もっとあなたに、伝えたかったことがある。
もっとあなたと、行きたかった場所がある。
でも、何一つ叶えられないまま、あなたは私の手の届かない遠いところへ行ってしまった。
こんなにも早く、あなたと別れることになるなんて、思ってもいなかった。
でももし、もう一度やり直すことが出来たら。





時間は思ったよりも早く過ぎていく。中学生になってからは、特にそう感じるようになった。朝目覚めたと思ったら、あっという間に一日が終わってしまう。そんな日々を繰り返し、もう中学三年生の終わり頃。勉強は全く頑張ってこなかったわけではないが、目指している高校のレベルが高いため、今は勉強に明け暮れている。毎年、大晦日やお正月には従兄弟がおばあちゃんの家に遊びに来るが、私は行かずに勉強。もうここまでくると、最後の追い込みだ。それに、私がおばあちゃんの家に行かなかったのには受験生だからという他に、もう一つ理由があった。それは、従兄弟は会った時必ず、
「テストの点数どうだった?」
といった勉強に関する質問をしてくるからだ。従兄弟は昔から頭が良く、私が目指している高校に通っているので、そんな人に自慢できるような点数は取れたことがない。最近受けたテストは、今までで一番点数が高かったので、自分的には頑張ったなと思ったが、やっぱり言うのは怖かった。そんな中、試験当日を迎えた。絶対受かっただろうという自信はなかったが、ベストはつくせたと思う。そして数日がたち、結果発表の日がやってきた。親は発表の時間はまだ仕事なので、一人で確認しなくてはいけない。不安で不安で仕方がなくて、今にも泣き出してしまいそう。絶対に落ちたくはないけれど、期待しておいて落ちると、そっちの方が辛いから、期待しない方がいいのかな。時計の針が12時を指したと同時に、結果が載っているページをスマホで開き、スライドさせながら自分の番号を探す。
私の受験番号は、276。
271…272…273…274…275…そして、276
「あった…」
「あった〜!!」
泣かないと思っていたけれど、自然と涙が溢れてきて止まらない。今まで思うように結果が出ず、泣きながら勉強した日も少なくはなかった。これまでの努力が全て報われた気がした。まだ、従兄弟に追いつけたわけではない。なぜなら、私が受けた高校には普通科と理数科があり、普通科に比べて理数科に合格するのは遥かに難しい。その理数科に、従兄弟は合格していたから。普通科を受けつつ、理数科も受けることができ、ある程度の点数が取れていればの話だが、理数科に受からなかった人たちが、普通科に入ってくるようになっている。しかし私の場合、普通科でさえ受かれるかどうかだったため、理数科なんか到底受からないと分かっていて、受験すらしなかった。でも、ずっと従兄弟が私の目標だったから、少しでも近づけた気がして嬉しかった。「次の春も笑っていたい」そう願った一年前のことが蘇り、再び涙が滲む。「諦めなくてよかった」と心から思った、はじめての瞬間だった。


