「里紗さーん、聞いてくださいよお~。」

休憩室の中、お弁当のバンダナをほどいていた私の背後から声がかかる。香水の香りと共に現れた同僚の三奈(みな)ちゃんはいつも通り私の前の椅子に腰かけて、はあ、とため息をつく。その眉間にはしわが寄っていて。

「どうしたのそんな険しい顔して。」
「彼氏が浮気したかもしれないんです~・・・。」
「ええ、また?」

あり得ない!とプンスカしながら三奈ちゃんも持っていたお弁当を開く。そんなので足りるのかというくらい小さなタッパーの中にはこれまた野菜しか入っていなくて、聞けばダイエット中だそうだ。もう十分細いのに。お世辞ではなくそう言っても彼女は首を振る。

「彼氏がもっと細い子が好みだって。」
「・・・あらまあ。」
「とか言いながら浮気してた子別にそんなに細くなかったんですけどね!?ていうか全然かわいくないし、三奈の方が絶対可愛い!」
「そうだねえ。」
「ああもうむかつく。」

おもむろに三奈ちゃんが財布をもって立ち上がる。どこに行くのかと問えば、甘いもの買ってきます!とダイエット完全休止宣言。それがいい、と私も頷いて彼女に1000円札を手渡した。これでたんと美味しいものをお食べ。

私が受付嬢として働いているこのビルは24階建てで、割と大きな会社も入っている。ある程度身だしなみと言葉遣いには気を使わなければいけないし、来客の待遇で嫌な思いをする事もあるが、見合う分の給料はもらっていると思う。受付嬢の中には正社員ではなく派遣として働いている人たちも多くて、私より4つ年下の三奈ちゃんもその一人だ。パッチリ二重にいつもきれいに巻かれたふわふわのボブヘア、香水は必ずつむじに付けるようにしているそうで、語尾を伸ばす特徴的な話し方をする。いわゆるあざとい女子である三奈ちゃんはお局や派遣の同期からはいい印象を持たれていないようだが、私は結構彼女が好きだ。仕事はしっかりとこなすし、自分の意見はキッチリと話し通すし、勉強になるほどカワイイの追及に貪欲なのはかっこいい。

結局シュークリームとプリン、三色団子にくずきりという意外と渋い組み合わせを買ってもどってきた三奈ちゃんははあ、とまた大きくため息をつく。

「なに、もう完全にクロなの?」
「ですねえ。バッチリ証拠残ってたし。あ、これ里紗さんのです。期間限定だって。」
「うわまじか。あ、ありがとう。」

私の分なんて買ってこなくてよかったのに、三奈ちゃんは私にシュークリームとお団子を一本を渡してくれる。こういう所も彼女の推しポイントの1つだ。彼女は非常に恋多き女で、イケメンに目が無くて、そして大体クズ男に引っかかる。これは彼女がよく自分でも言っていることだ。クズの雰囲気好きなんですよねえ。なんて言ってよくケラケラと笑っている。

「向こうは謝ってきたの?」
「きましたきました。俺には三奈しかいないんだ~って、泣きながら。」
「泣きながら!?」
「どの口が言ってんだって笑っちゃいましたけどね。」

徐にスマホを開いた彼女は私に画面を見せてくれる。写真の中で笑う男の人は確かに整った顔をしていた。ただ三奈ちゃんと比べたら大分年上に見える。

「どうですこの人。かっこよくないですか?」
「かっこいいね。・・・加工済みなのが若干気になるけど。」
「やだなあ里紗さん。その辺もマッチングの醍醐味じゃないですかあ。」
「はあ。」
「ちなみに今年42だそうです」
「勇敢すぎるんだけど???え、まってていうかこれは浮気した彼じゃないの?」
「ああ違います。もうブロックしちゃったし。この人は今週末合う予定の人です。42歳バツイチ。大人の魅力~~。」

はあ、と曖昧に頷けば、画面に夢中でそんな私の反応なんて目に入らないのか。彼女は彼女で彼氏がいようといなかろうとアプリはフル稼働させている。それは浮気にはならないそうだ、圧倒的彼女理論、よく分からん。

気付けば休憩の時間が終わろうとしていて、急いで鏡の前に立って身だしなみを整える。入れ替わりで休憩に入る子達に声をかけて、背筋を伸ばしてカウンターに立つ。よし、あと半日。頑張ろう。




挨拶をして更衣室から次々と人が帰っていく。私も挨拶を帰して一日きつく縛っていたままの髪をほどいた。パサッという音と共に解放感に満たされて、今日もまた仕事が終わったことを実感する。疲れた、足がパンパンだ。
ピコン、と振動感じてスマホを開けば新着ラインが一件。浩平からだ。今日は遅くなりそうとの事。保険の営業として働く彼は、普段から帰りが遅くなることも多かった。・・・可哀想に。彼の好きなハンバーグでも作って待っていてあげよう。

買い物をメモしてビルを出た。本格的な冬の寒さは和らいだものの、まだ寒い事には変わりない。手に息を吐きながらこの前の野々花との電話を思い出して、また記憶があの頃に引き戻されていった。