「……さん」彼女の声に応えるように病室のカーテンの隙間からそっと風が吹き抜けていった 男は今日目を覚ますことができるのかどうか。少なくとも明日目覚めることができるとは限らなかった。何故なら彼は今命の危機に瀕しているからだ。原因不明。治療法はなし。まさに死への誘いそのものと言える状況だった。医師は「これは金曜病に違いない!」と確信し興奮した。症例は僅かに報告されていたがどれも軽症で学会では問題視されていなかった。ところがここ最近になり発症者が急増加。その原因として有力な説とされていたのが『週末の夜にテレビを見るようになった若者が増えている』というものだったのだが今回は当てが外れた。なぜなら発症者は全員40代以上の中年男性なのだから 金曜日の18時から20時の間に発症することが多く月曜日になると回復。このことから当初は「月曜病」「週休二日論」「週末型社畜化」など様々な名前で呼ばれることになるこの奇妙な病気だったが症状自体はさほど重篤ではないということから、人々は冷静に対応していった やがてある共通点が発見されたことで、事態は急速に悪化することになる それは『曜日に関係なく深夜に発症することが多い』ということだった当初こそ「徹夜でもしてるんじゃないか?」などと言われたりもしたがそんなことをしたところで体力的に問題があるのなら、とっくの昔に倒れていただろうとすぐに否定され、「きっと不規則な生活をしているのよ」とか「ゲームをやりすぎなんだ」といった噂話がささやかれる程度で特に大きな問題ともならなかったが、ある日を境に突然その認識が一変してしまったのだ そしてついに先週の火曜日のことだった「うわあああ!俺じゃないぞおお!!」その悲鳴を聞いて駆け付けてみれば「俺の腕じゃねー!」そこには左腕を失い錯乱状態に陥った患者の姿が その事件を皮切りに同様の事件が相次ぎ世間を恐怖へと陥れていった 今となっては「金曜病だ」などと口走る人間は誰一人おらず、「感染が疑われる場合速やかに最寄りの病院で隔離されることが求められる。それが患者本人であれ周囲の家族や友人であれ一切の例外なく!」
その日以来男は毎週1人ずつ仲間を増やし続けていくことになるのだ――
「何やってんだろ……」
5月23日 17時35分 私はため息をつく「ウイルスが5G電波で運搬されるという都市伝説はあったけど、まさか本当に開発する人がいたなんて」そう金曜病ウイルスは極めて軽量で電気を帯びる性質が高い。したがって空気中を特定の電磁波に誘導されて漂い、感染するのだ。ただし実際に運ぶためにはある程度の大きさが必要だし人体には有害であることに変わりはない。しかし今回開発されたものは小型化されていて肉眼ではほぼ確認不能であり(とはいえ電子顕微鏡を通せば見えてくる)しかも人体の免疫系にも影響されないらしい。さらに今回のウイルスは感染経路が経口によるという。そのおかげで飲み食いには十分注意してさえいれば日常生活を送っていくうえではまず罹患しないと言われているがそれでも不安を感じる人は大勢いたはずだ。私もその一人だ
「それにしても何考えてるんだか。こんなもの作って誰が得をするっていうのかしらね……ん?」

窓の外に見覚えのある人物が立っていることに気が付いた。あの子だろうか。いやそんなことはないだろうと思いながらも、念のためスマートフォンを手に取りメッセージアプリを開く。そこにはたったいま送られてきたばかりと思われるメッセージが残っていた。差出人の名は「田中花子さんへ」。
内容は次の通りだ このメッセージをご覧になっている方へお話があります。先日の電話についてお答えしたいと思います。私の父は生前とても変わった人物として知られていましたが、それはある意味正しいのです。なぜならば父の作った「金曜日病ウイルス」によって殺されたからなんですから。私はずっとそれが父の仕業だと思い込んできましたし警察もそれを信じていました。そして今日ついに犯人を特定したというわけです。もうわかっているかもしれませんけれど私はあなたのクラスメイトである笹谷亜希ではありません。あれは父の秘書を務めていた女性の端末の中身を書き出しただけなのです。秘書の名前は笹谷咲夜といいます。彼女の連絡先は知りませんでしたので直接会いに行く必要がありましたがようやく居場所を突き止めることができました。
さてこれからどうなるでしょうか。私が犯人だということに気づいた父がどういう行動を取るか非常に興味深いですね。でもおそらく無駄に終わることでしょう。父はもう死んでいますので、すでに死んでいる人間を止めることはできません。さようなら。
「……あれ、なんだそりゃ」

こんなメッセージが入っていた。