気づけば6限終わりのチャイムが鳴り、授業を受けてはいるものの上の空だということに気づく。

私の中で生まれた秘密を守るのにきっと必死なのだろう。

私の目の前にいる彼女に連れられ入ったカフェは静まり返っていて、もっと逃げたくなった。

彼女が頼んだアイスカフェラテから雫が落ちる。

沈黙を先に破ったのは、いつもと変わらない声だった。

「ねぇ、詩織。わたし、好きな人ができたよ。」

てっきり私の好きな人を聞き出そうとしているのではないかと焦ったが、どうやら違うらしい。

思ってもみない状況に思考が追いつかず、返事ができていないことに唖然とした。

自分がどんな表情をしているのかもわからず、とにかく目の前にいる彼女だけは困らせたくないという気持ちが言葉を紡いだ。

「え、よかったね!どんな人なの?」

かなり無理やりだなとは思ったが、彼女はそんなのお構いなしで、多分話を聞いてほしいだけなのだろうなと察した。


「サッカー部の直人くん!いつも笑顔なところがすてきだなって思って、気づいたら…」

当たってほしくないほど、当たってしまうこの現象に名前はあっただろうか。

「すき、なんだね。」

噛み締めるように、でも、心は音を立てない。

現実だと分かっていながらも、それを咀嚼するのに時間がかかる質だが、いつになったら受け入れられるのか。

そんな時が来るのかは、わからない。

ただ目の前にいる彼女が心友である以上、きっと私は受け入れざるを得ないのだろうな、とも思った。

いつも私の事を気にかけてくれていた話題が少しずつ減り、直人という存在の話をよく聞くようになった私の心情なんて、彼女は知らない。

こんなに近くて、その人よりもずっと前からすきだった私の気持ちなんて、きっともう届かないと諦めそうになる。

「ねぇ、詩織?」と彼女の口から出た言葉は、なぜかこれまでの会話がこれから言う話題の前振りだったのではないか、と思わせた。

「どうしたの?」といつもの調子で答えてみる。

「あのさ、詩織はこういう恋バナ!みたいなのって苦手だったりする?」

言葉が出なかった。
さすが心友、とも思ったが、、、

3秒という一瞬でかつ少し長く感じられる時間で脳内会議を始めた。

ウソをついても見破られるなら、少し方向を変えてみよう、と。

背筋を伸ばして、今から大事な告白でもするかのように彼女を見つめた。

静かな空間が流れているが、心は若干暴れていた。

「あのね、私、びっくりしちゃって、言葉が出なかった!いつも眺めてるなぁとは思ってたけど、すきだったんだね!」

明るく、でも、明るすぎない私らしい声色をキープする。

「あ、そうだよね!初めて言ったから、、、」

唐突に記憶が蘇る。

「そういえば、直人くん、新しく入ったマネージャーのキキちゃんと仲良すぎるって話聞いたよ?」

彼女の心を少しでも独占したい芽は枯れてくれなかった。

---早く諦めさせればいい---

こんなことしたくない自分もいたが、止めなければ、今言わなければという思いに呑み込まれた。

それほどまでに、私には彼女しかいなかった。


新しいマネージャーの話は、カースト上位の軍団が廊下ですれ違った時話題にしていた。

どれだけの情報を握っているのか、と呆れるほど、噂話、悪口で盛り上がっている連中だった。

サッカー部の新マネージャー、キキちゃん?すっげぇかわいいって。

一瞬というか、もうその人と付き合っててほしいとも思った。

両者が付き合っているのか、詳しく知らない身としては不安要素大だ。

かといって、彼女が直人という存在をすきになる前よりも先に告白なんてできただろうか、と問う。

ハイリスクすぎて、なめくじみたいな弱小者には到底できない。

告白してこの家族のような関係が切れてしまうくらいなら、いっそもう消えてなくなりたい。


「え、そうなの。だったら、遠慮しとこ!」

あまりにも上向きな声だったので

「ふぇ?」と情けない声が出た。

「だってさー、好き同士だったらさー、悪いじゃん?」

あぁ菜々って、ほんとこういう人だ。

自分の気持ちどうこうではなく、相手の方を優先する。

素早く身を引くみたいな、どうしてこんな事ができるのだろうと思った。

大して私は、自分の殻を破る勇気も持ち合わせていない癖にいっちょ前にプライドだけは高い。

上辺だけの情報に頼って、すきな人の幸せすら隣で応援できない私は彼女に相応しくないはずなのに、とてつもなく安堵した。

勢いよく飲み干したアイスコーヒーは、いつもとは違う味がした。