ、ていうか赤崎がぼーっとしてるから悪いんじゃん!」
本日2回目、一ノ瀬に引っ張られた。
僕はつい呆れ顔をしてしまう。
けれど彼女はそんなことは気にしないようだった。
握られた彼女の手は僕より小さくて暖かい。
「おぉこれいいんじゃない?」
彼女が指さしたのは、ラメが特徴の淡いピンク色のリップ。
それを手に取って僕の唇へと近づける。
「.........」
「ん〜、こっちかなぁ?」
ボソボソと呟きながら新しいリップを手に取る。
僕は恥ずかしいというかなんというか。
女子にリップ選びをされている、その現実を目の当たりにして、自分が情けなく感じてくる。
でも、当の本人をみると、真剣にかつ楽しそうに選んでくれているから何も言えなかった。
そのまま僕は直立して数分後。
やっとお気に召したのか、最初に手に取った淡いピンク色のリップを僕の手のひらに置いた。
「これ、どう?赤崎に似合うと思うんだけど」
そう言う彼女は何処か照れくさそうにしていた。
僕は目線を彼女から外して、手の中にある魔法のような小物を見る。
“可愛い”
そう思った。
金箔のラメが小さく輝いて、その背景には優しく、包み込むような淡いピンク色。
僕はその時、ラメのように瞳がキラキラと輝いていたと思う。
「それはいいっていう表情だね」
彼女の声に気づいて顔を上げる。
そこにはリップを愛おしそうに見つめる彼女が立っていた。
彼女もこのリップが気に入ったのだろうか?
僕が何も言えずにいると僕の手からリップが取られ、彼女の手の中にしまわれた。
「え?」
僕は驚きのあまり間抜けな声を出してしまった。
先程まで暖かみを感じていた手が徐々に冷えていく。
どうして僕から取り上げたのか。
正直、焦っていたと思う。
自分を拒絶されたみたいで、お前はここにいてはダメだ。そう言われているような感覚。穴に落ちていく感覚。
負という黒い感情が僕の心を覆った。
けれど彼女の言葉でその感情は払拭された。
「なんでそんな絶望みたいな顔なの?せっかく私が赤崎の分奢ってあげるって言ってるのに」
「お、奢る?」
「そう!私が誘ったんだからこれくらい買わせてね」
苦笑いの彼女は僕に背を向け、レジの方向へ向いた。
恥ずかしかった。
彼女は僕に似合うリップを選んでくれていたのに。
真剣に選んでくれたのは彼女だけなのに。
その善意を僕は疑ってしまった。
ある意味、彼女の言っていた絶望みたいな表情になった。
だけど、このままじゃ女の子にお金を払わすことになる。
どれだけのお金の額だろうと、自分のために使って欲しい。
「一ノ瀬、待って」
自分から出た声は思った以上に小さく、弱々しかった。
それでも彼女はこちらを振り向いてくれた。
「それ、僕が買うから一ノ瀬は自分の買ってよ」
「はぁ?やだよ、さっきも言ったけど誘ったのは私。私に払う義務があるの」
「それでも、女の子に払わせるなんて格好がつかないじゃないか」
「別にいいよつかなくて」
一向に折れてくれない彼女と奮闘していたところ、僕は1つの案を思い浮かんだ。
「じゃあ僕がもう1つ、リップ買うね」
「だから私が買うって!」
「違う、僕は一ノ瀬のリップを買うよ」
彼女はキョトンとして、何言ってんの、そんな顔で僕を見つめてきた。
「一ノ瀬にこれプレゼントするね、きっと似合うよ」
僕は固まった彼女を気にせずにもう1つ、淡いピンク色のリップを手に取った。
冷たい金属の部分が手に触れる。
「え、ちょっと」
今度は彼女が驚く番らしい。
そんな彼女の手を引いてレジへ足を進めた。
その間、彼女は何も言わないまま困惑の表情を見せた。
外に出ると、赤い夕日とオレンジ色を背景にカラスが飛んでいる。
僕達は近くの公園に寄って2人分くらいのサイズの椅子に腰を下ろした。
「はい、これ」
僕はカバンの中から1つの袋を出す。
彼女も僕と同じ動作でカバンの中から取りだした。
外に出てから彼女の顔は雲がかかったように浮かない顔をしていた。
少し強引過ぎただろうか。さっきのことは素直に反省しよう。
僕が脳内で反省会を開いていると彼女の口が開いた。
「どうして、買ってくれたの」
その答えを言う前に彼女の顔を見て疑った。
今にもその瞳に溜まった涙がこぼれそうな悲しい表情。
僕は一旦袋をカバンにしまい、ポケットの中にしまっていたハンカチを片手に彼女の目尻に当てた。
力加減が分からなくて彼女の口から「痛っ」と小さく零れる。
「ご、ごめん」
「...大丈夫、ありがとう」
彼女は僕の手を取って弱々しく握った。
そんな動作に僕はドギマギしながらもなるべく優しい声色で泣いた理由を尋ねた。
「ごめんっ、ごめん...」
