「暑いねぇ」

「そうだなぁ」

「まだ来ないのかなぁ……」

「着くの早すぎたからなぁ……」

 出迎える飛行機の時間が10時頃ということもあり、朝早く自宅を出発した千夏と雅春だったが、思っていたような高知市内の渋滞に巻き込まれることもなく、予定の時間より1時間も早く到着していた。

 夏休みの高知竜馬空港の1階の到着ロビーは、地元への帰省客で普段よりも数倍混雑する。

 出迎える側も人数が増えるので、顔を合わせたことがない同士を見つけるというのも難しい話ではあるのだけれど……。

 羽田との便は通常時期で8往復程度。混雑時に10往復程度だから、ある程度落ち着けば探し当てることは出来ると経験上では分かっていたけれど。

 雅春は、今日横須賀からはるばるやってくる少女がくれたメールのプリントを見た。そこには、便名や、彼女の特徴などが書いてあった。SNS上で顔はもう分かっているし、なるべくその写真に近い服装で行くと結ばれている。

「お兄ちゃん、どんな子かなぁ……。横須賀から来るんでしょう……?」

「そんなに心配する程じゃないよ。スマホで写真見せただろ?」

「うん……」

 妹の千夏には周りも心配するほどの人見知りの癖がある。とりわけ同世代の子にその傾向があった。

 田舎ののんびりした空気の中で育ってきた千夏には、中学校の修学旅行で行った都市部の空気やそこの雰囲気になじむことがどうしても出来なかった。

 それに、その時に会った同年代の子たちとの出会いが、あまり良い物ではなかったというのも、彼女のその問題を助長してしまった。

 そんなことで、兄から横須賀から訪ねて来るという女の子を案内の手伝いを頼まれたとき、素直にはうなずけなかった。

 「そういう子じゃない」と説得され、半分仕方なく空港までやってきたのだ。

「この便だな……」

 また1本、羽田からの便の到着が表示される。出迎えと帰省客のごった返す中で、二人は目的の人物を探すことになった。

「お兄ちゃん、あの子かなぁ?」

 千夏が兄のシャツの袖を引っ張る。

「お、そうかもしれないな。ちょっと待ってろ」

「私も行くぅ」

 到着のロビーから待合い室へのガラスの自動ドアを出たところで、高校生くらいの少女が一人、誰かを待っている様子だった。

「片岡……さんですか?」

「え? は、はぃ。あ、よろしくお願いします。片岡茜音です」

 突然話しかけられて、びっくりした様子の彼女は、すぐに状況を理解したらしく、頭を下げた。

「高知まではるばるお疲れさまです。河名雅春です。こっちは妹の千夏。おい、おまえも挨拶しろ」

「あ、あ、うん。千夏です……。初めまして……」

 千夏は慌てて答える。

 『似ている』が千夏が思った茜音の第一印象だった。

 空港の前の駐車場まで歩いていくとき、千夏の不安が少しずつ抜けていくのを感じた。

 千夏が恐れていたような、千夏流「都会の女子高生」というイメージは茜音には全く当てはまらない。

 身長も自分とほとんど変わらない。黒髪をストレートに下ろし、左右のこめかみを中心に細い三つ編みを垂らしている髪型。服装だって、オフホワイトの半袖ブラウスにマリンブルーのフレアスカート。三つ折りにしたレースソックスにキャンバス生地のスニーカー。比較的幼げな印象のする千夏と並んでも遜色がない。

 都会の雰囲気どころか、これなら地元に戻っても浮いてしまうことはないだろう。

 千夏は、茜音を出迎えるように言われたときに、「横須賀の高校生」との情報だけで、違うイメージのレッテルを貼ってしまったことを、心の中で詫びた。