千夏の家に来る時は、反対側に座っていたので気づかなかったけれど、道路はずっと川の横を走っている。その川は、昨日千夏に連れられて行った小川の下流になるのだろう。澄んだ水は車の中から見ていても分かる。
「もうすぐ本流に出るよ」
細かった道が終わり、T字路を曲がると、これまでの支流が広い川に合流していた。
「まだこの辺はどこに出もある普通の川と変わらないよね」
道路の右側を流れているのが、四万十川そのものだと気が付くのに、時間はかからなかった。
「あれがそうなんですね……」
茜音とて四万十川の名前は聞いたことがあるし、よく最後の清流として紹介されるのを知っている。
しかし、車の中からちょっと見る分には、田舎を流れる普通の川と見かけは変わらない。
車はしばらく走ったところで線路と平行に走り出す。そこから数分の道端に車を停めた。
「さぁ、ここからは歩いて行った方がいいかな」
促されて車を降りてみると、確かに川の方にゆるやかに降りていく側道はこれまで走ってきた片側1車線とは違って細い生活道路だ。
「うわぁ……」
ため息とも歓声とも言えない声を上げる。
細い側道はゆるやかに川岸まで続いており、川向こうにある集落まで橋を渡って道が続いている。
「あれ……?」
その橋は、普段茜音が見ている橋と違うとまず思った。
「そう、これが沈下橋って言うの」
千夏の説明によれば、昔から四万十川は氾濫を起こしやすい川だったので、普通に橋を架けてもすぐに壊れたり流されてしまう。そこで、水位が上がったときには橋が水の中に潜ってしまっても構わないように作られた橋のことだという。
普通の橋との最大の違いは欄干がない。欄干をなくすことで、水面下に橋が潜った時に、流木などが引っかかって壊れてしまう心配を無くしている。逆を言えば、橋の上から落ちる物を防ぐ物がない。
「凄い綺麗だけど、ちょっと怖いかも……」
沈下橋は概してあまり幅は太くなく、車1台がやっとという物が多い。手すりがないので、慣れない者にとっては真ん中を渡るのも怖く感じてしまう。
「ここは、昔から子どもたちの遊び場としても有名で、よく連れてきてもらったんだ」
聞いた話だと、和樹はこの近くに親戚の家があるそうで、このあたりの橋や川は絶好の遊び場だったらしい。男の子同士であれば、川に飛び込んだり、釣りをするにはもってこいの場所だ。
「小学校の頃に社会科見学で行った一斗俵沈下橋なんか、昭和10年だって。あの頃から危なくて通行禁止になってるけど、あそこを好きで渡る奴はいないだろう? ここの長生沈下橋だって確か昭和35年だって爺さんが言ってたな」
「うん、そうだったね……。あ、茜音ちゃんあんまり端によると危ないよぉ」
千夏が茜音の袖を引っ張る。水面まではそれほど高さはないけれど、やはり怖い物には違いない。
「あ、うん。でも、ほんと綺麗……。ここでもまだ中流なんですよね?」
茜音は周りを見回してみた。確かに周辺には人家が少ない。それでも、川幅はゆうに100メートルはある。中流ともなれば、川底を見ることさえ難しくなってしまう場所もある。それがここでは、千夏の家のそばの小川同様、川底まできちんと見えていた。
「だんだん小川みたいになっちゃうけどね。でも、そっちに行くと、時間無くなるなぁ……」
四万十川の全域を回るためには、どれだけ急いでも2日ほどはかかってしまう。茜音の主たる目的がなければ、日程からすれば可能だが、今回はそうは行かない。
「大丈夫。帰りにそっちを回るようにするから。とにかく出発しようか」
雅春に促され、ようやく本題に向かうことになった。