彼らの記憶に僕が残るのなら、僕はここに来た意味があったと思う。
岸田くんが順位5位から4位に取り戻した。
彼の指先が壁に触れるのを確認してから、僕は飛び込む。
沈んだ体を、すぐに浮き上がらせた。
海にいたころは、僕にとって泳ぐことは何の意味もないことだった。
だけどそこに意味を与えてくれた地上の仲間たちに、僕は感謝している。
そのためにだったら、僕は彼らのルールで、いくらでも速く泳ごう。
それが僕の出した答えだ。
ターンを決め、すぐに復路に入る。
約束通り、ぶっちぎりの一位で泳ぎ切った。
3分18秒52。
やっぱり『NEW』の文字。
次の最終組にもこの記録を超えるチームは現れず、僕たちは最後の競技の、優勝カップを手に入れた。
引退試合となったこの大会が終わると、みんなは写真を撮ったり抱き合ったりなんかして、僕もその中に入れてもらう。
スマホとか持ってないって言ったら、後で画像をプリントして渡してくれるって、他の部員から言われた。
解散が告げられ、みんなはそれぞれ自分の場所に帰っていく。
僕はみんなから離れたところで、置いてあった鞄を持ち上げた。
「なぁ、宮野!」
一人で帰ろうとしていた僕に、岸田くんが近づいてくる。
「あ、あのさ。お前、これからも水泳は続けるんだろ?」
彼はもう、僕とケンカしていたことは、忘れてしまったみたいだ。
僕はそんな岸田くんを、かわいいと思うと同時に、うらやましくも感じる。
だけどもう、僕に選択肢はない。
「どうすればお前みたいに泳げるようになるのか、本気で教えてほしい」
「大丈夫。僕はもう泳がないよ。クロールもバタフライも、他の泳ぎも全部。この大会でお終い。だから、もう僕にマネされるとか、そんな心配しなくていいよ」
「は? なんだそれ。つーか泳がないって、どういうこと?」
彼が驚いたことの方に、僕は驚く。
「俺は、お前に負けたことが悔しかったんじゃない。いや、それはそうなんだけど、何て言うか……。水泳は続けろよ!」
「はは。それが出来ればよかったんだけど」
今の僕の手は、人間の手のように見える。
まるで本当に二本の足になったかのような、足元に目を落とす。
「僕はどうやら、人間にはなれなかったみたいだ。だからもうすぐ、海に帰らなくちゃいけない」
「は? ちょっと待て。お前、人間になったんじゃなかったのか?」
彼の顔色が変わった。
「だって、奏と付き合ってただろ。キスもしてたし」
岸田くんの手が、僕の腕を掴む。
「だけど、僕の魔法は解けなかった。奏は僕のことをどう思ってたのかは知らない。だけど僕の方が、本当の意味で奏を好きじゃなかったみたいだ」
「どういうこと?」
「難しいんだ。人間になるって。僕も人間みたいに、誰かと簡単にキスが出来ればよかった」
夏の終わりの太陽が、会場となっていたプール前広場を照らす。
僕は岸田くんにそっと微笑むと、彼の手から離れ、人間の群れの中を歩き出す。
この世界がオレンジ色に染まってゆくのを、僕はあと何回見ることが出来るだろう。
あと何回電車に揺られ、バスに乗り、学校へ通えるのだろう。
そういえば、僕は2月に海を出て以来、一度も海を見ていない。
そのことに気づいた時、僕は海へ行こうと思った。
岸田くんが順位5位から4位に取り戻した。
彼の指先が壁に触れるのを確認してから、僕は飛び込む。
沈んだ体を、すぐに浮き上がらせた。
海にいたころは、僕にとって泳ぐことは何の意味もないことだった。
だけどそこに意味を与えてくれた地上の仲間たちに、僕は感謝している。
そのためにだったら、僕は彼らのルールで、いくらでも速く泳ごう。
それが僕の出した答えだ。
ターンを決め、すぐに復路に入る。
約束通り、ぶっちぎりの一位で泳ぎ切った。
3分18秒52。
やっぱり『NEW』の文字。
次の最終組にもこの記録を超えるチームは現れず、僕たちは最後の競技の、優勝カップを手に入れた。
引退試合となったこの大会が終わると、みんなは写真を撮ったり抱き合ったりなんかして、僕もその中に入れてもらう。
スマホとか持ってないって言ったら、後で画像をプリントして渡してくれるって、他の部員から言われた。
解散が告げられ、みんなはそれぞれ自分の場所に帰っていく。
僕はみんなから離れたところで、置いてあった鞄を持ち上げた。
「なぁ、宮野!」
一人で帰ろうとしていた僕に、岸田くんが近づいてくる。
「あ、あのさ。お前、これからも水泳は続けるんだろ?」
彼はもう、僕とケンカしていたことは、忘れてしまったみたいだ。
僕はそんな岸田くんを、かわいいと思うと同時に、うらやましくも感じる。
だけどもう、僕に選択肢はない。
「どうすればお前みたいに泳げるようになるのか、本気で教えてほしい」
「大丈夫。僕はもう泳がないよ。クロールもバタフライも、他の泳ぎも全部。この大会でお終い。だから、もう僕にマネされるとか、そんな心配しなくていいよ」
「は? なんだそれ。つーか泳がないって、どういうこと?」
彼が驚いたことの方に、僕は驚く。
「俺は、お前に負けたことが悔しかったんじゃない。いや、それはそうなんだけど、何て言うか……。水泳は続けろよ!」
「はは。それが出来ればよかったんだけど」
今の僕の手は、人間の手のように見える。
まるで本当に二本の足になったかのような、足元に目を落とす。
「僕はどうやら、人間にはなれなかったみたいだ。だからもうすぐ、海に帰らなくちゃいけない」
「は? ちょっと待て。お前、人間になったんじゃなかったのか?」
彼の顔色が変わった。
「だって、奏と付き合ってただろ。キスもしてたし」
岸田くんの手が、僕の腕を掴む。
「だけど、僕の魔法は解けなかった。奏は僕のことをどう思ってたのかは知らない。だけど僕の方が、本当の意味で奏を好きじゃなかったみたいだ」
「どういうこと?」
「難しいんだ。人間になるって。僕も人間みたいに、誰かと簡単にキスが出来ればよかった」
夏の終わりの太陽が、会場となっていたプール前広場を照らす。
僕は岸田くんにそっと微笑むと、彼の手から離れ、人間の群れの中を歩き出す。
この世界がオレンジ色に染まってゆくのを、僕はあと何回見ることが出来るだろう。
あと何回電車に揺られ、バスに乗り、学校へ通えるのだろう。
そういえば、僕は2月に海を出て以来、一度も海を見ていない。
そのことに気づいた時、僕は海へ行こうと思った。