ハラハラ。
満開だった桜の木から、花びらが踊るように落ちていく。私は入学式を迎え、高校一年生になった。最初はクラスに馴染めるか不安だったけど、案外すぐに馴染無ことが出来て、友達もつくることができた。そして私には今、気になっている人がいる。最近よく話しかけてくれる男子で、私はそれがとても嬉しかった。噂をすれば、その男子が私の席に向かって歩いてくる。
「萌百〜」
「何?遥輝」
いつものように私の前の席に腰を下ろし、話しかけてきた。
「明日から夏休みじゃん?それにちょうど明日土曜日だからさ、クラスの何人かで海行こうって話してるんだけど、萌百も来る?」
「えっ。海?」
海に誘われるとは思っていなかったので、驚いた。
「うん。向こうで話してたんだけど、澪が萌百も誘いたいって。萌百、澪と仲良いだろ?」
ちらっと澪の方を見ると、私に向かってグッドサインをしている。澪には、遥輝のことが気になっていると伝えているので、気を使ってくれたみたいだ。
「海、私も行きたい!」
私はすぐさま返事をした。
「おっけー。集合時間とか決まったら連絡する。」
「うん。ありがと。」
そう言うと、遥輝はみんなの元へ戻っていった。そして、遥輝と入れ替わりに澪がやってきた。
「良かったね。遥輝と海行けることになって。私に感謝してよね。」
澪が冗談ぽく言ってきた。
「うん。ありがと~。」
澪は高校生になってから、はじめてできた友達だ。高校初日、まだ緊張していたわたしに話しかけてくれて、仲良くなることが出来た。だから、こんな私と仲良くしてくれて、本当に感謝している。
放課後、家に帰って少し時間がたった頃、遥輝から連絡がきた。
「明日は10時に砂浜集合!」
というメールの後に、砂浜の写真が送られてきた。みんながばらばらのところに行かないよう、送ってくれたみたいだ。
でも、砂浜なんてどこも似たようなものだから、写真を送ってくれたところで分かりにくいんだけどね。まぁ、そういうところも遥輝らしいなと思った。
私は一人で行くのが少し心細かったので、澪を誘って二人で行くことにした。私たちが着いた頃にはもう何人かいて、後は遥輝だけみたいだ。少し待っていると、
「わり~。遅れた。」
そう言って、遥輝が走ってきた。
「さあ!今日は存分に楽しも~!」
遥輝と他の男子が海に向かって駆けていく。
私も海の方に目をむける。その時、一瞬昔の光景が頭に浮かんだ。「懐かしいな〜。」と少しぼ~っと海を眺めていたら、
「どうかしたか?」
いつの間にか遥輝が横にいて、心配そうに私を見ていた。
「えっ、あっ、ううん。何でもない。」
「今日暑いからな〜、無理するなよ。体調悪くなったらすぐ言えばいいし。」
「うん。ありがと。」
その後は、昔のことは気にせず思う存分楽しむことができた。
「あー、楽しかった!ほんとありがとね、澪。」
「それは全然いいんだけど、遥輝に伝えないの?自分の気持ち。」
「…うん。それに、まだ好きだっていう確信がもてないんだよね。」
「そっか。」
それ以降、澪がこの話をしてくることはなかった。
そうしてあっという間に夏休みも終盤。そんなある日、遥輝からメールがきた。
「明日予定空いてるか?」
「明日?空いてるよ。」
「良かった~。毎年神社の近くで上げてる花火あるじゃん?それを一緒に見に行きたいなと思って。」
「二人で?」
「そう。二人で。」
「うん!行きたい!」
「じゃあ明日の六時、神社に行く途中の坂の下集合で。」
「分かった。」
遥輝とのやり取りが終わったあと、私はどうしたらいいか分からず、澪に電話をした。
「もしもし。萌百、どうしたの?」
「澪~、どうしよう。明日遥輝と二人で花火見に行くことになった。」
「えっ!おめでとう、良かったじゃん。」
付き合ったわけではないので、澪の「おめでとう」という言葉に少し違和感を感じたが、気にしないことにした。澪も無意識だろう。
「うん。でも私そういう経験全然ないし、メイクとかもやったことないから、どうしたらいいか分からなくて。」
「メイクのことなら任せて!集合は何時なの?」
「六時。」
「じゃあ、三時頃萌百の家行くね。」
「分かった。待ってる。」
次の日の三時、澪は私の家に来てくれた。
「おじゃましま〜す。」
「ありがとう〜、澪。」
「うん。じゃあ早速はじめよっか。」
「お願いします!」
澪が手際よく手を動かしている。そして、メイクが終わると今度は髪をセットしてくれた。
「はい、できたよ。」
「わぁ〜、すごい!ありがとう。」
「どういたしまして。じゃあ遥輝と楽しんでね。私も今日はちょっと用事があるから、ばいばい。」
「うん。またね。」
集合場所になっている坂の下に私が着く頃には、もう遥輝が待っていた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「ううん。俺も今来たところだから。じゃあ行こっか。」
「うん!」
花火が上がるまでまだ時間があるので、坂を登ったところにある出店をまわることにした。そして全ての出店をまわり終えた頃、花火が上がる時間になった。
「そろそろだな。じゃあ移動するか。」
「えっ。どこに?」
「ここの近くに花火がすごく綺麗に見えるところがあるんだけど、そこで見たいなと思って。」
「へぇー。楽しみだな〜。」
遥輝が言っていた場所はすごく見晴らしがいい場所だった。
真っ暗な夜空に火の花が咲き始めたころ、
「好きだ。」
花火が上がる音にかき消されそうな程小さな声で遥輝はそう言ったが、私の耳にはしっかり届いた。
でも、私は答えられない。なぜなら花火を見たとき、また昔の記憶が蘇って、ある人のことが頭に浮かんだから。
どうして。 もう過去の事なのに、忘れたいのに。私の心の中には、今でも彼がいる。何かきっかけがない限り、私は彼を想い続けてしまうだろう。
「ごめんなさい。」
私は遥輝にそう告げて、その場から走り出した。
頭では終わった恋だと分かっていても、心ではまだ諦められていない。そんな感情を抱いている。
プルルルル
そのとき、私の携帯に電話がかかってきた。
お母さんからだ。なんだか嫌な予感がする。なぜだろう。そう思いながらも、私は電話に出た。
「もしもし。」
「あっ。萌百?落ち着いて聞いてね。今、蓮くんのお母さんから連絡がきたんだけど、蓮くんが病気で亡くなったって。」
その後の会話は覚えていない。いや、聞こえない程ショックを受けていた。
身近にいた人が急にいなくなる。こんなことは映画や小説の中の話で、まさか自分の身に起こるなんて思ってもいなかった。
蓮と私は幼なじみで、最近は全く話していなかったけど、昔はいつも一緒にいた。私がずっと忘れられずにいる人、それは蓮だった。
私は蓮のことを何も聞かされていなかった。
どうやら、心配をかけないように蓮が私のお母さんに頼んで口止めしていたみたいだ。
「なんでもっと一緒にいなかったんだろう。なんでもっと、、、」
次から次へと襲ってくる後悔が、私の心を侵食していくよう。枯れることのない涙が溢れてくる。その夜は妙に月が綺麗で、それが余計に悲しかった。

「今すぐ、あの場所に行きたい。いや、行かなきゃいけない」
なぜだかそう思った。今思えば、蓮が亡くなったと聞かされ、ショックのせいで少しおかしくなっていたのかもしれない。
お父さんに無理を言って車を出してもらい私が向かった先は、夜の海。
ここは私にとって思い出の場所であり、とても大切な場所。
まだ小学生だった頃、蓮に誘われて蓮と私は海へ行った。
蓮から誘ってくれたので、自分が蓮にとって特別だと実感できた気がして嬉しかったのを、今でも覚えている。
私はまた、二人でここに来たいと心のどこかで願っていた。
でも、もうそれは叶わない。
「蓮、私を置いていかないでよ。蓮、、、」

私以外誰もいない静かな浜辺、砂浜に押し寄せては引いていく波の音、心地よい海風が無性に私を切なくさせた。
「蓮ともう一度話がしたい。」
「蓮の声が聴きたい。」
「もう一度、蓮に会いたい。」

何かの小説で読んだことがある。大事な人を亡くした主人公が、もう一度だけ会いたいと願ったことで,再会することができたというお話を。無駄なことだと分かっている。だけど、願わずにはいられなかった。私はほんの僅かな希望を胸に、心から願った。


