大奥では自害する者が出るのを防ぐため、暮六つには井戸の蓋をしめる。その事実を知り、とんでもない場所に来てしまったと、私は初めて実感する。
「案ずる事はない。お前にはこの件が片付き次第、大奥から出て行ってもらうつもりだ」
「え?」
帷様の思いがけない提案に、思わず間抜けな声が飛び出てしまう。
(だって、父上も正輝も、二度と帰れないって)
正しくは「帰れないかも知れない」程度だったような気がしなくもないが、雰囲気的には「二度と帰れない」に近かった。
それなのに帷様を信じるならば、この件が片付けば、お役目ごめんとばかり帰宅できるというのである。むしろさっさと帰れと言う雰囲気すら感じなくもない。
(え、そうなの?)
私はなんだかんだ、二度と戻れない事もあるかもしれないと思ったからこそ、遺品整理のごとく私物をきっちり整理した。
(捨てなくていいものまで処分しちゃったし)
それに今から数時間ほど前。私の見送りに出た、くノ一連い組の仲間はいつになく神妙な顔で涙を堪えていた。
(まるで、今生の別れであるかのように、おいおいと……)
それに、兄嫁である紗千様は私に「ご武運を」と綺麗な櫛を持たせてくれたし、私自身も紗千様と蘭丸と別れる時は、この身が引き裂かれるような、そんな思いすら経験した。
以上のことは全て、二度と会えないと思ったから出た行動だ。
しかし私は任務が終われば帰れるらしい。
(ふむ。帰れるのか)
嬉しさが勝るが、微妙だ。
「大奥に居たいというのであればそうすればよい。しかし俺はおすすめはしない」
「いえ、折角ですから帰ります」
私は即答する。
誰だって井戸に身を投げる者が多発するような場所で一生を終えたくはない。よって私は、くノ一連のみんなから、「何故?出戻り?」としばらく質問攻めにあう、その煩わしさを迷わず選択したのである。
(だって、蘭丸もいるし)
紗千様の看病だって出来る。
というわけで。
「正輝の嘘つき」
私は散々、帰れないかもという雰囲気を醸し出していたような気がする正輝を睨みつける。
「え、俺は嘘などついていない」
「いいえ、父上とグルになって私を脅したじゃない」
「脅してなんてないだろう?」
「お手付きがどうこう言って脅したでしょう?」
「それは絶対ないとは言い切れないじゃないか」
「だって帷様と行動を共にするんでしょ?だったら公方様とどうこうなるわけないじゃない」
「それはだからその、帷様が……」
モゴモゴと口籠もる正輝。
勝負あり。
この言い合いは私の勝ちだ。
「相変わらずだな」
少し弾んだような声をした、帷様の呟きが耳に飛び込む。
(ん?あれ?もしかして?)
私は以前夢で見た女の子を思い出す。
正しくは女の子の着物を着た、男の子。
そして今、目の前にいるのもまた、女物の着物に身を包む、男の人だ。
そんな偶然が何度もあるだろうか。
私はジッと帷様を見つめる。
つるりとした卵のような肌にくっきりとした眉。こちらをジッと見つめるのは、涼しげな切れ長の目。むっと、一文字に閉じた唇は紅を差していないのに、桜の花びらのように色づいている。
悔しいけれど、私なんかよりずっと美しい人だと認めざるを得ない。
「直視しすぎだ」
帷様は不機嫌そうに、プイと顔を横に向けた。その瞬間、帷様のツンとした横顔が、私に「どけ」と理不尽に迫った小さな男の子に重なる。
(まさか)
やけに具体的だと思えたあれは。
「夢じゃなかったってこと?」
思わず声に出し、慌てて口元に手をあてる。
「その様子だと、ようやく思い出したようだな」
帷様はニヤリと口元を歪ませた。
その堂々たる意地悪な表情は、間違いない。
あの時の女の子だ。
「俺がお前を指名した理由。それを思い出した所で話を戻そう」
「お待ち下さい、指名したって」
(一体どういうこと?)
