◆Side:舜◆

もうお揃いではなくなったスニーカーを他の靴と並べながら、あの日のことを思い出す。

一年前、デートの途中にふらっと寄った靴屋で見つけたのは俺好みのスニーカー。

購入を決めた俺の横で彼女はこう言った。

「あっ、それってレディースもあるんだ。それなら私も同じの買っちゃおうかな?」

少しだけ俺の顔色を窺って。

なぜなら、彼女は俺がお揃いのものを身に着けるという行動に、抵抗があるのを知っていたからだ。

わざわざカップルコーデをする意味がわからない。

そんなことをしなくたって付き合っていることに変わりはないし、身に着けるものなら尚更、自分の好みで選んだ方が良いだろう。あと、単純に恥ずかしい。

今まで交際した相手には、そうはっきりと伝えてきた。

だけど、目の前にいる彼女の言葉には「いいじゃん」と口にしている自分がいた。

俺と彼女はあまり趣味が合わず、一度も同じものを欲しがったことはない。

だから正直、彼女が俺と同じものを欲しがるのに驚いた。

それから、俺がお揃いのスニーカーをあっさりと受け入れてることにも。

「二足で10%OFFらしいから、一緒に会計してくるわ」

「ありがとう。じゃあ、あとでお金渡すね」

彼女をその場へと残して、スニーカーをレジへと持って行く。

「箱はどうされますか?」

「持ち帰ります」

「かしこまりました。ちなみに今、ペアの靴を購入されたお客様向けにキャンペーンをおこなっておりまして、よろしければこちらお書きになりませんか?」

そう言って手渡されたのはメッセージカード。

「ご一緒に包ませていただきます」

「ああ、じゃあ……。ありがとうございます」

自分の気持ちを言葉にするのは苦手だ。

それは文字にしても同じことで、付き合ってから手紙なんて一度も書いたことがない。

もらったはいいけど、なんて書くかな。
カードを前にして少し考えた後、俺は今一番伝えたいこと書き綴った。

高二の春、彼女からの可愛らしい告白の言葉を思い出しながら。

「あの、これ一番底に入れてもらってもいいですか。スニーカーを包んである紙の下に」

「か……しこまりました」

店員のお姉さんは一瞬、不思議そうな顔をしたけれど、俺の言うとおりの場所にカードをしまってくれた。


それから、彼女は会うたびに一緒に購入したスニーカーを履いていた。

一方、俺はというと購入してからずっとクローゼットの中へとしまったまま。

彼女と初めて買ったものを、綺麗なまま置いておきたかったからだ。

あんなにお揃いのものを嫌っていた俺が、そんな気持ちになるなんて思わなかった。

だけれど、玄関で他の靴と並べた時に、いつかこんな風に汚れてしまう。

そう思うと、なかなか履く気になれなかったのだ。





リビングへ戻ると、タイミングよく着信を知らせる音が鳴り響いた。

淡い期待をしながら急いでスマホを手に取るが、表示されていたのは三橋先輩の名前。

「あ、もしもし三橋先輩。昨年紹介してもらったバイトですか?あー……、今年は大丈夫です。お金を貯める目的がなくなったっていうか。また、連絡します」

大学に入学してから俺は、よく三橋先輩に短期のバイトを紹介してもらっていた。

それは彼女との将来を真剣に考えていたからだ。

けれど、彼女はそのことを知らない。

直接口にしたことがないのだから、当たり前だ。

今日までの間に、彼女からメッセージカードの話が出たことはない。

自分の口から伝えるのは気恥ずかしい。

そんな理由であんな小細工をしたことを今更ながら後悔する。

結局、時間が経てば経つほど言い出せなくり、伝えられないまま俺達は別れることになった。

彼女ならきっとあんなやり方はしなかっただろう。

出会った頃から俺と彼女は全く意見が合わなかった。好きな曲も食べ物も、行きたい場所も観たい映画も。

『舜、今度映画観に行こうよ』

『え、やだよ。恋愛映画だろ?俺はアクション映画にしか興味ないから』

『えー。もう本当、私達って趣味合わないよね。お互い漫画は読むけど舜はバトル漫画ばっかりだし』

『心春は恋愛漫画しか読まないよな。日頃から夢見がちだし、プロポーズは夜景の見えるレストランとか期待してんの?』

『もちろん!だけど、舜はそういうの苦手でしょ?』

『正解。あと毎月記念日祝うのとか、カップルコーデとかも苦手だわ』

『……知ってるよ』

本当、笑えるくらい。

そういえばあの時、彼女は俺の話を肯定も否定もしなかった。

そんな過去の記憶を思い出しながら、俺は笑えない答えに辿り着く。


俺が欲しいと言ったスニーカーを彼女は本当に欲しかったのだろうか。
まず色からして、彼女の好みではなかったはずだ。

あのスニーカーを買う前に心春が履いていた靴はどれも彼女に似合っていたけれど、俺には良さがわからなかった。

それなのに彼女があのスニーカーを選んだ理由、ずっと履き続けていた理由。

それは俺と同じものを持つことが目的だったから……?

そうやって考えると彼女の行動に納得がいく。

だとしたら、彼女は今までどんな気持ちであのスニーカーを履いていたのだろうか。

俺が本当に大切にしなければいけなかったのはスニーカーなんかじゃなくて、彼女の気持ちだったんだ。

そんなことにやっと気づくなんて、馬鹿だよな。

さっき見た彼女のスニーカーは色も形も俺が持っているものとは違って見えた。

今更、履いたってもうお揃いになんて見えないな。……って、それ以前に彼女と並んで歩く日は二度と来ないのか。


──彼女と出会ってから五年。交際してからは四年。その時間は俺にとって本当にかけがえのないものだった。

もう心春とは会えないけれど、俺は彼女と過ごした日々を一生忘れない。

だけど、立ち止まったままではいられないから俺はお揃いだったスニーカーで歩き出すよ。

彼女が俺を想って履いていてくれた時間を今度は俺が彼女を想いながら。

そのスニーカーがボロボロになった頃、俺は今よりも成長できていると信じて。

そして、いつの日か彼女と過ごした時間を大切な思い出として語れるようになれたらいいな──。

fin.