「萌百~!起きなさ〜い!」
お母さんの呼ぶ声で目を覚ました。
昨日海に行って、帰ってきてからいつの間にか寝てしまったみたい。時間を確認するためにスマホを見た。
「えっ!」
言葉を失った。
普通はありえないことだが、なんと時間が巻き戻っている。
「お母さん、今日って何月何日だっけ。」
信じられず、お母さんに確認する。でもやっぱりお母さんはスマホで見たものと同じ日付を答えた。それに、蓮が亡くなるちょうど一ヶ月前に戻っている。ということは、蓮はまだ生きているということになるはずだ。
混乱する頭を整理する時間が欲しかったが、お母さんにどう説明したらいいかわからなかったし、頑張って合格した高校なので、休むわけにも行かず、とりあえず学校へ行くことにした。
「行ってきまーす。」
高鳴る胸をしずめて扉を開けた。
足を外に一歩踏み出した時、
「ガチャ」
隣の家の扉が開き、そこから出てきたのは、蓮だった。
本当に時間が戻ったんだ!あの夜願ったことが叶った!自然と涙が溢れそうになるが、ぐっと堪える。
中学は同じ学校だったため、見かけることはあったが、高校生になってからは顔すら見ていなかった。
「えっとー、、、元気か?」
しばらく話していなかったからか、ぎこちなさそうに蓮は言った。
「うん。元気だよ。蓮は?」
「俺も元気。」
蓮の返事を聞いて、「嘘つき」と思った。蓮は普通に答えているが、少なくとも健康ではないはずだ。
多分。
「ガチャ」
また蓮の家の扉が開いた。そこから出てきたのは、蓮のお母さん。
「あら、萌百ちゃん。久しぶりね。」
「お久しぶりです。」
おばさんは昔と変わらず、優しく微笑みかけてくれた。
「そろそろ行かないと遅刻するわよ。」
スマホの画面を見て、おばさんが言った。
「そうだな。またな、萌百。」
「うん。またね。」
蓮をもう一度見れただけじゃなくて、話までできたことがすごく嬉しかった。
でも私にはやることがある。これからどうしようか考えながら学校へ向かった。
「おはよぉ~。」
靴箱で上履きに履き替えていたとき、澪が話しかけてきた。
「おはよう。」
すると、急に澪が私の顔を覗いてきた。
「なんか考え事でもしてるの?」
さすが親友、顔を見ただけで見抜いてしまう。
「ううん。なんにもないよ。」
時間が戻ったことを伝えたところで、信じてもらえるか不安だったので、言うのはやめた。ごめんね、澪。
「ならいいけど、なんかあるなら言ってよ?いつでも相談のるから。」
「うん。ありがとう。」
本当にいい友達をもったなと思う。
いつか私の覚悟が出来たら、澪に話すつもりだ。二人で他愛のない話をしながら、階段を上り教室に入った。珍しくぎりぎりの登校だったので、話している暇もなく,それぞれの席に座る。
これからどうするべきかちゃんと考えて、自分が納得する行動を取らないと、一生後悔する。
集中しなければいけないと分かっているけど、授業中も蓮のことが頭から離れなかった。
「萌百?萌百?」
「えっ!あっ、ごめん。どうしたの?」
ぼーっとしてしまっていたみたい。澪に話しかけられていることに全く気づかなかった。
「もう時間だから帰ろ?」
「うん。」
いつの間にかもう下校時間になったみたい。席を立ち、澪と一緒に歩き出す。
「ねえ聞いてよ〜、昨日の夜にさぁ〜、、、」
澪は私に気を使ってか、今朝のようにどうしたのかなど、深く追及してこない。今の私にとっては有難いことだ。
「澪、心配かけてごめん。」
「何言ってんの、友達でしょ。」
「うん。今はまだ話せる状態じゃなくて。いつか絶対話すから。」
「分かった。待ってる。」
「ありがとう。」
だんだんと沈んでいく夕日が、オレンジ色に輝いてとても綺麗だった。



家に帰ってから、私はすぐ外へ駆け出した。
ピンポーン
蓮の家のインターフォンを鳴らす。
「はーい。」という蓮の声がした。てっきりおばさんがでると思っていたので驚いたが、今日はおばさんもおじさんも仕事の日だということを思い出した。今日のような日は、よく私の家で夜ご飯を食べていたな。そんな事を考えているうちに、扉が開く。
「萌百、どうしたの?」
「えっとー、、、」
最近全然話していなかったし、この前も玄関先で少し話すぐらいだったから、緊張して上手く言葉が出てこない。でもここで言わないといけないんだと自分に言い聞かせる。
「ちょっと話したいことがあって。公園で二人で話さない?」
「うん。行こう。」
蓮の隣を歩くのはいつぶりだろう。もう思い出せない。なんだか久しぶりすぎて不思議な感じがする。
「急にごめんね。」
「いや、大丈夫だけど、どうした?」
「最近全然一緒にいなかったから、話したいなと思って。」
「俺も、話したいと思ってた。」
その言葉を聞いて驚きつつも、安心する。話したいと思っていたのは私だけなんじゃないかと、不安だったから。
「蓮」
「ん?」
「好き」
「えっ」
「えっ、あっ、今私なんて、、、」
蓮ともう一度話せたという嬉しさと、もう後悔したくないという焦りから、ついずっと胸の内に秘めていた言葉が出てきてしまった。
こんなことを言うはずじゃなかったんだけど。
少しの間、沈黙が流れる。
「萌百、俺から言いたかったんだけど、実は俺もずっと好きだった。」
「えっ。本当?」
「本当。だから、付き合おう。」
「うん!」
私は迷わず返事をした。長く続かないと分かっている。それでも、どんなに短くてもいいから、私は蓮の彼女になりたかった。
「萌百?手繋いでいいか?」
「私も、繋ぎたいと思ってた。」
蓮が広げた手のひらに、自分の手のひらを合わせる。そうすると、蓮が固く強くぎゅっと握ってくれた。私も負けじと握り返す。
長い間話をしていて、もう日が暮れてしまった。蓮と、「バイバイ」とわかれた後、「どこ行ってたの!」と怒られたことはまぁいいだろう。この日の帰り道は今までで一番幸せで、静かに吹く風が心地よく、僅かに光る星がとても綺麗だった。