けれど彼女は手を震わせて謝るばかりだった。
僕は目の前の彼女に何をしてあげれるのか、どうして謝られているのか分からず、手を握り返すことしかできない。
いつの間にかハンカチは僕と彼女の間に落ちていた。
ついには彼女の瞳から涙が溢れ出し、ハンカチにポタポタと灰色のシミがついていく。
「私のせいで、ごめん」
嗚咽と混ざるその声はぐしゃぐしゃになっていた。
だけど、どうしてだろう。
聞こえにくいはずなのに、その言葉は僕の耳にはっきり届いた。
「______死なせてしまってごめん」
彼女は確かにそう言った。
その後は解散となった。
解散というより彼女があの言葉の後に「帰る」といい家があるであろう方向に走っていった。
残された僕はゆっくりと歩きながら帰った。
歩きながら帰る途中、どうしても彼女の言葉が脳裏から離れなくて考え込んでしまった。
どういう意図があるのかは知らないし、僕には関係ないかもしれない。
けれど、“死なせてしまった”
この言葉はあまりにも不謹慎で不気味だった。
家に着いてもご飯を食べても、お風呂に入っていても脳裏から離れないのは彼女のことだけだった。
僕は明日の学校に行く準備のために鞄の中を整理した。
そこから出てきたのは1つの袋。
「そういえば渡せなかったな」
正直なところ、同じものを買っているのだから渡さなくてもいいと思った。
けれどそれ以上に、これを彼女に渡したかったい気持ちが大きかった。
自分の手で、プレゼントしたい。
僕は1度出した袋を再度鞄の中に、皺にならないようそっと入れた。
僕は倒れ込むようにしてベッドに潜る。
その瞬間、糸が切れたように僕の意識は微睡みの中へと落ちていった。
入店した瞬間、ふわっと浮くような、それともビリビリと体が震えたような。
この感覚がなんとも言えなくて、僕を虜にする。
キラキラと輝く店内に、色鮮やかな商品たちが並んで、僕を肯定して迎え入れてくれる。
「さぁ、買うぞっ」
隣に目をやると、僕と身長差がある彼女が見上げるようにしてこちらを見ている。
思わず息を呑んだ。
濁りのない、黒く、宝石のような瞳に吸い込まれそうになる。
こんな瞳に、僕はなれるだろうか。
目の前の彼女は、首をこてんと傾げ、僕の目をじっと見つめていた。
だから僕は、気になっていたことを聞こうとした。
「ねぇ、どうして____」
“僕を気にかけるの”
その言葉を遮ったのは彼女の声だった。
「あ!あっちにいいの置いてあるよ!」
いつの間にか彼女の瞳には店に並ぶ商品にしか映ってていないようだった。
僕はなんともいえない感情になった。
もう一度聞こうか、うじうじ考えていると隣にいた彼女は1歩踏み出し、僕にも着いてくるようにと目で合図を出した。
考え事をしていた僕は反応が遅れた。
急いで彼女についてこうと、同じように1歩踏み出そうとする。
けれど彼女は、僕のことが待てなかったのか、僕の手を引いて早歩きで前に進んだ。
「早く見よ!」
「っ?!」
突然のことに驚き、僕は躓きそうになる。
そんな僕を見て彼女は意地悪をした子供のように笑ってみせた。
「一ノ瀬は、僕を引っ張るのが好きなのか?」
「たまたまだよ、ていうか赤崎がぼーっとしてるから悪いんじゃん!」
本日2回目、一ノ瀬に引っ張られた。
僕はつい呆れ顔をしてしまう。
けれど彼女はそんなことは気にしないようだった。
握られた彼女の手は僕より小さくて暖かい。
「おぉこれいいんじゃない?」
彼女が指さしたのは、ラメが特徴の淡いピンク色のリップ。
それを手に取って僕の唇へと近づける。
「.........」
「ん〜、こっちかなぁ?」
ボソボソと呟きながら新しいリップを手に取る。
僕は恥ずかしいというかなんというか。
女子にリップ選びをされている、その現実を目の当たりにして、自分が情けなく感じてくる。
でも、当の本人をみると、真剣にかつ楽しそうに選んでくれているから何も言えなかった。
そのまま僕は直立して数分後。
やっとお気に召したのか、最初に手に取った淡いピンク色のリップを僕の手のひらに置いた。
「これ、どう?赤崎に似合うと思うんだけど」
そう言う彼女は何処か照れくさそうにしていた。
僕は目線を彼女から外して、手の中にある魔法のような小物を見る。
“可愛い”
そう思った。
金箔のラメが小さく輝いて、その背景には優しく、包み込むような淡いピンク色。
僕はその時、ラメのように瞳がキラキラと輝いていたと思う。
「それはいいっていう表情だね」
彼女の声に気づいて顔を上げる。
そこにはリップを愛おしそうに見つめる彼女が立っていた。
彼女もこのリップが気に入ったのだろうか?