帷様と顔を合わせてから、まだほんの束の間と言える時間しか経っていない。それなのに明かされた情報が多すぎて、私は理解が追いつかない。
「ほんと、良くそんなんでくノ一を名乗ってるよな。鈍感すぎるだろ」
正輝がこれみよがしに私を馬鹿にする。
「き、気付いてたわよ。一応聞くけど、父上も全てご存知なの?」
「目が落ちそう。ひとまず瞬きしたら?」
正輝がいつもの調子で私を揶揄う。
私はむっとし、正樹を睨みつける。
とは言え、あまりのことに、うっかり目を見開いていた事は間違いない。
私は自分の渇いた瞳に気付くと、水分補給とばかり。敗北感と共に、意識的に瞬きを再開した。
「勿論、父上は帷様からの命だとご存知だ。じゃなきゃ、父上は「畏れ多い」とか適当な理由をつけて、お前を大奥になんて差し出したりしないだろうし。今回だって説得するのは大変だったんだからな」
(くっ、騙された)
混乱し、何をどう騙されたか。
それをいちいち思い出せない。
しかし完全に仕組まれて、私はここにいる。
それだけは真実のようだ。
(あ、でも)
考えようによっては、一人で大奥に投げ込まれるよりはマシかも知れない。それが例え、女装癖のある、少し気難しそうな人物だったとして……も。
「納得したか?」
この状況を楽しんでいるのか、愉快そうに頬を緩めた帷様に問われる。
「まとめると、私はしばらく帷様の配下につく。そういう事でしょうか」
「まぁそうだな。大奥は男子禁制だ。よって俺はしたくもない格好せねばならぬ。このような辱めを受けるのは俺だけで充分。よってお前を寄越すよう、服部に願ったというわけだ」
帷様は忌々しいと言った感じで、ご自身が袖を通している、女物の着物を見下ろした。
(なるほど。女装癖があるわけじゃないんだ)
私は一つ、帷様について詳しくなる。
「お前は、光晴様が大奥を避けている。それは聞かされているか?」
突然話が本題に戻り、私は真面目な顔で背筋を伸ばす。
「はい。公方様は伊桜里様の件に御心を砕かれ、大奥側はそれを歯痒く思っていると、父からざっくりとした説明を受けました」
私は政局に関わる事を避け、知り得た事を披露する。
「詳しくは追々話すが、私とお前は大奥で謎の死を遂げた伊桜里に何があったか。それを調べることになる」
「失礼ですが、御広敷番や御庭番として常駐する伊賀者達はその件を調査しなかったのですか?」
(そもそも事件が起きないようにするのが、仕事じゃないの?)
それでも今回のように防げなかった場合。先ずは彼らが事件を調査する。それが真っ当な流れだ。
「奥女中達は一筋縄ではいかん。男子禁制を盾に、我らを堂々と拒むからな。とは言え彼女達もそれが仕事だから仕方がないのだが」
帷様が苦い顔になる。
「大奥で女中が自殺した。そんな事が世間に知れたら大騒ぎになる。だから伊桜里が亡くなった事を、奥女中達は勝手に隠そうとした」
「まさか」
(死体があるというのに?)