もう遅い時間。お風呂から出て、布団に入る。そして、蓮との会話を思い出し、嬉しさが溢れ、笑みがこぼれた。やっと自分の気持ちを伝えることができ、また一つ心残りを無くすことができた。しかし、その反面で切なさもある。やっと蓮と恋人になれたのに、蓮は一ヶ月後に亡くなってしまう。小説で、事故にあって亡くなった人を、時間を戻して助ける話を読んだことがある。蓮も、事故で亡くなってしまうのなら、助けられたかもしれないが、現実は小説のように上手くはいかず、病気はどうしようもない。
切なさのあまり弱気になるが、蓮と話したかったこと、蓮と行きたかった場所、あの日後悔したことを全部やらなきゃ。そう思い直し、自分がやるべきことを明確にした。そういえば、蓮が通っている学校と私が通っている学校は近いから、途中まで一緒に行けるかもしれない。
勇気を出して、メールを送ることにした。
『これからは、一緒に学校行けないかな?』
『いいよ。俺が朝迎えに行くよ。』
『ありがとう。おやすみ。』
『おやすみ。』
私がスマホを買ってもらったのは中学生になってからのことで、そのときにはもうすでに、蓮とはあまり話さなくなっていた。
だから、今日連絡先を交換したばかりで、そんな小さなことでさえ、私は嬉しかった。
もうさっきのような切なさはない。
だって、一ヶ月後にある別れを考えるんじゃなくて、これから二人でどう過ごしていきたいかを考える方が、ずっと大事だと思うから。
気持ちを切り替えることができたからなのか、窓から見える夜空がなんだか昨日よりも明るく見えた。


ーガチャー
「行ってきまーす!」
ワクワクする気持ちで勢いよく扉を開け、外に飛び出す。
すると、もう蓮が道路沿いに立っていた。
「お、おはよう。」
今日は、私はが蓮の彼女になって初めて迎える朝。そう考えたら恥ずかしくなって、挨拶がぎこちなくなってしまった。
「おはよう、萌百。」
こうやって挨拶し合うことなんて、もうないと思っていた。
「じゃあ、行こっか。」
「うん。」
昨日のように二人並んで歩き出す。
それぞれの学校であったことや家族のことなど、なんでもない話をしながら足を進める。
そして、あっという間に着いてしまった。ここからは別々の道なので一緒には行けない。
「俺の方が終わるのはやいから、萌百の学校まで行くよ。」
「いいの?ありがとう。」
バイバイ、と手を振り合ってそれぞれの方向に歩き出した。また蓮と一緒に登校できたことが嬉しくて、胸がいっぱいになる。まだ学校にも着いていないのに、もう下校の時間が待ち遠しくて、「早く学校終わらないかな〜。」なんて思う。


「おはよう。」
自分の席に着いた直後、澪が来てくれた。
「澪、おはよう。」
「なんか萌百、嬉しそうだね。」
「えっ、そう?」
「うん。すごくニコニコしてるもん。で、何があったの?」
「え〜、今はちょっと。放課後話すよ。」
「分かった。絶対話してもらうからね。」
「うん。」
いざとなるとどこから話せばいいかなど色々考えてしまって、授業が手につかなかった。でも今まで話せていなかった、時間が戻ったことなども話そうと思う。
「萌百が話しやすいところで話そう。」と澪が言ってくれたので、私は家の近くの公園と答え、二人で目的の場所に向かう。
公園の花壇に咲く花たちが、風に吹かれて揺れている。ベンチまで行き、並んで座った。
いざ、今から話すとなると、信じてもらえるかどうか不安な気持ちが込み上げてくるが、私はぽつりぽつりと話しはじめた。
「澪にも話してた、私の幼なじみいるでしょ?」
「うん。蓮くんだっけ。」
「そう。ずっと好きだったんだけど、中学生になってから全然話せてなくて。」
「そうなんだ。」
「でね、実は、、、」
ずっと自分の胸にしまっていた言葉を吐き出そうと思うと、怖くて躊躇してしまう。
「ゆっくりでいいからね。無理に今日話してくれなくてもいいから。」
学校で絶対に話すと約束したのに、そう言ってくれた。その一言がすごく優しくて、嬉しい。「澪ならきっと信じてくれる」そう思った。
「実は、蓮が病気で亡くなったの。」
「えっどういうこと?でも蓮くんは生きてるよね?」
「うん。正確に言えば、病気で死んだはずだったの。蓮が亡くなった次の日、朝目が覚めたら、時間が一ヶ月前に戻ってた。その蓮が亡くなったのは、花火大会の日なの。」
しばらく澪は、言葉が出ない様子だった。そりゃあそうだ。いきなり時間が戻ったなんて言われたら、誰だって戸惑う。私もきっと、同じ反応をすると思う。
「そっか。そんな事があったんだね。」
「えっ、信じてくれるの!?」
「当たり前でしょ。萌百は嘘つかないし、こんな嘘ついたとして、萌百になんのメリットがあるの?」
それもそうだが、信じてもらえるか不安だったので、すごく安心して、涙がこぼれそうになる。
私は思わず澪に抱きついた。
「澪〜、ありがとう〜」
「よしよし。萌百だって、信じてもらえるって思ったから私に話してくれたんでしょ?」
「うん。」
「私のこと、信じて話してくれてありがとう。」
改めて澪の優しさに触れ、友達っていいなと思う。今まで誰にも話せていなかったことを話せたことで、帰り道の足取りが前よりも更に軽くなった気がした。