僕が何も言えずにいると僕の手からリップが取られ、彼女の手の中にしまわれた。
「え?」
僕は驚きのあまり間抜けな声を出してしまった。
先程まで暖かみを感じていた手が徐々に冷えていく。
どうして僕から取り上げたのか。
正直、焦っていたと思う。
自分を拒絶されたみたいで、お前はここにいてはダメだ。そう言われているような感覚。穴に落ちていく感覚。
負という黒い感情が僕の心を覆った。
けれど彼女の言葉でその感情は払拭された。
「なんでそんな絶望みたいな顔なの?せっかく私が赤崎の分奢ってあげるって言ってるのに」
「お、奢る?」
「そう!私が誘ったんだからこれくらい買わせてね」
苦笑いの彼女は僕に背を向け、レジの方向へ向いた。
恥ずかしかった。
彼女は僕に似合うリップを選んでくれていたのに。
真剣に選んでくれたのは彼女だけなのに。
その善意を僕は疑ってしまった。
ある意味、彼女の言っていた絶望みたいな表情になった。
だけど、このままじゃ女の子にお金を払わすことになる。
どれだけのお金の額だろうと、自分のために使って欲しい。
「一ノ瀬、待って」
自分から出た声は思った以上に小さく、弱々しかった。
それでも彼女はこちらを振り向いてくれた。
「それ、僕が買うから一ノ瀬は自分の買ってよ」
「はぁ?やだよ、さっきも言ったけど誘ったのは私。私に払う義務があるの」
「それでも、女の子に払わせるなんて格好がつかないじゃないか」
「別にいいよつかなくて」
一向に折れてくれない彼女と奮闘していたところ、僕は1つの案を思い浮かんだ。
「じゃあ僕がもう1つ、リップ買うね」
「だから私が買うって!」
「違う、僕は一ノ瀬のリップを買うよ」
彼女はキョトンとして、何言ってんの、そんな顔で僕を見つめてきた。
「一ノ瀬にこれプレゼントするね、きっと似合うよ」
僕は固まった彼女を気にせずにもう1つ、淡いピンク色のリップを手に取った。
冷たい金属の部分が手に触れる。
「え、ちょっと」
今度は彼女が驚く番らしい。
そんな彼女の手を引いてレジへ足を進めた。
その間、彼女は何も言わないまま困惑の表情を見せた。
外に出ると、赤い夕日とオレンジ色を背景にカラスが飛んでいる。
僕達は近くの公園に寄って2人分くらいのサイズの椅子に腰を下ろした。
「はい、これ」
僕はカバンの中から1つの袋を出す。
彼女も僕と同じ動作でカバンの中から取りだした。
外に出てから彼女の顔は雲がかかったように浮かない顔をしていた。
少し強引過ぎただろうか。さっきのことは素直に反省しよう。
僕が脳内で反省会を開いていると彼女の口が開いた。
「どうして、買ってくれたの」
その答えを言う前に彼女の顔を見て疑った。
今にもその瞳に溜まった涙がこぼれそうな悲しい表情。
僕は一旦袋をカバンにしまい、ポケットの中にしまっていたハンカチを片手に彼女の目尻に当てた。
力加減が分からなくて彼女の口から「痛っ」と小さく零れる。
「ご、ごめん」
「...大丈夫、ありがとう」
彼女は僕の手を取って弱々しく握った。
そんな動作に僕はドギマギしながらもなるべく優しい声色で泣いた理由を尋ねた。
「ごめんっ、ごめん...」
けれど彼女は手を震わせて謝るばかりだった。
僕は目の前の彼女に何をしてあげれるのか、どうして謝られているのか分からず、手を握り返すことしかできない。
いつの間にかハンカチは僕と彼女の間に落ちていた。
ついには彼女の瞳から涙が溢れ出し、ハンカチにポタポタと灰色のシミがついていく。
「私のせいで、ごめん」
嗚咽と混ざるその声はぐしゃぐしゃになっていた。
だけど、どうしてだろう。
聞こえにくいはずなのに、その言葉は僕の耳にはっきり届いた。
「______死なせてしまってごめん」
彼女は確かにそう言った。
その後は解散となった。
解散というより彼女があの言葉の後に「帰る」といい家があるであろう方向に走っていった。
残された僕はゆっくりと歩きながら帰った。
歩きながら帰る途中、どうしても彼女の言葉が脳裏から離れなくて考え込んでしまった。
どういう意図があるのかは知らないし、僕には関係ないかもしれない。
けれど、“死なせてしまった”
この言葉はあまりにも不謹慎で不気味だった。
家に着いてもご飯を食べても、お風呂に入っていても脳裏から離れないのは彼女のことだけだった。
僕は明日の学校に行く準備のために鞄の中を整理した。
そこから出てきたのは1つの袋。
「そういえば渡せなかったな」
正直なところ、同じものを買っているのだから渡さなくてもいいと思った。
けれどそれ以上に、これを彼女に渡したかったい気持ちが大きかった。
自分の手で、プレゼントしたい。
僕は1度出した袋を再度鞄の中に、皺にならないようそっと入れた。
僕は倒れ込むようにしてベッドに潜る。
その瞬間、糸が切れたように僕の意識は微睡みの中へと落ちていった。