まあ、通常ならばこの手の話は聞くまでもないのだが、実際にさっきまで火災現場に居たこと、そしてこの非現実的な“無”と表現するのがふさわしい真っ白な空間が、話を聞くに値する十分な裏付けとなっていたので、僕と未羅は一度顔を見合わせ、とりあえず話だけでも聞いてみようと、目で話し合い、頷いた。
「ご協力感謝いたします。
では早速、前提としてあなた方がここに来た理由から率直に伝えさせていただきます。
落ち着いて聞いてください。
・・・あなた方は、二〇一八年十二月二十五日、不運にも火災により亡くなりました。
そして、ここは亡くなった方々の中で、ある条件を満たした人だけが送られてくる場所です。
つまり、あなた方二人はその条件を満たしたことにより、この場所にたどり着いたのです」
 聞きたいことが多すぎて、どこで質問していいか分からなかった。
 隣を見ると未羅も同じようなことを思っているような表情だった。
「・・・死んだ?死んだんですか?私たち」
 先にきっかけを生んだのは未羅だった。
 だが、受け止めがたい現実に声は震えていて力がなかった。
「・・はい。
残念ながらそれは事実です」
 シイナさんはやり手の営業マンのように声音をうまく使い分けていて、その声には実際に“残念さ”が込められていた。
「じゃあ、ここはいわゆる“あの世”的な場所なんですか?」
 僕は未羅が次に聞きたがっているであろうことを補足するように聞いた。
「いえ。
ここはあの世とは少し異なります。
もちろんあの世は実際別に存在しますが、ここは現世とあの世の狭間にある場所だと考えてください。
・・そうですね。
分かり易く例えるなら“関所”とでも言っておきましょう。
まあ、関所は通過する資格があるものを通す場所ですが、ここは、引き返す資格があるものを引き留めるのが目的なんですけどね」
 シイナさんは笑みを浮かべ頭を掻きながら言った。
 その後、シイナさんが説明してくれたことを要約するとこうだ。
 人類可能性管理局。
 そこは文字通り人の可能性を管理する場所。
 人には、樹形図のように可能性の枝が広がっていて、中には将来、大勢の人々の心に刻まれたり、教科書に載るような偉業を成し遂げる可能性を秘めている者も少なからずいるらしい。
 そのような人々の命が、たった一度の間違った選択により永遠に失われてしまうのはあまりにも惜しいということで、日本の大正時代頃に結成されたのがこの人類可能性管理局というわけだ。
 ちなみに世界中に存在するらしい。
 このような空間が、どのように作り上げられたのか気になったが、本来の話から脱線する上、とても長い話になりそうだったので、聞かないでおいた。
 そして人類可能性管理局に何が出来るのか。それが重要だった。
 彼らに出来る事、それは一度だけ死んでしまった人を可能性の樹形図の“あるポイント”まで送れるらしい。
 つまり、その偉大な可能性を秘めた人々を、死んでしまう可能性を選択する以前の時間に戻せるということだ。
「ちょっと待ってください。
じゃあ私たちにそのような可能性があるってことですか?
そんな教科書に載るような偉業を達成する可能性が私たちにあるんですか?」
 未羅が混乱する頭を必死に整理するように言った。
 ごもっともだ。
 とてもじゃないが、自分にそんな可能性が秘められているとは到底思えない。
「教科書に載るというのは例えなので本当に載るかどうかは別の話ですが、まあ、そのような解釈をしていただいて構いません。
・・兎にも角にも、あなた方は“大いなる可能性を秘めた金の卵”なのです」
 シイナさんは苦笑いをした後、仕切りなおすように言い切った。