「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい。」
今日も一日が始まる。昨日澪に相談することができて、気持ちも晴れやかになった。
そして歩き出した先に蓮がいる。だが、蓮はスマホを見ていて私にはまだ気づいていないみたい。
「わぁ!!」
「びっくりした〜、なんだ萌百か。おはよう。」
「おはよう。」
ドッキリ大成功。これも1度やって見たかったことだった。
「そういえばさ、明後日の土曜日に家族で旅行に行こって話してるんだけど、萌百の家も誘っといてって母さんに言われたんだけど。」
途中、蓮がそういった。また前のように話すようになったから、蓮のお母さんを誘ってくれたのだと思う。明後日か、急な話だけどオッケー出してくれるかな。少し不安だが、そのときは頑張って説得しよう。
「旅行いいな〜。お母さんたちに聞いてみるね。」
「おう。」
また一つ私の願いが叶う。嬉しい反面、複雑な気持ちもあった。今の時期に旅行に行くのは、もうすぐ蓮が亡くなってしまうから、思い出をつくりたくて行くんじゃないか。そんなことを考えてしまい、少し悲しくなる。
「どうかしたか?」
「ううん。大丈夫。」
何を弱気になってるんだ。あの日後悔したことを全部やり直したい。そう思ってもう一度蓮に会いたいって願ったんだから、前向きに考えなきゃ。
「旅行ってどこ行くつもりなの?」
「えーっとー、、、内緒ー。」
「なんでよ、教えてくれたっていいじゃん。」
「ダメダメ。まだお楽しみ。」
「え〜。でも楽しみだな、旅行。」
急に誘われたから驚いたが、蓮の方も急遽決まったことかもしれない。
行き先は気になるが、とりあえず家に帰ったらすぐ、お母さんたちに相談しよう。


「澪〜。」
「どうしたの?またそんなにニコニコしちゃって。」
「蓮が明後日旅行に行かないかって。あっ、もちろん家族も一緒だよ。」
「お〜。いいね、彼氏と旅行って羨ましいよ。」
「うん、楽しみ。」
「ちゃんと楽しんでくるんだよ、後悔しないようにね」
「分かってる。」
もう二度と行けないかもしれない。だからこそ、その特別な時間を蓮と一緒に楽しみたい。
「でも大丈夫?辛くない?無理はしちゃいけないからね。」
本当に澪は優しいな〜。
「大丈夫。ここでクヨクヨしてたらまた後悔すると思うし、浮かない顔してたら蓮も私のこと気にして楽しめないだろうから。」
「なんか変わったね、萌百。強くなった気がする。私に相談してくれるようになったし。」
「そうかな。」
「うん。私、萌百があのこと話してくれて、結構嬉しかったんだよ。またいつでも頼ってくれていいからね。」
「ありがとう。」
誰かを頼れるようになったり、勇気を出して自分から一歩踏み出せたり、時間が戻ったことで成長できたと自分でも感じることがある。
考えたくないけれど、蓮と二度目の別れがきた時、蓮の死が無駄じゃなかったと思えるような自分でいたいと思う。


「お待たせ。」
「いや、俺も今来たところだから。じゃあ行こっか。」
「うん!」
やっぱり蓮は優しいな〜。今日はいつもより遅くなっちゃったし、蓮の学校の方が早く終わるから、少なくとも五分は待っていてくれたはずだ。
申し訳ないなと思いつつも、蓮とこうして一緒に帰るのはすごく楽しくて嬉しい。
歩き始めてしばらくたった後、蓮が言った。
「あっ、言うの忘れてたけど旅行のことちゃんとおばさんに聞いとけよ?」
「分かってるよ。でも急だね。」
「あ、あぁ。まあ、な。」
蓮は少し慌てたような様子になる。やっぱり病気のことが関係してるのかもしれない、私は改めてそう思った。
その後は探るのをやめ、いつものような会話をして帰った。
そうして自分の家の扉を開けようとした時、
「萌百!」
後ろから蓮の大きな声がして、私は振り返った。
「どうしたの?」
聞こえなかったのか私の言葉に返事はせず、どんどん蓮が近づいてくる。
「旅行の日、話がある。」
真剣な眼差しを私に向けて、蓮は短くそう言った。


「お母さん、蓮が明後日私の家と蓮の家で旅行に行かないかって言ってたよ。」
「随分急な話だけど、いいわね〜久しぶりに
旅行行きたいと思ってたのよ。」
お母さんはすぐにオッケーしてくれたので、蓮に連絡しようと思って自分の部屋に行った。
『旅行、オッケー出たよ』
『マジ!じゃあ母さんにも伝えとくよ』
『うん。お願い』
電話にしようか迷ったが、結局やめた。さっきの会話で、今は普通に話せるか不安になったから。
蓮が明後日話そうとしていることはだいたい分かっている。おそらく病気のことだろう。私も覚悟しておかなければいけないと思う。



いよいよ明日が旅行の日。
持っていく物は昨日整理し終わったので、準備万端だ。
「もう明日だな〜、旅行。」
「ところでどこに行くか、まだ教えてくれないの?」
「あぁ、もう言ってもいいか。行き先は静岡県。」
「へぇー静岡か〜。行ったことないから楽しみ!」
静岡に行くのか〜。お茶が有名っていうのは
知ってるけど、どんなところなんだろう。
まだ見たことのない景色を見ることができるような気がして、なんだかとてもわくわくする。
「蓮は静岡県って行ったことあるの?」
「俺もないんだよね。」
「そうなんだ。」
「俺の母さんと父さんが前に一度行ったことがあるみたいで、緑がたくさんあってすごくいいところだったからいつかみんなで行きたいと思ってたらしいんだ。」
「へぇ〜。そんなこと聞くと、尚更楽しみになっちゃう。」
「楽しみでいいじゃん。楽しむために行くんだから。」
「そうだね。」
その後も、家に着くまでの会話は明日の旅行の話題で持ちきりで、あっという間に家の前まで来てしまった。
「萌百!」
お互いバイバイと言い合い、背を向けて歩き出したとき、蓮が私の名前を呼んだ。
振り返ると、満面の笑みを浮かべた蓮が言った。
「明日楽しみにしてろよ!」
「うん!」
「早く寝るんだぞ。じゃあな。」
明日は久しぶりの旅行。そして蓮と行ける最初で最後の旅行になるだろう。だからこそ、楽しもうと心に決めた。