辛うじて物騒な言葉を飲み込んだが、頭の中には「どうやって隠すの?」と素朴な疑問が浮かんで消えない。
「隠すと言っても、遺体のことではない。彼女が何故この世を去るほど憂いだのか。その理由の方を隠している」
「つまり、自害された原因が自分達に関係するから証拠隠滅をした、そんな感じでしょうか?」
帷様は小さく頷く。
「とある女中の話だと、伊桜里の亡骸が発見された部屋の枕元には、彼女がしたためたと思われる書き置きがあったそうだ。しかし我らが現場を訪れた際、そのようなものは一切なかった」
「つまり遺書のようなものを誰かに隠された、と」
(それが本当ならば、許される事ではない)
伊桜里様が最後にこの世に残した、大事なもの。
そして、それは残された人にとっても同じこと。
「女中が嘘をついている可能性もなくはない。しかし、伊桜里の真面目な性格からすると、光晴様に遺言の一つくらいは残すはずだと、俺は思う」
帷様の意見に私は大きく頷き、同意する。
なぜなら、夢でみたあの時。仲間に入る資格がないと勝手に思い込み、物陰に忍んでいた不気味な私に気付き、優しく手を引いてくれたのは、誰でもない。伊桜里様だったからだ。
そんなお優しい伊桜里様の事だ。訳あって自害する事を選んだとしても、後に残された光晴様を案じ、前に進めるよう、何かしら文をしたためたに違いない。
帷様同様、私もそう思った。
「光晴様のお辛い気持ちもわかる。しかし、お世継ぎを残すこと。それは光晴様に課せられた、替えの効かぬお役目だ。よって今のままでは困る」
「そうですね」
同じ人として、光晴様のお気持ちは理解できる。けれど、かのお方はこの国を統治する責任を負った人だ。
勿論それは光晴様が選んだ訳じゃない。けれど私が双子に産まれたことと一緒。どう足掻いたところで、逃れられない運命なのだ。だから背を向け、逃げ出す事は許されない。
「重臣達は、光晴様が前に進むためには、伊桜里様の死の真相を明らかにすべきだと主張している。そうしないと、いつまでも光晴様はご自分を責め続けるだろうと」
様子を静かに見守っていた正輝が、補足のような情報を私に知らせる。
「でも書き置きを隠した人は、自分に都合の悪い事を隠したいはず。だとしたらもう」
その書き置きは残されていない可能性が高い。
「勿論、それらが残されている可能性が低いことも承知している。けれど、伊桜里が最後に残した言葉。それは駄目元でも探す価値あるものだ」
きっぱりとした声で帷様は言い切った。
私もその意見には賛成だし、何より知りたい。
(一体、伊桜里様は何故自害を選んだのか)
その理由を解明したい。
もしそれが出来れば、私が伊桜里様と縁遠くなっていたことに対する、せめてもの罪滅ぼしになるような気がした。
「よって、お前と私で大奥内を捜査し、伊桜里がこの世を去った、その原因を調査する」
「御意」
自分がやるべき事はだいたい理解できた。
あとは、大奥で全力をつくすだけだ。
「案ずる事はない。お前にはこの件が片付き次第、大奥から出て行ってもらうつもりだ」
「え?」
帷様の思いがけない提案に、思わず間抜けな声が飛び出てしまう。
(だって、父上も正輝も、二度と帰れないって)
正しくは「帰れないかも知れない」程度だったような気がしなくもないが、雰囲気的には「二度と帰れない」に近かった。
それなのに帷様を信じるならば、この件が片付けば、お役目ごめんとばかり帰宅できるというのである。むしろさっさと帰れと言う雰囲気すら感じなくもない。
(え、そうなの?)
私はなんだかんだ、二度と戻れない事もあるかもしれないと思ったからこそ、遺品整理のごとく私物をきっちり整理した。
(捨てなくていいものまで処分しちゃったし)
それに今から数時間ほど前。私の見送りに出た、くノ一連い組の仲間はいつになく神妙な顔で涙を堪えていた。
(まるで、今生の別れであるかのように、おいおいと……)
それに、兄嫁である紗千様は私に「ご武運を」と綺麗な櫛を持たせてくれたし、私自身も紗千様と蘭丸と別れる時は、この身が引き裂かれるような、そんな思いすら経験した。
以上のことは全て、二度と会えないと思ったから出た行動だ。
しかし私は任務が終われば帰れるらしい。
(ふむ。帰れるのか)
嬉しさが勝るが、微妙だ。
「大奥に居たいというのであればそうすればよい。しかし俺はおすすめはしない」
「いえ、折角ですから帰ります」
私は即答する。
誰だって井戸に身を投げる者が多発するような場所で一生を終えたくはない。よって私は、くノ一連のみんなから、「何故?出戻り?」としばらく質問攻めにあう、その煩わしさを迷わず選択したのである。
(だって、蘭丸もいるし)
紗千様の看病だって出来る。
というわけで。
「正輝の嘘つき」
私は散々、帰れないかもという雰囲気を醸し出していたような気がする正輝を睨みつける。
「え、俺は嘘などついていない」
「いいえ、父上とグルになって私を脅したじゃない」
「脅してなんてないだろう?」
「お手付きがどうこう言って脅したでしょう?」
「それは絶対ないとは言い切れないじゃないか」
「だって帷様と行動を共にするんでしょ?だったら公方様とどうこうなるわけないじゃない」
「それはだからその、帷様が……」
モゴモゴと口籠もる正輝。
勝負あり。
この言い合いは私の勝ちだ。
「相変わらずだな」
少し弾んだような声をした、帷様の呟きが耳に飛び込む。
(ん?あれ?もしかして?)
