いやー、大変な目にあった。
 学校の図書室で倒れたあと、保健室の先生が駆けつけてくれたらしい。

 その後は救急車で病院に搬送されたようだ。
 親もすっ飛んできて、配信も急遽おやすみにして……。

「いやもうめっちゃびっくりしたよねー」

 翌日、俺はフェイクを入れつつ自分の身に起きたことを話していた。
 倒れて病院に運ばれるなんて、前世でもなかった経験だ。

>>そんなことになってたの!?
>>めっちゃ心配した
>>なんで平然と次の日に配信してんだwww

「体調はもう大丈夫。目を覚ましたあとも、ちょこっと点滴打ってもらったらすぐ帰ってきたし」

>>もっとちゃんと休んだほうがよいのでは?
>>それ数日は安静にって言われなかった?
>>結局、原因なんやったん?

「お医者さんが言うには過労? らしい」

>>小学生で過労ってヤバくないか?
>>もしかして配信のせい?
>>勉強がんばりすぎたとか?

「それがよくわかんないんだよねー」

 と言いつつ、原因はチートじみた言語能力の乱用以外には考えられなかった。
 短時間であれだけのことを覚えるなんて、脳みそを酷使していたと言われても仕方ない。

 よし。これからは毎日コツコツと覚えていくことにしよう。
 途中まではとくに問題もなかったわけだし。

 ふふふ……!
 そして、ゆくゆくは全世界のVTuberの配信を見れるようになるのだ!

 それに、考えてみればこの能力はそう怖いものでもない。
 超高精度・超高速処理・超高解析能力の翻訳機を持っているようなものだ。
 ちょっと廃熱に問題があるだけで。

>>原因わからないのに過労って怖くね?
>>一度、精密検査受けたほうがいいんじゃ
>>心配だなぁ……

「大丈夫だって。VTuberの配信は万病に効くんだよ! 毎日見てるわたしが健康体でないはずがないでしょ?」

>>草
>>通常運転だなwww
>>ゴリゴリの精神論で笑う

「最近は英語や韓国語がわかるようになったからねー。もー幸せすぎてヤバい。アーカイブも追わないとだし、見るものが多くて困っちゃう。毎日12時間以上見てるけど、まだ時間足りないや」

>>過労の原因それじゃねーか!?
>>学校と配信入れると、ほとんど寝てない計算にならない?
>>逆になんで今まで倒れてなかったんだよ!

「ははは、なに言ってんの。1時間のVTuber視聴は、3時間の睡眠にも等しいって厚生労働省が発表してたよ? すなわち、わたしは毎日36時間休んでるといっても過言ではない!」

>>過言だよ!!!!
>>厚生労働省を巻き込もうとすなwww
>>だれかこいつを止めろ!

 そのとき部屋にノック音が響いた。
 ただの雑談配信だったのでヘッドホンも付けておらず、すぐに気づく。

「え、なにお母さん。今、配信中なんだけど……みんな、ちょっと待ってて」

>>おk
>>イロハハきちゃ
>>いつも娘さんにお世話になってます

 部屋の扉を開けて対応する。
 配信中にやってくるなんて、よほどの急用なのだろうか?

「どうしたの?」

「これからMyTube見るのは1日1時間までよ」

「え……な、ななななんでぇえええ!?」

「なんでもクソもないでしょ! あんた、倒れてどれほどみんなに心配かけたと思ってんの! 心当たりなんてないって言っておきながら、そんなことしてたなんて!」

「えぇえええ!? ちがうんだって。アレはちょっと事情があって。配信を見るのはむしろ癒しっていうか」

「お母さん、言ったからね!」

「待っ――」

 扉がバタン! と閉められ、母親が去っていく。
 バカな。なんでこんなことに……。

 そうか、子どもの身って便利なだけじゃないんだな。
 自立した大人にはある自由を、子どもは制限されることがあるのだ。

 忘れていた。
 大人の責任と自由は比例するのだ。

「最悪だぁ~」

 俺はPCの前に戻ってきて、呟いた。
 コメント欄の流れが加速していた。

>>草
>>これは自業自得
>>イロハハ、グッジョブ

「え、みんな聞こえてたの!? うわっ、ミュートし忘れてる! まぁ、そんなことどうでもいいや。ほんとサイアク。1日に1時間しかMyTube見れないとか。まだ見てないアーカイブがたくさんあるのにぃ~!」

 母親の言うことなんてムシすればいいだけに思えるが、俺には強硬に反発できない事情があった。
 使っているMyTubeのアカウントが母親管理なのだ。

 もし怒らせて、アカウントを削除されるようなことになれば……。
 仕方ない、と俺は嘆息した。

「今日からはMyTube以外での配信アーカイブを消化することにしよう!」

>>なんにもわかってねーぞコイツ!?
>>そうじゃねーよ!?
>>また怒られるなこれはwww

 今度はノックなしに扉が全開にされた。
 ガチで怒られた。

 俺の精神年齢はおっさんだ。
 そして、おっさんにもなってガチで説教されると、すさまじい精神的ダメージを負うことを俺は学んだ。

「ひっぐ、ぐずっ……ごめんなしゃあああい!」

 しかし、ここは俺にとっても譲れない部分。
 粘り強く交渉し、最終的には平日2時間、休日5時間という落としどころになった。

 なお、中学受験を前向きに検討することが交換条件。
 過労が心配だから勉強をやめさせる――という選択になったりしない? なりませんかそうですか。

「うぅっ、うぅぅっ……たった2時間だなんて、酷すぎるよぉ~。あんまりだよぉ~」

>>十分だろ!
>>むしろまだ多すぎるわ!!!!
>>母親を言いくるめようとしてさらに説教されてたの草

 不幸中の幸いはもうすぐ夏休みなこと。
 そうなれば一応、毎日5時間はVTuberを見れる。それでも少なすぎるが。

 ちなみに、ガチ説教はそのまま配信に垂れ流されていた。
 当然のように、小学生女子のマジ泣きは切り抜かれた。