青空が空いっぱいに広がる気持ちのいい朝。さすがに一台の車では行けないので、行き帰りはそれぞれの家の車で行くということになった。
最初は、自分たちが住んでいるところと代わり映えのしない風景だったが、静岡県に近づくにつれて、緑豊かな自然が広がっていく。普段見慣れていないからか、すごくきらきらして見えて、とても綺麗だなと感動する。そしてついに目的の場所に着いた。海がすぐ近くにある旅館で私たちは泊まる予約をとっている。まずは予約してある部屋に大きな荷物を置き、旅館の近くの店を見て回ろうということになる。そこで私と蓮は、お母さんやお父さんたちにバレないようにお揃いのキーホールダーを買った。少し恥ずかしさもあったが、はじめての蓮とのお揃いで気分が上がったまま旅館まで帰った。
「萌百、今から一緒に温泉入りに行かない?」
「うん。いいよ。」
お母さんが、何か伺うように誘ってきたので、なんでかなと思いつつ返事をした。

ピチャンピチャン
何故か無言の空気が流れ、お湯が床に落ちて跳ねる音が響く。
すると、お母さんがこの静寂を破った。
「萌百、蓮くんと付き合ってるでしょ?」
お母さんの口から思いもよらない言葉が飛び出してきた。
「えっ、知ってたの?」
「うん。なんとなくだけどね。二人とも、しばらく話してなかったのに、急にまた一緒にいるところ見るようになったし、今日お揃いのキーホールダー買ってたでしょ?」
まさかそんなところまで見られていたなんて。恥ずかしくてお母さんの顔を見れない。きっと、今私の顔は真っ赤になっているはずだ。
「そっか。バレてたんだ。」
体を洗い終わり、二人で湯船に浸かる。
「でも、本当に聞きたいことはこれじゃなくてね。」
お母さんが私の方を向き、真剣な眼差しで見つめてくる。
「なんか悩んでる事とかない?」
「えっ、なんで?」
「最近、嬉しそうな萌百をよく見るようになったけど、その分元気のない萌百も見るようになったから、少し心配で。」
話そうか迷った。いっその事、全部話せてしまえればもっと楽になるかもしれないと思う。でも、これは自分で解決するべき事。それに、心配はかけたくなかった。
「お母さんの言う通り、今すごく悩んでる事がある。でも、自分で解決するべきことだから。でも、私なら大丈夫。いつか絶対に全部話すから、その時は私の話、聞いてくれる?」
「うん。辛くなったらいつでも頼ってくれていいからね?」
澪からかけてもらった言葉と同じようなことをお母さんも言ってくれた。友達も家族もみんなあたたかい。私はすごく幸せ者だなと改めて思った。


温泉から戻ってきて少しした後、蓮が部屋に来て、私を呼び出した。きっとこの前言っていた、「旅行の日、話がある。」という件だろう。そして旅館の外に出ると、「目、瞑って。」と言われ、蓮に手を引かれながらどこかへ向かった。
「目開けていいぞ。」
蓮の合図とともに開けると、飛び込んできたのは夕日のオレンジ色に染まり、キラキラ輝く海。
「わぁ、すごい!」
「ネットで調べてみたら、すごく綺麗だったから、萌百と二人で見たかったんだ。」
「うん。すごく綺麗。」
私たちは砂浜に肩を並べて腰を下ろし、蓮がぽつりぽつりと話し始めた。
「この前、話があるって言っただろ?」
「うん。」
しばらくの間、沈黙が流れる。蓮は何か言いにくいことを話そうとしてくれているのかもしれない。
決心したのか、俯いていた蓮が顔を上げた。
「実は俺、、、本当はもう死んでるんだ。」
「えっ。死んでるってどういうこと?」
予想外の話で、頭が追いつかず、考えがまとまらない。
「花火大会の日、俺は病気で死んだはずなのに、気づいたら一ヶ月前に戻ってて。って言っても信じて貰えないよな。」
蓮にも記憶があったんだ!私だけではなかったことに驚きつつ、嬉しいと思った。
「ううん。信じるよ。それに実はね、私も蓮が亡くなったって知ってるの。それに一ヶ月前に戻ったことも。」
「そうなのか!記憶があるのは俺だけかと思ってた。」
「私も自分だけだと思ってた。ところで、蓮が亡くなったのって病気のせいだよね?それは大丈夫なの?」
「あぁ。なぜか時間が戻った時にはもう何ともなかったんだ。お母さんたちには俺が病気だった記憶もないみたいで。」
「じゃあ、蓮は助かったってこと?」
「そういうことだと思う。」
時間が戻って久しぶりに蓮と会った朝、蓮が元気だと言ったのは本当のことだったんだ。
でもなぜだか一瞬、蓮が泣きそうな切なそうな顔を見せた気がした。
「そろそろ暗くなってきたし、戻るか。」
すぐにいつもの蓮になったから、気のせいだと思うことにしよう。
「うん。」
旅館までの帰り道、私はさっきから気になっていたことを聞いてみた。
「なんで蓮はさっきの話を私に話そうと思ったの?」
「時間が戻る前俺は死ぬ直前、萌百の顔が頭に浮かんで、後悔したんだ。もっと萌百と一緒にいれば良かった、せめて好きという二文字だけでも伝えれば良かったって。たったそれだけのことなのに俺は、その二文字さえ伝えられなかった。」
蓮も私と同じことを思ってくれていたのだと嬉しい気持ちになった。
「私も。お母さんから蓮が亡くなったって言われて、すごく後悔した。ずっと自分の気持ちに嘘をついて、逃げてた。」
「俺たち、似た者同士だな。」
「そうだね。」
今まで隠してきたことを吐き出すことができ、蓮も同じだったのだと知ることができて、肩の荷がおりたのか、足取りが軽くなった気がした。