私は以前夢で見た女の子を思い出す。
正しくは女の子の着物を着た、男の子。
そして今、目の前にいるのもまた、女物の着物に身を包む、男の人だ。
そんな偶然が何度もあるだろうか。
私はジッと帷様を見つめる。
つるりとした卵のような肌にくっきりとした眉。こちらをジッと見つめるのは、涼しげな切れ長の目。むっと、一文字に閉じた唇は紅を差していないのに、桜の花びらのように色づいている。
悔しいけれど、私なんかよりずっと美しい人だと認めざるを得ない。
「直視しすぎだ」
帷様は不機嫌そうに、プイと顔を横に向けた。その瞬間、帷様のツンとした横顔が、私に「どけ」と理不尽に迫った小さな男の子に重なる。
(まさか)
やけに具体的だと思えたあれは。
「夢じゃなかったってこと?」
思わず声に出し、慌てて口元に手をあてる。
「その様子だと、ようやく思い出したようだな」
帷様はニヤリと口元を歪ませた。
その堂々たる意地悪な表情は、間違いない。
あの時の女の子だ。
「俺がお前を指名した理由。それを思い出した所で話を戻そう」
「お待ち下さい、指名したって」
(一体どういうこと?)
帷様と顔を合わせてから、まだほんの束の間と言える時間しか経っていない。それなのに明かされた情報が多すぎて、私は理解が追いつかない。
「ほんと、良くそんなんでくノ一を名乗ってるよな。鈍感すぎるだろ」
正輝がこれみよがしに私を馬鹿にする。
「き、気付いてたわよ。一応聞くけど、父上も全てご存知なの?」
「目が落ちそう。ひとまず瞬きしたら?」
正輝がいつもの調子で私を揶揄う。
私はむっとし、正樹を睨みつける。
とは言え、あまりのことに、うっかり目を見開いていた事は間違いない。
私は自分の渇いた瞳に気付くと、水分補給とばかり。敗北感と共に、意識的に瞬きを再開した。
「勿論、父上は帷様からの命だとご存知だ。じゃなきゃ、父上は「畏れ多い」とか適当な理由をつけて、お前を大奥になんて差し出したりしないだろうし。今回だって説得するのは大変だったんだからな」
(くっ、騙された)
混乱し、何をどう騙されたか。
それをいちいち思い出せない。
しかし完全に仕組まれて、私はここにいる。
それだけは真実のようだ。
(あ、でも)
考えようによっては、一人で大奥に投げ込まれるよりはマシかも知れない。それが例え、女装癖のある、少し気難しそうな人物だったとして……も。
「納得したか?」
この状況を楽しんでいるのか、愉快そうに頬を緩めた帷様に問われる。
「まとめると、私はしばらく帷様の配下につく。そういう事でしょうか」
「まぁそうだな。大奥は男子禁制だ。よって俺はしたくもない格好せねばならぬ。このような辱めを受けるのは俺だけで充分。よってお前を寄越すよう、服部に願ったというわけだ」
帷様は忌々しいと言った感じで、ご自身が袖を通している、女物の着物を見下ろした。
(なるほど。女装癖があるわけじゃないんだ)
私は一つ、帷様について詳しくなる。
「お前は、光晴様が大奥を避けている。それは聞かされているか?」
突然話が本題に戻り、私は真面目な顔で背筋を伸ばす。
「はい。公方様は伊桜里様の件に御心を砕かれ、大奥側はそれを歯痒く思っていると、父からざっくりとした説明を受けました」
私は政局に関わる事を避け、知り得た事を披露する。
「詳しくは追々話すが、私とお前は大奥で謎の死を遂げた伊桜里に何があったか。それを調べることになる」
「失礼ですが、御広敷番や御庭番として常駐する伊賀者達はその件を調査しなかったのですか?」
(そもそも事件が起きないようにするのが、仕事じゃないの?)
