「え、あの子付き合ってるんだよな。他校のやつと。」

耳を疑うようなセリフにどうして反応してしまうのだろう。

これが地獄耳ってやつか。

一目惚れした彼女には、すでに彼氏という存在がいるという事実が痛く、脚を負傷したことを忘れていた。

冷やさないと、と思っていたら長髪のマネージャーが氷を持ってきてくれた。

「大丈夫?結構痛む?」

優しく気にかけてくれることが嬉しいと感じるよりも、あの人も彼氏に同じ事を言うのだろうなと妄想に拍車をかけてしまう。

「痛いけど、冷やしてるからマシになったよ。ありがとう!」

どんな時も笑顔でいたい僕にとって、今が乗り越え時なのかもしれないと氷を握り締める力が強くなる。

黒髪を靡かせながら「またいつでも持っていくね!」と優しく微笑んだキキという名前をこの時は特別に感じられた。

次の日だったんだ。

キキが僕の特別な人になったのは。

一目惚れした彼女とお付き合いすることを夢見ていた僕にとって、これほどまでにショックなことはないなと内心かなり落ち込んでいたが、目の前に現れた美少女が救世主に見えて、思わず縋ってしまったのかもしれない。

どうか、僕を諦めさせてほしい。そんな投影を彼女と付き合うことで晴らそうとしていた。

「お願いします!」とやや力を込めすぎた声に、彼女は微笑み、手を握りしめてくれた。

天使のようだと思うほど眩しく見えた。

それからは、僕を守ってくれる天使を護ることが自分の使命に変わった。

そう、好きだから付き合ったというより、辛すぎる現状から目を背けるために付き合ったという事実すら彼女と過ごしていくうちに遠い昔のように感じた。

「直人〜」

アイドルみたいな可愛らしい声で名前を呼ばれるという経験は初めてだったので、やはり嬉しかったし、特別だなって思う。

「キキ」

2文字の名前なのにとても愛おしく感じられるようになったのは、彼女が僕に愛を惜しみなくくれるからだと思う。

部屋のライトを点けると、彼女にもらった造花が生きているかのように感じられて、思わず微笑んだ。

男性に花をプレゼントするなんて、あまり聞いた事ないなとGoogleの検索窓に「女性が男性に花を贈る」と打ち込む。

上位に表示されたサイトの中身が表示されていた。

ーーー男性へお花を贈る時の注意点は「相手の好みを考える」こと。ーーー

男性が喜びそうな色の中に、彼女が贈ってくれた「ブルー」がランクインしていたのを見て嬉しい気持ちになった。

造花とはいえ、ブルーの薔薇を選ぶセンスの良さに惚れたのかもしれない。

きっと、同じ雑貨屋さんで同じものを見たら、手に取っていたかもしれないと思わせるほど、綺麗な青だった。

自分が失恋なんてしたことを忘れてしまうくらい、僕にとって彼女は絶対的存在になっていた。