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「つまり、七海くんがカメラを覗いたときだけわたしが視える──、と」
公園のベンチに並んで腰かけて、2人で話したことをまとめるとそうなる。
わたしは確かに、あのパウダーによって消えた。
その証拠は2つ。
まず、カメラ少年の彼──七海くんが座り込んだわたしに差し伸べてくれた手を、掴むことができなかったこと。
もう1つは、公園を通りかかった警察官に注意されたのが七海くん1人だったってことだ。
もちろん、七海くんがそのまま見るだけだと、わたしは視えない。
なぜかは分からないけど、写真にだけ写り込むらしい。
実際、七海くんが撮った写真全てに、わたしの影だったり、体の一部だったりが写っていた。
「心霊写真とか、そういうのに近いんじゃないの」
カメラ片手にむすっと呟いた七海くん。
「なんでそんな不機嫌なの……?」
「だってさ」
カメラ越しに、彼はわたしを指差した。
「岩城だって黙ってるの、ひどくない?」
彼にだけ視えるってことも驚きだけど、もう1つ驚くべき事実があった。
「そんなの分からないよ。展覧会で作品を見ただけなのに」
そう。
半年くらい前に訪れた北高展覧会で、七海くんの作品についてアンケートに記入したことがあった。
確かに、七海彩人ってきれいな名前だなって思った記憶がある。
「だけとか言わないでくれる?」
七海くんは少し辛口な言葉を使うけど、なんだかんだ言って優しいんだと思う。
今も、カメラをずっと持って、わたしを視ながら会話してくれている。
カメラを持ち上げ続けるのって、地味にしんどいんじゃないかな。
別に姿が視えなくても、会話はできるみたいだからそんなことしなくてもいいのに。
そんな魔法の力に引かれるみたいに──と言ったらロマンチックすぎるけど、不思議な出会いを果たしたわたしたち。
七海くんと話すときは、少しだけ呼吸が楽になる気がする。
神さまか誰かが、人生のさいごに、いい人と引き合わせてくれたのかな。
「──で、なんで消えようと思ったわけ?」
「いきなり深く切り込むね」
「単刀直入に聞く方が早いでしょ」
七海くんの瞳は真剣だ。
人間関係めんどくさくなっちゃってさ〜、なんて言っても、通じないんだろうな。あながち間違いではないんだけど。
「……2番って、辛いじゃん」
考えた末に出てきた言葉は、結局あいまいにぼかすような言葉だった。
七海くんの眼に、それで? と続きを問われる。
「2番も最下位も、結局いっしょだと思うの。1番になれなかったってことは同じだから。……そういうこと」
自分でも、どういうこと? と突っ込みたくなってしまうような答えだ。
「なんか分かるかも。準特選も佳作も、変わらないよなって思うし。よく頑張りましたね、とりあえず賞をあげますね、みたいな」
意外にも七海くんは賛成してくれた。
書道部と写真部、同じ文化部なんだから通ずるところはあるのかもしれない。
「七海くんでも1番にはなれないの?」
「おれの写真は気味が悪いから。グランプリなんてハナから諦めてる。でも、なけなしの佳作とかはウザい」
「そういうとき、息苦しくならない?」
「息苦しくはならないけど、色が消える」
目を瞬いたわたしに、七海くんは言葉を付け足した。
「絶望感で、世界が真っ黒になるみたいな感じ?」
息が吸えない水の底に落ちていく。
そう思うことがたまにあるけど、それと似ているのかもしれない。
この話をしていたら気分が沈んで、いつのまにか首がうなだれている。
「おれが色が消えるって感じるのと同じように、岩城は息がうまく吸えなくて、それで消えたってこと?」
七海くんの出した結論があまりにも的を得ていて、声が出なかった。
代わりに首を縦に振る。
「消えるってほぼ自殺じゃん。死にきれないって、余計辛くないの?」
「……息が吸えないよりは、全然マシ。誰からも関心されないって、楽だよ」
へぇ、と彼が呟いたのを最後に、会話が途切れた。
時計の針が10時を指している。
七海くんのとなりは心地よくて、思っていたよりも時間が過ぎてしまっていたみたいだ。
「七海くん、そろそろ帰る?」
わたしはお母さんたちには視えないから、帰っても帰らなくても同じだけど。
七海くんは時計を見上げて、あぁ、と気だるげに呟いた。
「──岩城」
「明日も会う?」
思いがけない言葉に、目を見開いた。
「無関心がいちばんとか言っといて、話聞いてほしそうな眼してるから。……それに、写真撮れてない」
わたし、七海くんに話を聞いてほしいんだろうか。
もしそうじゃなかったとしても、七海くんのとなりでいると安心できるのは事実だ。
「じゃあ……会おっか」
「ん。そしたら、この公園に集合な」
「分かった。……また明日」
岩城恵真は、世界から消えた。
誰とも関わることなく、ひとりぼっちで生きていくんだと思ってた。
でも、もうしばらく、「また明日」が続くみたいだ。