店の中に足を踏み入れると、そこは見慣れない景色が広がっていた。
 以前の生活を続けていたら、絶対に私とは無縁の店になりそうなほど、外とは漂う空気が違っていた。
 唖然として店を見回していると、店員さんと思わる人が話しかけてきた。
「竜田様、龍見様。いつも当店をご利用いただき、誠にありがとうございます。本日はどういったご用件でしょうか?」
 二人の名前を知っているということは、二人は何度か来店しているのだろう。
 店員さんの名札を見ると、”鶴田奈乃香"と記されていた。
「今日はこちらの立花玲奈様の身の回りの物を揃えに来ました。合うものを見繕っていただけますか?」
 すると鶴田さんは、人のよさそうな笑みを浮かべた。
「はい。それでは立花様、何かご希望などはございますか?」
「そうですね......シンプルなものが良いかもしれないです」
 どんなものが良いのかわからなかったので、無難にシンプルなものをリクエストした。
「わかりました。では、数着ご用意致しますので、あちらの部屋でお待ちください」
 部屋に案内されると、そこにもやはり、一級品と思われるものばかりが置かれていた。
 思わず固まる私に、前を歩いていた竜田さんが不思議そうに振り向いた。
「どうなされましたか?」
「な、なんでもないです......ただ、部屋に置いてある家具が凄すぎて驚いただけです」
 慌ててそう言うと、龍見さんが首を傾げた。
「ここにあるものはまだ安い方ですよ?龍華家の本家や伊吹様の家の家具はこれの二倍はあると思いますが」
 もう聞かなかったことにしてしまいたい。
「龍見、伊吹様の気遣いを無駄にしてはいけません」
 龍見さんは少し不服そうにしていたが、「申し訳ありません」と謝ってくれた。
 竜田さんの言っていた気遣いが少し気になったが、気づかないふりをしたおいた。
「立花様、お洋服の準備が出来ましたので、こちらにお願いします」
 龍見さんが誤ってすぐ、鶴田さんが入ってきた。
 よく見ると、鶴田さんの後ろに大量の服を抱えた店員さんと思われる人が三人いた。
 鶴田さんと三人は笑ってはいるが、圧が凄い。
 少し引いていると、竜田さんが困ったように笑って話しかけてきた。
「ここのお店は、気合が入りすぎると有名なんですよ。特に資産家で常連の龍華家の依頼なので、より一層気合が入っているのかもしれません」
「ひぇぇぇ......」
 あまりの気迫に後ずさると、龍見さんが肩を震わせて笑った。

 お店から出たときには、私はもうへとへとだ。
「今後も玲奈様のお洋服はあちらの店で購入するので、毎回あのようになるかもしれませんね」
 竜田さんが困ったように笑って言った。
「うそでしょ......」
 既に体が限界を迎えていた私は、呆然として呟いた。
「お前、もしかして玲奈?」
 聞き覚えのある声に、急に息が出来なくなった。
 急いで振り向くと、そこには見慣れた叔母さんの姿があった。
 昨日のことを思い出し、勝手に体が震える。
「お前、帰ってこないと思ってたらどこに行ってたの。なんだい、その服は。盗んだのかい⁉」
 突然のことで声が出ない。
「人の物を盗むなんて!あの女に育てられただけあるは。このっ......!」
 突如振り上げられた叔母さんの手に、私は恐怖を覚えた。
 叩かれるっ......!
 すると、風を切る音が聞こえた。
 叔母さんの手も振り下ろされない。
 恐る恐る目を開けると、そこにはいないはずの人がいた。
「伊吹......?」
 朝から仕事に出かけたはずの伊吹が叔母さんの手をつかんで立っている。
 伊吹は私を見てホッとした表情を浮かべたが、次の瞬間には鋭い視線を叔母さんに向けていた。
 私や龍見さんに向けていたものよりも断然鋭い。
 肌がびりびりするようだ。
「お前か?俺の大事な玲奈を傷つけたのは。もしそうだと言うのなら、罰を与えねばな」
 そう言った途端、伊吹は叔母さんの首をつかんだ。
「うっ......」
 叔母さんが苦しそうな声を上げる。
 そんな様子を周りの人が困惑したように見ている。
「やばくない?」「警察に通報する?」などと話しているのも聞こえる。
 その声に気づいた私は、伊吹を止めるべく、伊吹の腕に抱き着いた。
「伊吹っ止めて」
 慌てて止めると、伊吹がハッとしたように私を見てから周囲を見る。
 伊吹は舌打ちをして、私を抱き上げた。 
「運が良かったな。本当なら半殺しぐらいにしないと納得はいかないが、今回はこのくらいにしてやる。その代わり」
 急に言葉を切った伊吹を不思議に思って見ると、背筋が凍りそうになるほど、恐ろしい表情を浮かべていた。
「次、玲奈に何かすれば、容赦はしない」
 そう言った途端、二人の周りを桜が渦巻く。
 桜が一つ残らず消え去った時、そこには二人の姿はなかった。
 周囲にいた人は不思議なことに、なにも言わずにその場を去っていった。
 叔母さんはその場に崩れ落ちるようにして座った。
「ば、化け物っ......」
 叔母さんは恐らく夢だと思いたかっただろう。
 けれど、叔母さんの首には、現実であることを示すように、伊吹の手形が残されていた。