部屋に戻ってくるなり、お母さんが私のところへやってきた。
「蓮くんとどこ行ってたの?」
ニヤニヤした顔で尋ねてくる。
「ヒミツ。」
相当気になっていたのか、「教えてくれてもいいのに。」と拗ねたような顔をする。
すると、お父さんまで「青春だな〜。」なんて言い出した。
「もうやめてよ。」
恥ずかしくなった私はそこで話を終わらせ、蓮たちも誘って夕食を食べる部屋に向かった。
夕食はとても豪華な和食で、たくさんの料理が用意されていて、食べ切れるか不安になった程だった。
美味しいご飯でお腹が満たされたため、部屋に戻る。

この旅館の窓から見える景色は私たちの住んでいる町とは全然違って、数え切れないほどの星を家族三人で見た。
「綺麗ね。」
お母さんがうっとりとした目で空を見つめている。
「そうだな。こう見ると、田舎も悪いもんじゃないな。」
お父さんの意見にはすごく共感した。
「うん。自然豊かでいいよね。」
私たちが住んでいる都会に比べて、不便だったり高校生が遊べるような場所はあまりないかもしれない。だけど、私はこの場所をすごく気に入った。緑がいっぱいで、まるで心が洗われるみたい。
家族や蓮とここに来ることができて本当に良かった。それに蓮とは二人の秘密を共有できて、さらに仲が深まったと思う。


目覚めると、お母さんやお父さんは寝ていた。まだ辺りは薄暗く、静かだ。新鮮な空気を吸いたくなって、少しの間外へ出ることにした。二人を起こさないようにそろりそろりと抜け出す。
昨日行った海岸へ足を運ぶと、そこには蓮がいて、「よお。」なんて言って涼しい顔をしている。
蓮の横に腰を下ろすと、コンクリートがひんやり冷たくて気持ちいい。
「萌百も同じこと考えてたんだな。」
「そうみたいだね。」
心が通じあっているみたいで、嬉しいと思った。
「田舎って空気綺麗だよな。そういうところ羨ましいって思う。」
「うん。うちらは都会育ちだから、なんか新鮮だよね。」
「でもまぁ、田舎で育った人たちは都会が羨ましいって思うんだろうけどな。」
すごく共感した。
「人間ってないものねだりだね。」
「あぁ、そうだな。」
話しているうちに段々と朝日が登っていき、海も染まっていく。昨日二人で見た夕焼けとはまた違った景色で、すごく綺麗。
「俺らの町じゃあこんなの見れない。」
「うん。ずっと見ていたいぐらい。」
ふと横を見ると、太陽に赤く照らされている蓮の横顔があった。こんなにも蓮の顔をしっかりと見たのは初めてで、なぜだか目が離せない。
この景色を見ている間、沈黙が流れる。だけど、蓮とだったら全然苦じゃない。好きな人といるってこういうことなんだろうか。
「もうすぐ朝飯じゃね。」
立ち上がった蓮が「腹減った〜。」とお腹に手を当てている。
「そうだね。行こっか。」
この美しい景色を背に私たちは歩きだした。
朝食は昨日の夕食とは違い、バイキングだったが、相変わらず豪華で普段は食べられないようなものばかり。選ぶのが大変なほど。
お腹も満たされたところで、お土産などを買いに行こうという話になったため、支度をしに一旦それぞれの部屋に戻った。明日は学校があるから、夕方にはもう家に着いていなければいけない。
「準備出来たか〜!」
お父さんが部屋のドアの近くで叫んでいる。
「出来たよ〜!」
私もお父さんに負けないぐらいの声量で返し、お父さんとお母さんのところへかけていく。
私たちが旅館の外に出ると、もう蓮たちが待っていた。
「ごめんね。待たせて。」お母さんが申し訳なかさそうに謝った。
私も蓮のいる場所まで行き、「ごめん。」と謝った。
こういう場面で「全然大丈夫。」と言って微笑んでくれる蓮がたまらなく愛おしい。
私たちに気を使ってか、「二人でまわってきていいよ。」とお母さんたちが言ってくれたので、甘えさせて貰うことにした。
後で蓮から聞いたが、蓮のお母さんたちにも付き合ってることがバレていたらしい。
お母さんたちが、親戚や友達などへのお土産を買ってくれているので、私たちは思いっきり観光を楽しむことにする。その土地ならではのスイーツなどを食べ歩いたり、風景の写真やツーショットも撮った。これは蓮との大切な思い出。一生大事にしようと、アルバムを開いているスマホを握りしめた。
「何見てるんだ?」
「なんでもないよ」
しばらくスマホを見つめていたら蓮が私のスマホを覗こうとしてきたので、慌ててとじた。
「なんだよ。見せてくれたっていいじゃん」
「ダメ〜」
楽しい時間はあっという間に過ぎ去っていく。そんなことを改めて感じる。
「もうそろそろ時間だな」
夕日のオレンジ色に染まりつつある空を見つめながら、蓮は言った。
「うん」
二人で集合場所になっている旅館のロビーに向かう。
「今日楽しかったか?」
蓮が少し不安そうに尋ねてくる。
私がちゃんと楽しめていたのか心配しているのだろう。
「うん!すごく楽しかった!」
蓮を安心させるように明るく答えた。
でも、その気持ちに嘘なんかなかった。
本当に時間なんか忘れてしまうほど楽しかったんだ。
ああ、こんなに楽しい日々がもう終わってしまう、そう考えたらなんだか切ない気持ちになる。空気が綺麗で、緑があちらこちらに広がっている自然豊かなこの場所で、ずっと蓮と一緒にいたい。なんて願ってしまう。
そんなことを考えているうちにロビーに着く。
そこにはもうお母さんたちがいて、こちらに手を振っている。私たちも振り返し少し小走りでお母さんたちのいるところまで行った。
「楽しかった?」
お母さんが私の顔を見て聞いてきた。
「うん!」
私は満面の笑みで答える。
「よかった。楽しかったって顔に書いてある」
お母さんは少し安心したように言った。
いつまでもここにいても仕方がないし、明日学校があるので早く帰ろうという話になった。そして、また来た時と同じように、それぞれの車に乗り込む。
「萌百、朝どっか行ってたでしょ」
「えっ、気づいてたの!」
本当になんでお母さんはこんなにも勘がいいのだろう。今回のことだけじゃなく、私と蓮が付き合ってることもそうだ。お母さんには何でもお見通しということなのだろうか。
この二日間の思い出を頭の中で思い返していると、あっという間に家に到着した。
今日は蓮と色々なところをまわって、歩き疲れ、へとへとになった足でベッドまで行き、ダイブした。
少しうとうとしてき始めた時、部屋のドアが開きお母さんが顔を出す。
「萌百、お風呂にも入ってないんだからまだ寝ちゃだめでしょ。さっさと入っちゃいなさい」
「はーい」
重い体を頑張って起こし、シャワーを浴びる。
「萌百、ご飯は?」
お風呂から出てリビングを通り過ぎようとした時、お母さんが聞いてきた。
「今はいらない」
「そう、わかった」
自分に部屋に戻り、ベッドに再びダイブ。
そしていつの間にか寝てしまったようだ。
目が覚めると、外はもうすっかり暗く、窓から月明かりがさしていた。
眠ったことでだいぶ体も楽になり、体を動かし窓際に行く。
今日は満月だったみたい。月が綺麗に円を描いている。
窓を開け、夜風に吹かれながら空を眺めているとふと、もう一度蓮に会いたいと願った夜のことを思い出す。
あのときの月は泣きたいくらい綺麗で、切なくなるほど輝いていた。
私が願ったから戻れたのかどうかは分からないけど、蓮ともう一度会うことができ、話すことができている。あの夜の私にとって、こんなにも幸せなことはない。
それは私が神様って本当にいるんだなとはじめて思った出来事だった。
しばらくぼーっと夜空を眺めていたが、明日が学校だということを思い出し、慌ててベッドに入り再び眠りについた。