それでも今回のように防げなかった場合。先ずは彼らが事件を調査する。それが真っ当な流れだ。
「奥女中達は一筋縄ではいかん。男子禁制を盾に、我らを堂々と拒むからな。とは言え彼女達もそれが仕事だから仕方がないのだが」
帷様が苦い顔になる。
「大奥で女中が自殺した。そんな事が世間に知れたら大騒ぎになる。だから伊桜里が亡くなった事を、奥女中達は勝手に隠そうとした」
「まさか」
(死体があるというのに?)
辛うじて物騒な言葉を飲み込んだが、頭の中には「どうやって隠すの?」と素朴な疑問が浮かんで消えない。
「隠すと言っても、遺体のことではない。彼女が何故この世を去るほど憂いだのか。その理由の方を隠している」
「つまり、自害された原因が自分達に関係するから証拠隠滅をした、そんな感じでしょうか?」
帷様は小さく頷く。
「とある女中の話だと、伊桜里の亡骸が発見された部屋の枕元には、彼女がしたためたと思われる書き置きがあったそうだ。しかし我らが現場を訪れた際、そのようなものは一切なかった」
「つまり遺書のようなものを誰かに隠された、と」
(それが本当ならば、許される事ではない)
伊桜里様が最後にこの世に残した、大事なもの。
そして、それは残された人にとっても同じこと。
「女中が嘘をついている可能性もなくはない。しかし、伊桜里の真面目な性格からすると、光晴様に遺言の一つくらいは残すはずだと、俺は思う」
帷様の意見に私は大きく頷き、同意する。
なぜなら、夢でみたあの時。仲間に入る資格がないと勝手に思い込み、物陰に忍んでいた不気味な私に気付き、優しく手を引いてくれたのは、誰でもない。伊桜里様だったからだ。
そんなお優しい伊桜里様の事だ。訳あって自害する事を選んだとしても、後に残された光晴様を案じ、前に進めるよう、何かしら文をしたためたに違いない。
帷様同様、私もそう思った。
「光晴様のお辛い気持ちもわかる。しかし、お世継ぎを残すこと。それは光晴様に課せられた、替えの効かぬお役目だ。よって今のままでは困る」
「そうですね」
同じ人として、光晴様のお気持ちは理解できる。けれど、かのお方はこの国を統治する責任を負った人だ。
勿論それは光晴様が選んだ訳じゃない。けれど私が双子に産まれたことと一緒。どう足掻いたところで、逃れられない運命なのだ。だから背を向け、逃げ出す事は許されない。
「重臣達は、光晴様が前に進むためには、伊桜里様の死の真相を明らかにすべきだと主張している。そうしないと、いつまでも光晴様はご自分を責め続けるだろうと」
様子を静かに見守っていた正輝が、補足のような情報を私に知らせる。
「でも書き置きを隠した人は、自分に都合の悪い事を隠したいはず。だとしたらもう」
その書き置きは残されていない可能性が高い。
「勿論、それらが残されている可能性が低いことも承知している。けれど、伊桜里が最後に残した言葉。それは駄目元でも探す価値あるものだ」
きっぱりとした声で帷様は言い切った。
私もその意見には賛成だし、何より知りたい。
(一体、伊桜里様は何故自害を選んだのか)
その理由を解明したい。
もしそれが出来れば、私が伊桜里様と縁遠くなっていたことに対する、せめてもの罪滅ぼしになるような気がした。
「よって、お前と私で大奥内を捜査し、伊桜里がこの世を去った、その原因を調査する」
「御意」
自分がやるべき事はだいたい理解できた。
あとは、大奥で全力をつくすだけだ。