スマホのアラームで目が覚める。あまり学校に行く気になれないが、体を起こして顔を洗いに一階へ下りる。顔に水をかけると、冷たくてやっと目がしっかりと開いた。
旅行がそんなに楽しかったのか、今日のお母さんは機嫌がいいみたいで、いつもはあまり作ってくれないフレンチトーストを作ってくれた。フレンチトーストの甘い香りが鼻をくすぐる。
あっという間に朝ごはんを食べ終わり、髪や服装を整える。
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい」
いつもと同じお決まりの会話。
そして家の前にはもう蓮がいた。
「お待たせ」
「ううん。俺も今来たところだから」
この会話もお決まりだな。
蓮と歩く登下校の道は、一日の楽しみの一つでもあった。
「ちゃんと起きれたか?」
「うん、蓮は?」
「俺も。疲れたりもしてないか?」
「うん。大丈夫」
今日はやけに質問ばかりしてくる。そんなに私のことが心配なのだろうか。
あとはもう、旅行中に食べたスイーツが美味しかったなど思い出話がほとんどだった。
私の学校の校門前で別れ、校舎へと歩き出す。
私が教室に着く頃にはもう澪は来ていて、小走りで私の方へ走ってきた。
「蓮くんとの旅行どうだった?!」
やっぱりそれを聞いてくるか。
「楽しかったよ」
「それはよかった。ってそれだけじゃ終わらせないからね。もっと細かく聞かせてもらうよ」
私たちが通っているのは、ここら辺では有名な進学校。授業も難しくてついていくので精一杯な状況。
昨日まで過ごした楽しい時間の余韻に浸っている暇などない。
先生の解説などを聞きながらも、そんなつまらない話は右から左へと流れていってしまうし、思い出して度々顔がにやけそうになるので、それを一生懸命我慢して何とか午前中は乗り切った。

ガチャ
澪が屋上のドアを開けた。
「なんでこんなに暑いのに外で食べるの?しかも日陰も何もないじゃん。」
私は少し不満げに言った。
「だって教室とかだとさ、誰かに聞かれるかもしれないでしょ。屋上が一番空いてるんだもん。」
そう言いながら澪はもう屋上にあるベンチに座り、ランチョンマットを広げ始めている。
「そうだけど」
わたしはそう言いつつも、蓮も他の学校だしべつに絶対に聞かれたくない話でもないんだけどな〜と思った。まあせっかく澪が気を利かせてくれたみたいだからいいか。
「早く〜萌百も座りなよ」
「はいはい」
小走りで澪のところまで向かう。
「じゃあ、旅行であったこと細かく教えて!」
澪が目をキラキラさせながら言った。
私は「しょうがないなー」と言いつつも話し始める。


「終わり。もうこれで全部」
「ほんとに?何も隠してない?」
終わりだと言っているのに、澪はまだ何か隠しているのではないかと疑っているようだ。
「本当に全部話したから」
「ならいいんだけど」

澪はまだ少し怪しんでいるみたいだったけど,それ以上何も言わなかった。

「じゃあ、教室戻ろっか」
私はそう言って立ち上がると澪も立ち、
「そうだね」
教室までは二人とも何も喋らなかった。